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 確信した。


 あの扉の奥に待ち受けているのは、この図書館の喉だ。

 あの廊下の先に喉があり、私を飲み込み、この図書館の一部としようと、口を開けて待ち受けている。



 今日は司書室にあった懐中電灯を片手に、あの地下一階の扉の更に奥へと進んでみた。

 配管の絡まり合う壁と天井に囲まれながら、どれほど進んだだろうか。やがて懐中電灯でも照らしきれない程の大きな穴に辿り着いた。


 いつか読んだ冒険家の紀行文で書かれていたような、洞窟や鉱山にでもありそうなその巨大な洞の奥で、ごぉおおおおうん…という、あの太古の獣の唸り声によく似たモーター音が鳴り響いているのを感じた時の衝撃を思い出して、今でも手が震えている。


 その音を今までで一番近い距離で聞いた私は、その瞬間に全てを悟ったのだ。



 あれはいきものだ。

 この建物は、生きているのだ。


 獣の唸り声のようなモーター音ではなく、 モーター音によく似た、太古の獣の唸り声といった方が正しかったのだ。

 無数の蔵書を抱え、獲物を閉じ込めてゆっくりと太らせ、やがて自分の喉元へと導き、いかだを飲み込む鯨のように腹に取り込もうとしている。


 その獲物が、わたしなのだ。


 震えて文字がうまく書けない。


 何ということだろう。


 喉の奥へと繋がっているだろうあの穴の前で、私は思わず腰を抜かしてしまった。



 本当に、何という――――――― 幸福。

 何と嬉しいことだろう。

 それはつまり、この私がこの図書館の一部に取り込まれる者として選ばれたということに他ならない。


 私は選ばれた。


 この無数の蔵書を抱える生き物の、その体の一部になることを許され、永劫この建物に存在することを赦されたのだ。


 果たしてこれほどの幸せがあるだろうか。



 これだけを書き留めたくて、私は一度この部屋まで戻ってきた。


 なによりこの建物の腹の中で溶け切るまでの時間潰しとして、本を何冊か持って行く必要がある。


 今からそれぞれの部屋でまだ読んでいない本を一冊ずつ選び、その本と共にあの喉元まで行こうと思う。


 だからこの記録も、これ以上書かれることはないだろう。



 今では何のために書き留めていたかもわからないメモだが、もしかしたら今日このことを書き残すためにあったのかもしれない。


 この喜びだけは、私一人で抱えるには勿体ないだろう。


 誰かに伝えなくては。


 私はこの上なく幸せなのだと。


 私は、この図書館の一部であるのだと。

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