2ページ目 11月17日

 さて、書くものが見つかったところで、ひとまず今私が分かっている、あるいは覚えている限りのことを書き出して整理してみようと思う。


<場所>

 ここは巨大な図書館である。

 これだけは、確信をもって言えるはずだ。

 大広間から回廊を抜け、それぞれの部屋の、部屋と呼ぶことを躊躇わせる程の高い天井の縁まで壁一面を埋め尽くす、ありとあらゆる大きさ、厚さ、重さの本達。

 それが大広間の階段から上る二階、二階の各エリアから伸びる螺旋階段を上った先の三階まで続き、更には地下にもまた本棚がずらりと並んでいるのだから、まず間違いは無いと思われる。


 何より、になる前、私は確かに図書館に居たという記憶がある。


 そう――― 窓から注ぐ穏やかな日の光を浴びながら、ふかふかの椅子に腰掛けて本を読んでいた。

 暖かな日差しと、柔らかいクッションの効いた椅子が眠気を誘うが、今読んでいる本の続きも気になるから手を止めたくはない。そうやって、物語と夢の間を、ふわふわと心地良く漂っていたのだ。

 うつら、うつらとしているうちに、どうやら寝入ってしまったらしい。

 ふと気が付くと誰も見当たらず、外の光も感じられなかった私は、初め閉館の時間を過ぎてしまったのだろうと考えていた。

 誰か一人位は声を掛けてくれてもいいだろうにと、誰もいないのに少し気恥ずかしい気分にもなったが、今から思えばこれ程大きい図書館だ。気が付かなくても仕方がないのかもしれない。

 とりあえず司書か警備員に声を掛けようと思い、あちらこちらを歩き回ったが、結局誰一人として見当たらない。

 けれどこの時の私はまだ呑気なもので、翌朝の開館の時に出してもらえれば良いかと、そのまま本の続きを読み始めたのだ。

 なあに、一晩図書館で過ごせるなんて、中々無い経験だ。いっそのこと、思う存分楽しんでやろう。

 そんなつもりでいたのだ。


 だが、あれから数時間どころか数日経った今でも、誰一人としてこの図書館の鍵を開けてくれる者が訪れた様子は無い。

 そして此方から出られないものかと何度も試してみたものの、正面玄関の扉は堅く閉ざされたままであり、内側から鍵を開けることも不可能だった。


 これほど長い間、図書館が閉まっていることなどあるのだろうか。

 誰か一人位は、管理する者が残っているものじゃあないのか。


 そういえば、転寝をする前にはあれ程感じていた日の光を、閉じ込められてからずっと感じていない。


 窓はどうなっているのだろうか。

 あれからかなりの時間が経過している。もうとっくに日が何回も昇っているはずなのに、あれから外の景色を見た覚えが全く無い。

 いくら気を配っていなかったとはいえ、これほど記憶に残らないということが、果たしてあり得るのだろうか。

 どうにも、違和感を感じてしまう。


 違和感といえば、あのモーター音もだ。


 地下の方から時折、ごぉおん…ごぉうん…と、太古の獣の唸り声のような低い音が、微かだが私の今いる二階にまで響いてくる。

 恐らくは空調か、あるいは施設の何かに関わるモーター音なのだろうと一人結論付けてはいるのだが、果たして静けさを求める図書館に、あのような音が出る装置が置かれていても良いものなのだろうか。

 

 とはいえ、いつまで経っても私一人が閉じ込められているような図書館だ。

 もしかすると、私が転寝をしていた時の図書館とは、間取りこそ同じだが違うものだと考えた方が良いのかもしれない。

 いや、間取りも同じだったかどうかすら、怪しいと思った方が良いかもしれない。


 それでも一つ確かなのは、この場所が私が閉じ込められる前も後も図書館である、ということだ。


 それにしても、こんな状況に陥った場所が図書館だったことは、私にとっては不幸中の幸いであったと言えるだろう。

 ここには無数の本がある。誰かがこの建物の扉を開けてくれるまで、あるいは私が出口を見つけられるまで、退屈することは無さそうだ。


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