第5話(2)メディア作りし日常

 駅の近くについた。

 きれいに整備された広めの歩道を歩いていると、コンビニよりも先に牛丼屋が目に入る。遅めの昼食を考えるよりも少し早めの昼食とした方がいいだろう、と吸い込まれるように入店した。

 券売機のタッチパネルから並サイズの牛丼を選び、空いているカウンターに適当に腰掛け、食券を置く。やってきた定員はさっとその半分をちぎり「牛丼並一つ」と声を上げ、自分の正面に鎮座していた味噌汁を出す機械のトレイに、手際よくワカメを入れた黒いお椀を乱雑にセットした。

 いつもの日常だ。

 CIOに囚われたプレイヤーは一万人近くいるとはいえ、この国の人口は一億人、一万人に一人に過ぎない。都内の被害者は五千人と報じていたが、それでも二千人に一人。人の一生でできる知り合いは三千人。本当とか嘘か知らないがバズったトゥートで見た記憶がある。つまり、人生の中でこの事件に巻き込まれる人というのは、小学生で同じ学年だったぐらいのいにしえの関係までひっくり返して、一人見つかるかという話だ。

 ほんの僅かな人数だ。今自分が座っている牛丼のチェーン店、この規模であってもいくつかの店で一つか二つのシフトが空く程度だろう。きっと、日常的に起こっている急な欠勤の方が多いはずだ。その勘に自信はある。シフトの仕事で、業務前に何時間か遊んでからにしようというプレイヤーもいたはずだ。だけども、現実ではそれが原因の大混乱は起こったりはしなかった。

 ぼんやりとそんなことを考えていると、前に置かれている機械の『一押し一杯』と書かれたボタンを店員が押した。茶色の液体がダーッと入ったお椀は用意されていたトレイの横に移される。「お待たせしました」という声とともに、食券をもぎった店員が牛丼並味噌汁付きを自分の目の前に出した。

 谷中は腹を鳴らす前にどんぶりをかき込み始めた。


 牛丼屋を出たらコンビニだ。食べるものぐらい買っておきたい。何もない空気を冷やし続ける冷蔵庫の存在は生活としてもの悲しい。

 通りを挟んで斜め前にファミモがある。

 自動ドアがスーッと開き、中学のときだったか、ワクワク動画で一斉を風靡した入店音チャイムが鳴る。

 入り口左の雑誌売り場に目が行く。流石に事件直後であり、写真週刊誌は周回遅れとなってしまった見出しを掲げていた。新聞はどうだろうか、と目で探す。通り過ぎたところに各社のものが何部も横向きに刺さるように陳列されていた。連なるような配置だが見出しは読める。

『VRゲーム一万人監禁』

『死者二百名を超える』

『開発者に指名手配』

『早朝より搬送開始予定』

 もう搬送は始まっているはずだ。深夜が締め切りだから、仕方ないだろうな、と谷中は思う。速報性ではネットやテレビには勝てないメディアだ。時間が経てばうまく整理して情報を流してくれるだろう。

 それよりも同じように並んでいるスポーツ新聞の酷さが目についた。原色カラーで大衆紙の倍以上の文字サイズの見出しで煽り立てている。

『人質一万人!』

『過去最大級テロ』

『深夜のグズグズ会見』

『次はスマホが危ない!』

 スマホとかいい加減なこと書いているのどこだよ、と下世話な興味から首を伸ばして新聞のロゴを探す。オレンジ色のロゴを見つけて「ああ」と呆れて低い声が出る。ネットでは高齢者の読む向精神薬という扱いの日刊コンニチだ。まあ、彼らならそういう煽り方をするよな、と顔を背ける。

 週刊誌以外の雑誌も平常通りだ。作家がいなくなって薄くなった雑誌はない。そんなことを考えたがすぐにそれが当たり前なことに気づく。確か月曜日の週刊誌は木曜日ぐらいには刷り上がっている。大学生のとき、それで前の週にフライングで売られていた漫画雑誌を買って読んでいたことを思い出した。それにだ。もし、原稿が落ちるようなら読み切りを沢山載せて厚みだけは確保するだろう。

