第2話(3)京都府警サイバー課

「それでは質疑応答に移ります」と司会進行の男性の声がする。

 マイクを渡したようで、ゴソゴソという音がした。

「九七〇一名の方がログイン中とのことですが、この全員が人質の状態にあるということでしょうか?」

「現在、確認中です。ですが、利用者の安全確保のため、全員が人質となっているという認識で対応に当たっております」

 司会の「質問の前に媒体名と名前をお願いします」と声が入る。

「毎朝新聞の島です。現時点で二百名近くの方のログイン状態が確認できていないとのことですが、で、一方、搬送者が五十人ほどとのことで、えー、百五十名ぐらいの方の消息が取れていないということで良いでしょうか?」

「えー、それはわかりません。ゲームの利用者の情報と搬送者の情報の集約は、まだできておりません。なので、現時点ではわかっておりません」

「わかりました。では、搬送者について、お聞きします。全国で搬送された五十二名の方は全員ゲームのプレイヤーでしょうか? あと、亡くなった六人以外の状態、重篤かどうかなどはわかっていますか?」

「搬送者には、VR機器の利用者以外の方、外そうとした周囲の方などで怪我をした方が含まれております。もう一つは何でしょうか?」

「重篤な方の人数です」

「そちらはまだ情報が入っておりません」

 次の人を探すように会見中の課長は顔を動かしていた。

「TBMの三野です。ティタン社が受け取った犯行声明ですが、紙などの媒体のものは無いのでしょうか? また、内容はウェブで公開されたものとほぼ同じとのことですが、どのような点が異なるのでしょうか?」

『テレビ屋だから絵が欲しいんだろ』と実況スレに書かれていた。

「ティタン社と総務省、どちらも電子メールで受け取りました。内容の違いは、技術的な手順、ゲームのサービスを停止せずにプレイヤーの人数を確認する方法などですね、それが追記されておりました。こちらの内容は現時点では、公開する予定はありません」

「金銭などの他の要求があったり、別の追加の声明が来ていたりはしないんでしょうか?」

「現時点では確認されていません」

「全国経済新聞の吉岡と申します。ログイン中の方が九七〇一人と発表がありましたが、こちらは先ほど回答にあった、容疑者が指定する手順で数えたものなんでしょうか?」

 確かにそうだ。この人数がフェイクでないことは確認する必要がある。

 良い質問だったが、捜査第一課長の目は泳いだように見えた。「君、行けるよね」という課長の声が入る。

 司会の男にカメラが向けられた。自分と同世代に見えた。

「京都府警察本部生活安全部サイバー犯罪対策課の古西と申します。技術的な質問なので、私が回答させていただきます。この人数は北浜容疑者が指定する方法で数えたものです」

 京都府警と聞いて、谷中は驚いて、すぐにネットの反応を確認する。

『京都府警キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!』

『最強京都府警サイバー課!』

『マジで京都府警かよ!!!』

 自分と同じだ。一気に盛り上がる。

 この事件、まだ一時間ほどしか経っていなかったが、誰もすぐに解決するものではないと思い始めていた。

 北浜博明は天才だ。それも誰も並ぶものがいないレベルのだ。ゲーム開発の天才であり、コンピュータ工学の天才であり、そして、神経電気接続方式VRによって、生理学医学分野においても天才であることを示した。そんな男が起こした犯罪だ。

 警察がどうにかできるものではない、そんな冷めた空気がネットの根底にはあった。

 だが、その雰囲気は急にマシになった感じがした。

 谷中は掲示板と会見、両方に注意を向けた。

「ありがとうございます。そうすると、この人数に信憑性はあるんでしょうか?」

「正しい懸念です。ただ、おそらく正しい、信頼性の高い値と見ております。理由は二点あります。一つ目は容疑者の示した方法が技術的にはおかしくない、整合性が取れているためです。二つ目はちょっと今の会見に間に合っておりませんが、別の手法でも利用者を把握しようとしており、そちらの方法で一万人弱がログインしていることは確認できているためです」

『京都府警の古西さん、意外とちゃんとしている。期待できる』

『イントネーションが京都っぽい』

 感想がリアルタイムに書き込まれる。

「なるほど、わかりました。では、あと一点、このログイン人数に、ゲームのGMプレイヤーは含まれますか? また、GMアカウントは現実、つまりゲーム外と連絡が取れるようになっていると、ゲームの紹介記事などにあるのですが、こちらはどうなっていますか?」

『二点やんけ』

『質問が細かい。この人詳しいのかな』

『全経の吉岡って正月にコネクトキットの特集記事を書いていた人だ』

 通りで詳しいのか、と谷中も納得した。

 古西は質問中に「はい」と一度相槌を打ってから、回答を始めた。

「このログイン人数は、運営会社の管理者でログインしている方を含んでおります。質問した方は技術面に詳しいようなので補足させていただきます。オンラインゲームでは運営のため、特別な権限を持つ管理者用のプレイヤーアカウントが存在することが多いです。今回、事件が起こっているゲームにも、同様のものがあり、正常時は仮想現実世界とテキストメッセージのやり取りできるようになっております。このやり取りですが、一時三十分を最後に既読がつかなくなっており、現在はやり取りはできていないとのことです。これらは運営会社からの情報です」

