第2話(4)現実と現実
記者の質問はまだ続いていたが、谷中は興味を失いつつあった。事実を確認するような質問か、現時点ではわからないと回答されるような質問ばかりだったからだ。
Tooterのタイムラインを確認する。
VRゲームに関心があるフォロワーが多いせいもあってか、話題はCIOの事件一色だった。
話題の一つは“北浜は本当に犯人かどうか”だ。
ゲーマーなら当然知っている著名人。発言や振る舞いもよく知られており、淡々としているがゲームに対して真摯。そんな人があんな犯行を起こすなんて、何かの間違いではないか。そういう思いから様々な擁護が出ていた。警察の指名手配が早すぎるから誤認だ派、ネットの状況証拠しかないのでアカウントが乗っ取られたよ派。無論、それらに対して、すぐに指名手配するぐらいに自明だ派、あの声明は本人としか思えないから本性が悪人だった派が反論していた。
一方、今後の展開予想、プレイヤーの搬送をどうするか、救出をどうするかという話も見える。
搬送されるであろうことは事件直後から考えられていた。会見前に発言された予想がRTで流れてくる。まぁ、そうだろうな、と谷中も思っていた。自己責任として対策を打たなければ、一万人ものプレイヤーはゲームに殺されなくとも水や栄養の不足で死んでしまう。だからするだろう、という予想は簡単だが、実際どうやるのかが議論になっていた。突然、一万人の病人が現れたという事態だ。どうやって運ぶのかを部外者であるにも関わらず熱く論じるアカウントが現れていた。救出の方は、コネクトキットの技術がわかっていないからか、北浜の声明文の制約のあら捜しをしている感じだ。どちらにせよ、交わされているのは机上の議論だ。
そして、頭のおかしな発言がRTで多数流れてくる。
まだ事態もわかっていない会見中に『今回の事件が起こったのは、コネクトキットを承認した行政に大きな問題があるように思えます。なぜこうなったか説明責任を果たさないことは政権の不信感を高めています』という野党国会議員の発言。さすがにマズいと気づいたのか、トゥートは削除されていたが、そのスクリーンショットが拡散されていた。
無論、愛国的であればまともというわけでもない。アイコンの隅に旭日旗を載せたアカウントが『このVR技術がすごいのは明らかなのに、なぜ開発者を逮捕するのだろう? 警察内の特ア内通者の陰謀か?』というトンチンカンな発言をしていた。
もちろん、右翼的でない方もダメな人がいる。自称ノンポリの何か文系分野の教授と名乗るアカウントは『作ったオタクは死刑、遊んでいるオタクは事故死刑、キモいのがいないハッピーな社会へ』と書き、アニメアイコンが言い返していた。
あとはいくつかの情報系アカウントの発言が目立っていた。
震災のときに立ち上げられたアニメの組織名がついた速報アカウント。自分が最初に見た搬送の報道をしたアカウントでもある。このアカウントは警視庁を始めとした公式アカウントの発言をRTし、その直後に、その内容を英語、中国語、それにやさしい日本語と称するひらがなで平易に書き下したものを発信していた。CIOは日本語のゲームなのになぜだろうかと思っていたが、プレイヤーの家族も日本語が堪能とは限らないからな、という誰かの指摘に納得する。
それとデマとみられる情報に反証を書き並べていくアカウント。これも震災以降、ネット発のデマに大いに注目が集まるようになって作られたものだ。数トゥートしかない卵のアイコンの『電源が入っていると死ぬからコンセントを抜け』という人が死ぬことを期待しているかのような発言。それを警視庁の発言を引用して、『決してやらないでください』と否定する、そういう自警団的な発言を多数していた。
そんな多様な情報が氾濫するタイムラインを、谷中は何か奇妙に感じ始めた。ただ、その理由はわからなかった。
『今日のトゥーターは聡明からバカまで、トゥートのラインナップが素晴らしい。知性の百貨店だ!』
そんな発言がこの状況を説明しきっていた。
*
会見は終わって、テレビには病院の建物前でマイクを握る女性が映されていた。
「東都医科大学病院です。こちらの病院には七人が搬送され、うち三人の死亡が確認されました」
「小川さん」
「はい」と言いながら、画面の女性は右耳のイヤホンを押さえた。
「亡くなった方は全員ゲームを遊んでいた方でしょうか?」
「病院によりますと二人がプレイヤーで、一人は機器を外そうとした方とのことです」
「ありがとうございます」
そのとき、スマホがテーブルを振動させた。画面のバックライトが点灯し、緑の縁取りのダイアログが表示される。コミュニケーションアプリのLINKの通知だ。
『生きてる?』
送信者名は“宮井”。仲の良い同期で、そして、数少ないCIOを買おうとしていることを知っているリアルの友人だ。
あまりに露骨な内容で谷中は吹き出しそうになる。
スマホを手に取り、“表示”を押した。チャット画面に切り替わる。
どのスタンプを返信に使おうか物色していると、すぐに返信が飛んできた。
『秒速で既読になってわろた』