 結局、どれも手にも取らず、それよりは食べるものだ、と雑誌コーナーを後にする。

 甘いものは久しぶりだ。そんなことを思いながら適当に小さめのかごに放り込む。まだ、十二時前。混んでいないレジで手際よく会計を済ませた。


 レジ袋を右手に、歩きながら、ぼんやりと少し空の方を見る。

 良く晴れた青空に白い細長い雲が何本か見えた。

 久しぶりの休みで不思議な気分があった。会社に行っていれば、昨日あんな事件があって大変だよなと話題になっていたはずだ。きっと、学校とかでもそんなはずだ。だけど、今日休みである自分は、そういうコミュニティが見えないところにいた。

 だから、顕著に社会が見えたのだ。日本人が一万人、たった一万人いなくなったところで、世間は何も変わりはしないのだと。


       *


 自宅に戻り、買ってきたものを適当に廊下兼台所に置かれている冷蔵庫に放り込み、居室に入った。起きた直後に見渡したはずの台、そこのすぐ下にテレビのリモコンが転がっていた。

 谷中は拾い上げ、テレビの電源を入れる。

「今、救急隊員がティタン社の中に入って行きました」

 そう実況される中、左上に『午前一時二十分』と表示され、建物の出入り口に横付けされた救急車、その隙間からストレッチャーを押す何人が通り抜ける様子がズームで映し出されていた。

 編集の雰囲気は民放のワイドショーっぽかった。これでいいかとチャンネルを変えずにリモコンを置いた。

「昨日発生した仮想VRゲーム『キャッスル・オブ・アイアン・オンライン』での監禁事件」

 ナレーターの男性の声が入り、映像は警察の会見に切り替わる。

「午前六時よりプレイヤーの搬送を実施致します」と発言が入り、映像の顔の向きが急に変わる。「最初の試験的な搬送として、ティタン社社員でログインしている方の、搬送を実施することに致しました」と何カ所か編集されたらしい発話が流れる。

「対策本部は深夜に試験的な搬送を実施することを発表した。そして――」と再びナレーターが言う。

 映像は最初に映っていた救急車、だが、時間は進んでおり、ストレッチャーが押されて戻ってくるのが少し見える。

「今、ティタン社のプレイヤーが、救急車に乗せられました」と少し興奮気味の男性アナウンサーの声。

 ティタン社が入居するビルの敷地から出てくる救急車が大写しのカットで短い時間挟まり、また、映像が切り替わる。

「こちら、港区スポーツセンターの近くです。ここは港区に住むプレイヤーの搬送先に指定されております。この港区にはティタン社の本社があり、車で五分ほどの距離となっています。まもなく到着するとのことですが」と言った防寒着を着た女性アナウンサーがフレームアウトする。映像がズームされて、信号の向こうの赤色灯を光らせる車にフォーカスを当てた。

「あ、救急車が見えました!」

 映像ではパトカーに先導されて、走ってきていた。間の場面はカットされ、スポーツセンター前、どうも規制でマスコミも入れなくなっているようで、その外から撮影された、救急車が到着している絵が流されていた。

「今、プレイヤーが担架で運ばれております!」と画面そのままのコメントがされる。

 深夜からの半日を紹介するように、番組は細切れにされた映像を次々と流していく。

 左上に『搬送直後の会見』とテロップが入る。画面に映るのは救急隊員と思われる水色の服の男性だ。

「午前一時三十三分、三十四歳男性、ティタン社の運営業務に携わる方です、こちらの搬送を行いました」

 後で知ったことだが、この最初に搬送された人がティタン社の最高技術責任者であったらしい。妥当と思える人選をしているな、と谷中はそのとき感心した。

「バイタルはすべて正常で、コネクトキットへの電源供給も正常に再開され、また、通信もゲームのものと思われる内容が流れており、通信量も切断前と同水準となっております」

 会見の映像が続いていたが、音声はナレーターのものに変わる。

「対策本部は、北浜容疑者が犯行声明でネットワークを切った場合、二時間後に殺害すると表明していたことから、次の搬送を二時間の経過観察後に再開した」

 映像が変わる。

 左上には『午前三時四十分』、また、ティタン社のあるビルから救急車が出発する映像だ。

「ただいま、救急車が二台、続けて出発しました」と見ればわかることが実況される。

 今度は受け入れの映像はなかった。対策本部の警察、昨日散々顔を見たので覚えてしまった古西という京都府警の人が出ている会見が流される。時間はさらに進んで『午前五時五十分』とあった。