『古西、丁寧な回答で好感が持てる』

『よくわかっていないおじさんが出てくるより、わかっている若手が出てくるのよい』

『てか、司会で最初からいたってことは、警視庁と京都府警はタッグを組んでるってことだろ。いや、これ日本の警察史ではじめてのことじゃねえの』

『盛 り 上 が っ て ま い り ま し た』

『ワンチャン、北浜逮捕ありえるで』

「速報通信の宮沢と申します。ログアウトできた人はいないのでしょうか?」

 新しい質問でカメラは再び捜査第一課長に向けられた。『古西さんログアウト』と即座に書き込まれていた。

「今のところ、そのような情報は入っておりません」

「犯行は一時半に始まったとのことですが、サービス開始は一時であり、この三十分の間にログアウトしたり、安全に外せたという情報も入っていませんか?」

「こちらも、現時点では入っておりません」

『このオッサン、わからないって言うだけやんけ』

『事件後一時間で会見しているから仕方ない』

『京都から東京って二時間以上かかるけど、古西どうやってきたの?』

『出張か何かだと思うけど、確かに何でだろうね』

 色々な情報が出てきたからか、会見とは違う話題でも掲示板が盛り上がり始める。

「庶民新聞の諸塚と申します。今回のような事件はフィクションでは想定されてきました。コネクトキットのような機器が出てきたとき、警察はこのような事態の対策はしてこなかったのでしょうか?」

「事件とは関係ない質問なので、回答は差し控えたい」

「コネクトキットの危険性は認識していなかったということでよろしいでしょうか?」

 掲示板の『嫌がらせみたいな質問だな』『これは回答しにくいよなぁ』というのが目に入る。谷中も同感だった。

「機器への対応は、現在、調査中です。また、重ね重ねとなりますが、キャッスル・オブ・アイアン・オンライン以外のソフトであっても、コネクトキットの利用は控えるようお願いいたします」

『答えてねえwww』

『完全にはぐらかしているww』

 記者は諦めたようで、別の人にマイクが渡ろうとしていた。

 そのとき、捜査第一課長は顔をほんの少ししかめた。4Kテレビの画質で微かに縦ジワが見えたぐらいにだ。

「夕日新聞社の赤糸です。今回の事件、VR機器を使った、日本いや世界でも史上類を見ない極めてSF的な事件となっていますが、威力業務妨害はとにかく、監禁や殺人は問えるんですかね?」

 喧嘩腰な口調だ。匿名掲示板の番組実況スレが一気に盛り上がる。

『死刑反対のドサヨの人じゃねーかwww』

『去年、冤罪事件で正田とやりあった人だろw』

 谷中もTooterで切り出されたやつを見た覚えがあった。細かい内容は忘れたが、会見で言い負かされたかで、ネットのおもちゃになっていたはずだ。『第二ラウンド』などとネットが盛り上がる中、課長は目配せをした。カメラがスッと左側に動き、京都府警の若者にフォーカスを当てた。『まさかの古西ログイン』と書かれる。

「問えると考えております」

 彼はそれだけ言った。

「指名手配容疑は威力業務妨害ですよね? これは監禁・殺人が無理筋と考えているからでは?」

 記者は嫌味な口ぶりだった。

「威力業務妨害で逮捕状を請求したのは、より早く指名手配を掛けるためです。本件ではそれが必要だったと考えております」

 古西は力強く言葉を続けた。

「コネクトキットは特殊な機器ですが、道具は問題になりません。自由を拘束するという基本原則に該当するため、強要罪・逮捕監禁罪は該当すると考えております。また、殺人罪も同様です。刃物で刺そうが、銃の引き金を引こうが、ミサイルのスイッチを押そうが、ゲームのプログラムの条件が発動しようが、死んだらそれは殺人に当たります。よろしいでしょうか?」

 谷中は納得してしまった。つぶやきサイトも『説得力がありすぎる』『京都府警サイバー課感ある』と好意的な反応が書かれていた。この人はカメラの向こうの素人を意識した回答をしていた。それは前半の発表でも感じたことだった。会見の原稿はこの人が書いたのかもしれない、谷中はそう感じた。

「MHKの外浜と申しますが、この前例のない事件、人質救出の見込みはあるのでしょうか?」

「現在、関係各所と協力し、調査を進めている」とカメラが戻され、正田が答えた。

「救出が難しい場合、人質はどうなるのでしょうか?」

 少し逡巡があった後、古西が映し出された。

「こちらも、現在、検討中です。ただ、踏み込んだ回答をいたしますと、ログインしたままで病院へ移送することを検討しております。こちらについては決定後、本日中の予定で追加の会見で詳細の発表をさせてください」

「庶民新聞の杉崎と申します。プレイヤーを移送するというお話がありましたが、それは解決には相当な時間が掛かると考えているのでしょうか?」

 古西がそのまま答える。

「人質の安全確保を優先するためです。環境にもよりますが、人間の生存には水が必要です。水を取らなければ、三日と言われています。解決には全力を尽くしますが、栄養状態などの問題で死者を出さないためにも、移送を同時に進めようとしております」

「夕日新聞の川田です。今回の事件、この会見も発生から一時間後と、警察の動きが極めて早いです。何かあったのでしょうか?」

 カメラに正田捜査第一課長が映る。

「解決に全力を尽くすよう、努力しております」

 速攻で『こいつ簡単な質問しか答えねえんだな』と書かれ、谷中は同意するよう苦笑いした。

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