『結局買えんかったんかーい』
二連発で発言が飛んでくる。彼はフリック入力が早い。
とりあえず、「元気やで」と答えるアニメの美少女キャラのスタンプを送って、何か書き加えようかと考えたものの、これ以上はいいか、とスリープ状態で元の場所に置いた。
すぐに震え、画面にメッセージが出る。
『水曜からまた一緒に労働頑張ろ♡』
谷中は苦笑した。ダイアログのままほったらかしにする。既読はつけない。
「小川さんとの中継の途中ですが、日本赤十字社の会見が始まるようです」
テレビの画面が切り替わると同時に、スーツの男性、赤十字の偉い人だ、が役職と名前を言った。会見はもう始まっていた。
「それでは、北浜氏、えー北浜容疑者から二百億円の寄付がございましたことを、えー説明させていただきます」
現地で大きなどよめきが起こった。
「マジかよ」と谷中も一人言った。そんな額を納めているとは予想だにしていなかった。
「今回、このような事件が起こり、大変な悲しみにあります。日本赤十字社は、被害者全員の安全を願っており、全力で支援したいと考えております」
会見中の男性はたびたびメモに目を落としながら話していた。
「経緯ですが、えー二日水曜日の午前十二時半頃に北浜容疑者からメールがございました。内容は『明後日金曜日に高額の寄付をする。週末、自身のブログにて趣旨などを発表するので、それまで公表はしないでいただきたい』というものでございました。このメールへ返信、えー寄付のお礼の定型文となります、これを返しました。その返信は今のところございません。金曜日の午前九時、えー北浜容疑者から二百億円の銀行振り込みがございました」
聞きながら開いたBchの実況スレでも驚きは大きかった。
『200億円すごすぎワロタ』
『日本の個人寄付最高額って震災のときの100億円やろ。その倍か』
『チャチな額じゃないのが逆にヤバイ……』
Tooterも見る。“200億円”というワードがもうトレンドに入っていた。既に“キャッスル・オブ・アイアン・オンライン”も“コネクトキット”も“北浜博明”も“警察会見”もある中でだ。
タイムラインに株をメインとした経済関連のまとめブログ、その数年前の記事のリンクが流れてくる。タイトルは『2本の大人気ゲームでティタンが上場、天才ゲームデザイナーの取り分は0.42%』だ。
谷中は開く。
当時のTooterの発言がまとめられていた。
『YourTuberですら事務所からストックオプション1%ぐらい貰っているんだから、倍はあげていいと思う』
『従業員トップでもらえているんだけど、無駄に比率高い役員がいっぱいいる。もうちょっと貢献度合い考えた方が良い気がしました』
『初期社員のSO平均0.2%ぐらいって聞くけど、北浜さんのあの成果を考えるとSO比率しょっぱい』
『パーセントで考えると少なく見えるけど五億あるからね。五億で十分かは別だけど』
『北浜さんいなかったら上場できないところが、何出し渋っているんだろう。これ引き抜かれるんじゃないの?』
『カネじゃない何かがある。でも、カネは大事』
この記事が書かれたとき、つまり上場時の時価総額は1200億円だったらしい。新興のゲーム会社としてはかなり高いらしかった。
谷中は「ティタン 株価」で検索した。すぐにこの一週間の株価グラフの他、データが表示される。額面は増えていたが分割などがあれば単純な比較はできない。下の方に小さく書かれている時価総額の数字を探す。
5.65兆。
三年で数十倍となっていた。「えっ」と声を漏らして、「5.65兆円×0.42%」をフォームに打ち込み計算させる。
237.3 億円。
額面にクラクラしながら、タイムラインを見る。
『ティタン、上場からこんなに値上がりしていたの知らんかった』
『CIOじゃなくてKAB買うのが正解だったか』
『0.42%って、一昨日売っても税金引かれると190億にしかならない。最高値が今年の夏で250億。200億円出せるって、すげぇいいタイミングで売ったんじゃね』
『自分で事件起こす前に最高のタイミングで売る。インサイダーやんけ』
Bchの投資投機板を開く。
ティタン株のスレッドがぶっちぎりで伸びている。
『明日S安確定』
『明日だけならいいよ。何日続くか』
『北浜絶許。死刑にしろ』
『経営陣は従業員を監視する責任がある』
明らかに株を持っている人が集まっており、怖い感じになっていた。
テレビ実況の板に移る。
『これ北浜ガチで事件起こしているな』
『なんかすごいことになっているのはわかる』
『赤十字がちゃんと協力するかは見ていこうな』
『何が目的なのか全くわからん』
『事件としては謎』
元々、VRゲームよりもテレビに関心がある人々が集まっている場所だ。だから、彼らはこれを事件、自分の知らないところで起こった事件として見るのだろう。
「そうじゃないんだよ」
そう呟いた谷中は自分の感じていた違和感の正体に気がついた。
“冷静すぎる”。
誰しもが傍観者的な発言をしていた。いや、主観的な想像ができていなかった。