「ティタン社運営社員計五名の搬送を実施し、安全に移送できることが確認されました。よって、本日午前六時からの搬送は予定通り実施致します」

 前後の音声はカットされ、その言葉だけだ。映像がまた切り替えられる。

 ヘリコプターからの空撮だ。『午前十時半』と左上に書かれている。二時間ほど前だ。

「こちらは江東区の上空です。十時から主要な道路の一部車線が緊急車両専用となっており、混雑の様子がうかがえます」

 一車線が意図的に空けられ、残された二車線が見えるように拡大された。全体的に少し詰まっている。道路に沿ってカメラが動かされる。ちょっと渋滞している本線を尻目に、作られた専用車線を連なって流れるように走る白い車が映る。

「救急車が五台ほど列になって進んでおります」

 カメラは向きを変えて、地面という下方向から横へと絵を変え、タワーマンション群を映した。

「現在、カメラは豊洲を映しております。あちらの高層マンションにも、遊んでいて被害に遭われた気の毒な方が大勢いらっしゃいました」

 そう言ったヘリに乗り込むアナウンサーは、先ほどから搬送作業が始まっていて、列を作っていた救急車はここから出発したと続けた。

 谷中は少し腹が立つ。

 豊洲のタワマンなんて自分の収入レベルで買おうなんて考えられてない。あそこにいるのは余裕でカネがある奴らだ。それでも自分より働いているなら仕方がない。だが、彼らはあの購入競争に勝っている、つまり自分よりも働いていないのだ。何が不満なんだ。こちとら三十四連勤で買えなかったんだぞ、と。

 無意味とわかっていても画面の向こうに怨念の気持ちが飛んでいった。

 画面は地上に戻り、屋外にいる女性アナウンサーに切り替わる。『中継』と書かれていた。

「こちらは江東区スポーツ会館の前です。この区民体育館には豊洲など江東区にお住まいの被害者が搬送されました。その搬送作業ですが、さきほど終了したと発表がありました。それに伴い交通規制はすべて解除されたとのことです」と映っている女性が言った。

「中川さん、いいですか?」

 すっと右上にワイプで男性の顔が表示される。

「はい」と画面の女性は右耳のイヤホンだかを押さえる仕草をする。

「何名の方が搬送されたのでしょうか?」

「はい、百八十五名の方が搬送されたと発表がありました」

「その体育館の様子とかはわかりますか?」

「内部の取材は許可されておりません。家族などに限り、お見舞いが認められているという状況です」

「家族の方などはもうたくさんいらっしゃっているのですか?」

「いえ。私たちは確認しておりません。交通規制が解除されたのは先ほどで、体育館正面に入れるようになったのもそのときからで、えーまだこの周辺は緊張した雰囲気が続いております」

「中川さん、ありがとうございます」

 右上のワイプがぐーっと画面全体に広がった。

 いつも通りの、と言ってもこの時間帯テレビを見たりしないから勝手にそう認識しているだけだが、そういう雰囲気のメンバーにスタジオが映る。

 その中で出演者は一言ずつコメントをしていく。まだ全日程の四分の一だから気が抜けない。今のところ順調そうなのは良かった。大変なのは搬送してから。と責任のない外野だから何言ってもまあ大丈夫みたいな薄味の内容のものだ。

 一通り発言が終わると、中継時に質問した男性の隣に立つ進行役の女性アナウンサーが口を開く。

「今回の事件、昨日から何が起こったのか。VTRでまとめました」

 そうして次の映像が始まる。

「本日午後一時三十分に発生した、VRオンラインゲーム『キャッスル・オブ・アイアン・オンライン』において、利用者がネットワークを通じて監禁されている事案について、発表いたします」

 流れてきたのは一番最初の会見だった。

 谷中が昨日ずっと見ていたものの総集編が始まろうとしていた。

 煽るように『VRゲームで監禁!人質一万人!』『警察の対応、運営会社の対応は?』とテロップが画面の上下で映像を挟み込んだ。中央の会見は警視庁の課長が話す映像のまま、上から『提供』と『配管救急車』とポップなロゴが重ねられて、「ここからはご覧のスポンサーの提供でお送りします」と声が入った。


 テレビはつけっぱなしのまま、谷中はパソコンをスタンバイから復帰させる。

 パスワードを解除すると画面にはブラウザが大写しになった。

 つぶやきサービスTooterが開きっぱなしであり、最新の情報を受信して、通知タブに99+とカンストした値が表示される。既読にしておくか、と開くと、買いそびれたことをネタにした優先購入券のトゥートがまだバズっていた。

『さきゆゆさんと他15人があなたのトゥートをリトゥートしました』

『mog@風邪さんと他22人があなたのトゥートをいいねしました』

『圧倒的ゲーム太郎さんと他64人があなたのトゥートをリトゥートしました』

『絵を描く猫さんと他98人があなたのトゥートをいいねしました』

『ンポンコさんと他84人があなたのトゥートをリトゥートしました』

『金槌(勉強会用)さんと他103人があなたのトゥートをいいねしました』

 そういう通知の合間合間に自分のこのトゥートを煽るようなクソみたいな発言がついている。流し見して、自分の相互フォロワーからの会話はなさそうだったのでタイムラインに戻った。

 最初に目に入ってきたのはRTによる誰かのトゥートだ。

『交通規制の渋滞とかマジウザいんだけど』

 既にかなりのRTがされていた。アイコンは実写だが女性アイドルグループのメンバーの写真であり、本人のものではないだろう。

 これをRTした人は続けざまに三つRTをしていた。

『ああゆう事件があったから仕方ないと思いますよ』という返信に、『だから、悪いのは犯人じゃん。なんで俺が非難されないといけないの?』と返したものに続いて、『アニメオタククソウゼえ。こんなトゥートにケチつける暇あるなら渋滞どうにかさせろや』とキレている発言だ。

 なんとも香ばしい感じに燃え上がっている。

 谷中は発言を少し遡るべく新しいタブでこの人のページを開く。なるほど、新宿以南の山手通りで交通規制が入っていたらしい。その山手通りは片側二車線で、それもあって片方を完全に救急用みたいな形で塞ぐ形になって、ほとんど詰まってしまったらしいことが、この人のイライラ発言で読み取れた。まあ怒りたくなる気持ちはわかるがネットに書くからこうなる。そう思いながらスクロールすると前日のこの人のトゥートで無駄にRTされている発言に気づく。

『交通規制って散々テレビで言ってんだから、これみんな回避するやろ。つまり、行ったら空いてるってわけ。俺はチャレンジするわ』

 そりゃ燃えるわな、と谷中は無言でタブを閉じた。


 タイムラインに戻ると興味を引かれるトゥートがあった。

『CIO搬送の特別対応をまとめました(午前11時、対策本部公式サイトに基づく)』という発言で、画像が二枚ついている。両方とも関東一円の地図だが、一枚目は一日目、二枚目は二日目と書かれており、搬送の時間帯ごとに地域を色分けしたものだ。カラーリングも早朝は赤、昼が黄色、夜は青でうまくグラデーションされており、見栄えがしたのかそこそこRTされていた。

 自分の住む練馬区は、と谷中は迷い無く二枚目を見る。オレンジ色。明日の十時から十二時。あの歩道橋の情報通りだ。どうせ起きているし、やることもないから見に行こうかな、と少し思う。

 そんなことを考えつつ、発信元を見る。『CIO搬送まとめ』と名乗るアカウントはフォローゼロで、どうやら昨日夜の会見後に立ち上がったようだった。現時点で千ぐらいフォロワーを集めており、最新のトゥートは『東京都江東区185名搬送完了(午前12時20分、対策本部発表)』とあった。その前の発言も地域ごとの搬送開始や完了の情報だけで、ノイズは少ない。少し気になるのでフォローボタンを押した。


 タイムラインを過去へと進める。『Bch野蛮すぎワロタ』というリンク付きの発言が目に留まる。リンクをクリックする。

 新しいタブは灰色のBchの掲示板をすぐに描画した。『CIOプレイヤーまとめようぜ Part 5』というスレッドタイトルだ。

「うわっ」と声を漏らしながらも、怖いもの見たさもあって、谷中は最初のテンプレート文章を流し読みし始める。

 主にTooter経由の情報をかき集めようというものだ。ろくでもないが、気づけばそのまとめWikiにアクセスしていた。

 左側メニューにあるTooter一覧をクリックする。少し待たされて縦に長い表が描画された。アカウント名とフォロワー数ががーっと書き並べられており、現時点で千人ほどが掲載されていた。

 谷中は少し考えて、自分のアカウント名『ねこけん』で検索する。含まれていない。念のためIDでも調べる。含まれていない。ということは可能性があるというだけで適当に放り込んでいるのではなく、偏執的にまでメンテナンスしているということだ。少し寒気がする。