その理由は想像できた。ゲームに参加していない限り事件を見知ることはできない。外にパトカーは走っていないし、道路も封鎖されていない。住居が揺さぶられることもないし、炎が出るような派手な映像に残る出来事も起こっていない。
臨場感がなく、多くの人は現実として捉えられていない。
谷中はそう思った。
自分はベータテスターなのに買えなかったという、数少ない、もしかしたら世界でただ一人の、CIOに手が届いていた不参加の人間だからかもしれない。だから、何が起きているのか、人よりもわかっている気がした。
これは単なる事件ではない。
もう一つの現実、その立ち上げの瞬間だ。
ログアウト不可のデスゲームがなんだ。現実は既にログアウト不可のデスゲームだ。
デスゲームで困る奴らは、“現実”に未練があるやつだけだ。
自分にとっては現実世界は最悪だ。この数ヶ月、何のために“こちら”で生きていたかを考えればわかる。
なぜ、自分は“あちら”にいないのか。
「クソっ」
一人悪態をつく。
もう一つの現実に行く、その大きなチャンスを逃したのだ。
頭を冷やすように何分かぼんやりとしていた。
はたと気づいた。
谷中はパソコンを操作し、BchのVR板を開いた。
一人ニヤける。
案の定だった。Tooterは匿名であってもアカウントという人格が作られる。それがないこのサイトでは、本性がむき出しとなっていた。
一番伸びているのはCIOのスレ、『【CIO・塩】キャッスル・オブ・アイアン・オンライン Part 1105【勝ち組デスゲーム】』だった。
『スレタイひどすぎワロタwww』
『デスペナルティ考えたら普通死なねえし。無限にゲームできるの裏山』
『ある意味、国家公認ゲーマーw』
いきなり書き込みがひどくて笑う。スクロールを進める。
『おまいらが塩にいたらクリアまでどんなもん?』
『俺が買えていたら一日一階層進めるから、三ヶ月ちょっとで開放されんだろ。買えてればな……』
『俺らなら死者ゼロでクリアできるわ。買えてればな……』
『全滅終了回避のためにゲーマー専用列が必要だったのがわかる』
自分と同じく参加したかったという思いが伝わる。
妄想っぽい意見が多いのはベータテスターがいないからだろう。
他にもいくつか見るが見積もりの甘さが気になってくる。谷中はキーを叩く。
『三ヶ月は無理だろ。ベータテスト二ヶ月で登れたのは知られている通り六階層。そのペースだと一年で三十六階層、二年で七十二階層で、三年弱でクリアだろうな』
自分の書き込みにすぐにレスがつく。
『ベータと正規はプレイ人数が違うだろ。それは正しくねーよw』
どう反論しようか。少し考えているうちに別の人のレスがきた。
『その見積もり大体合ってると思われ。
攻略戦力になるのそもそもトッププレイヤーだけ。で、トッププレイヤー、デスゲームじゃなくてもそもそも死なない。死亡ペナ、損だし。
だとベータ版と正規版の違いは、攻略人数十倍だけど、安全マージン多めに取るとかそんな話で、多分トッププレイヤー数×稼働率=戦力、ベータと同じぐらいだと思う。勘だけど。
あとは、死なないノウハウが共有されたり、プレイヤーの頑張りでトッププレイヤー率高まったら、このペース以上でクリアできる可能性もあるかな』
真面目な考察に谷中は少し吹き出す。だけど、大体同意だった。
『細かすぎワロタ』
『このスレのゲームキチガイっぷりヤバイwww』
実際に捕らわれたわけではないので、こんな悠長なことを思っているのかもしれない。
ただ、この空気感は不謹慎ながら谷中は気に入った。
少しログを漁る。寄付の話が出ててくる。
『200億円あるけど、プレイヤー1万人いるから、1人200万円か。入院1日15000円かかる。133日分。消耗率がわかるともうちょっと整理できるか』
『計算難しすぎワロタ』
『あっち側で生きるのにこっち側で金取られるの渋い』
『つか、一万人の人質とかすげーよな。どんだけ、身代金請求できるんだよ』
『一人一円ずつ請求したら、一万円だな。うまい棒、千本だ。少ないな』
『一円wwwやめろwwwネトゲ廃人でもそこまで命は安かねぇwww』
『いや、妥当だなw 廃人なら一円だw むしろ、廃人に円使うなw あっちの通貨使えw』
『ルコ払いワロタww』
そう、これがこの掲示板の感じだ。
明らかに茶化してはいた。だが、ここにいる彼らは認識していた。あちらは新しい現実であると。そして、彼らもまた、あちらに行きたかったのだ。
スレッドを追っているうちに、有給を取り消して会社に行こうという気はなくなっていた。
一ヶ月ぶりの休みだ。のんびり休もう。
そして、せめて、あちらの現実がどうなっていくかを眺めていよう。
映像が取れないテレビは病院をちょくちょく映しつつ、警察と赤十字の会見の録画を度々流していた。テレビはもういいかとリモコンに手を伸ばそうとする。
「まもなく官房長官の会見です」
それは聞いておくか、新しい情報は出てこないだろうけど。そう考えて、テレビを消すのはやめた。
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