 だが、興味が勝って適当にクリックする。

 たまたまクリックしたのは『カボン 踊りたいゲームしたい』という名前だ。

 表示されたページの表には、ハンドルネームに『カボン』、本名に『??すみこ(本名・漢字不明)(出典:時間割の写真)』、性別に『女』、誕生日に『2010年10月4日(未登録)(出典:来年から中学生という会話、誕生日アピール)』、住所に『東京都二十三区内(出典:ワクワク超会議への移動経路)』、Tooter最終発言として『VRもMMOもはじめてなんですがキャッスルオブアイアンがんばります♥』で昨日十二時五十五分三十八秒だと書かれており、プロフィール文は『ゲームとダンスが好き』から始まるTooterのものがそのままコピーされたものが貼られ、関連動画としてワクワク動画にアップロードされた本人はマスクして顔を隠したダンスの映像が発掘されていた。

 出典のトゥートのまとめられ具合をみて、よくやるなと呆れた感情を持つ。もしかしてと他の人もクリックして見る。同じぐらいに内容が埋まっている。どうも、本人も忘れていそうな発言やフォロー関係から年齢から住所だとかの公開していない情報を精力的にまとめている人間がいるようだった。

「これはアレだなぁ」

 一人呟きながらもゲスな気持ちで見続けてしまう。

 一覧の表に並べ替え機能がついており、フォロワー数で並べ替えるが、超有名人と言えるような人はほとんどいない。限定一万本というのが購入の枷になったのだろうか。

 トップは十万人近いフォロワーがいる『スクリュー』というプレイヤーだ。自分もこの人はフォローしているから知っていた。『CIO攻略情報サイト デイリーCIO』、といっても攻略を名乗るがWikiではなくニュースサイト、CIOが現実に情報を持って帰りづらい構造だったことから、攻略速度と記事化速度のバランスが取れているこのサイトがベータ時代から人気の情報サイトとなっていた、その管理人だ。

 ちなみに昨日話題になった『luckst』こと田渕ADもフォロワー数で見たらそんなでもなかった。

 ざっとだが、結構細かく見てしまった谷中は、これはまずそうだな、と思った。有名人にとってはまあ良い。彼らはまだネットに情報を残すのがどういうことかわかって、まだコントロールできているからだ。問題はフォロワーが多くはない、それ故にネットリテラシーが高くはないプレイヤーだ。本人は個人情報を隠しているつもりでも、少ないフォロー関係からこれは同じ学校でつまりここにいるのは間違いない、みたいなことがここではまとめられていた。

 カチッカチッと片っ端に開いて見ていくと、本名や住所が割り出されているアカウントがいくつか見受けられる。

「なんでこれわかるんだ」

 気になって、Bchスレに戻って、何か書かれていないか探す。

『特定班のこれヤバすぎでしょwww』という発言が気になる。下に貼られているのはTooterへのリンクだ。谷中はクリックした。

『突然のご連絡失礼いたします。CIO事件調査部です』から始まり、CIO事件に巻き込まれた方について聞きたいことがある、というよくある取材トゥートが現れた。

 アカウント名は金国テレビ報道局取材班。

 “金国”ってどこだと谷中はすぐに気づく。

 アイコンなど丁寧に作り込まれた全国テレビとの誤認を狙ったアカウントの発言だった。

 何か目的があるのか、遊び半分なのか、判別はつかなかったが、個人情報を細かく割ろうとしている奴がいて、テレビ局の報道アカウントを偽装して、直接コミュニケーションを取りましょうと連絡を送りまくっていた。


 ネットのどうしようもない側面にため息をつくと集中が切れたのか、テレビの声が聞こえてきた。

「この事件の影響で、全経平均株価が大幅に下落しています」

 VTRはいつの間にか終わっていた。

「下げ幅は五百円を超えました。中継です」

 テレビに目を向けると証券取引所の各社の株価が表示された青いディスプレイの前に男性が映ったシーンに切り替わったところだった。

「はい、VRゲームCIOの監禁事件を端を発した、ティタンショックにこの東京市場は揺れています。今日の東京市場、始値は先週よりやや安い九十二円安から始まりました。ゲームを開発したティタンは朝から値段のつかない状態で、加えてコネクトキットの製造を行っている東立電機もストップ安となり、電子関連株を中心に急落、その他の株も利益確保のための売りが多く、全面安の展開となって一時下げ幅は六百円に迫りました」

 そう言って、全経平均株価が先週より五百三十円安く状態で午前の取引を終えたと締めくくった。

 今は株取引の昼休み時間である。もしかしたら、この時間でまとめみたいなのが出ているかもしれない。そう考えて、速報ならTooterだとタイムラインに戻る。

 ちょっと漁ると株取引のまとめブログ、昨日数年前の上場で北浜の取り分が少ないことをまとめていた記事を読んだサイトだ、の最新記事がちょうど流れてきた。

『天才ゲームデザイナーがデスゲームを宣言、ティタン株主も強制参加の模様』

 身も蓋もないタイトルに谷中は不謹慎ながら小さく吹き出した。

『時価総額5.6兆円の値動きじゃねえよ』という発言とともに朝からストップ安に張り付いている注文情報の画像が貼られたトゥートの引用が記事の先頭にあった。

『事故で暴落と言えば、十年前の東都電力だな』

 自分が中学生のときの大震災、そこで原子力発電所が被害を受けて大変なことになったことは覚えてはいたが、経済がどうなったかというのは関心もまだなかったこともあって覚えがなかった。

 まとめサイトは親切にも当時の株価のチャートが貼られていた。

『三日連続ストップ安で六割引が目安か』

『事件が解決しても解決しなくても主力商品は危険だし、国策企業じゃないからアウト予想』

『一人一千万で一千億円。高くても一兆円。都電の賠償金は九兆円だから影響は軽微では(そんなことはない)』

 株に言及しているアカウントも、ひとまずどのくらいの値段となるかの予想はつけられていても、その先どうなるかの予想は誰もできないでいた。

『昨日の会見見て、ここは売った方が良いと思いました、まる』という発言に谷中は全面的に同意する。

 だが、このつぶやきは続きのための前フリだった。

『上場時に小金を稼ぐ程度にティタンをウォッチしていたおじさんが、なんで経営陣がああなのかの解説しようかな』

 そういう発言から始まる連続トゥートがサイトにすべて貼られていた。

『ティタンは元々スマホアプリスタートアップ。いまいち鳴かず飛ばずなところで、創業者で現CTOの唐澤が当時中学生の北浜のゲームに一目惚れ、一緒にやっていかないかと持ちかけ、北浜は承諾、ものの見事に大ヒットした』

『北浜がティタンから離れず、在学中はずっとここからゲームを出し続け、ことごとくヒット。バイトなんだけど、年収一億というのがこの時期かな。そういう気鋭のゲームメーカーだったんだけど、五年前、急に経営陣が刷新されたわけだ』

『上場のための体制作りにしては入れ替えすぎだし、VCの圧力って見るにしては経歴が元電機メーカーとか色々地味。理由がわかったのが四年前の神経電気接続方式VRの発表。これ基本特許が前年の申請で、これを軸に一発当てようというのが見え見えの人選だったわけですよ』

『三年前の上場前に最後の資金調達は東立から、上場目的はゲーム機器開発のための資金確保。上場後最初のプレスリリースは東立の工場に出資だからね。そりゃ現経営陣のコネクションなり何なりがなければ、ここまでこれなかったわけよ』

『現経営陣は物作りというよりは物作りをする環境作り、どうヒトモノカネをサポートするかに特化していて、会社切り盛りするよりは工場ぶっ建てるのが得意な連中。それにあんだけのSO払うのはという話もあるけど、以上の流れで、誰がこの経営陣を用意したのかは、わかるな』

 なるほど、昨日は勘でそんな思いもあったが、冷静な視点でそういう見方もあるのか、と谷中は納得する。

『私はこの人選を見て、この予想をして、神経電気接続方式を学会で体験して、イケると踏んで上場時に結構買って、コネクトキット発表前にも買い増しして、夏に一部利確して大金と結構なティタン株を持っているわけですよ。ねえ、残りの持ち株先週の値段で売りたいんだけど』

 儲かった自慢ではあるのだが、オチにクスリときた。

 これは完全に北浜がコントロールしてここまで来たのではないか。そういう感想がこの記事の発言の中では支配的となっていた。

 最後は引用トゥートは完全にネタに走っていた。

『日本には四季がある。それにデスゲームもある』

 確かにな。

 デスゲームは世界のどこにもなかった。だが、そこに谷中は行きたかった。

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