第3話(1)代打の司会
午後二時半から始まった会見は質疑応答含めて一時間ほどで終わった。警視庁本部庁舎一階の会見場はまだ騒がしかったが、もう自分がいる必要はないだろう。古西はマスコミが固まっているのとは逆の前方の関係者用出入り口から出た。
部屋から出ただけなのに圧迫感から開放された気がする。自然に息をつく。同時に聞き知っている声が掛けられた。
「おっ。お疲れー」
縦にも横にも大きな男がスマホをいじりながら、人懐っこい笑顔で手を振りながらこちらへ来た。古西は小さく口角を持ち上げた。自分はあまり大きく笑ったりしない方だ。
「ああ、柏原さん。久しぶりです」
「夏以来だねえ」
彼は科学警察研究所の物理研究室所属だ。犯罪に使われた電子機器の解析をどう行うか、その研究をしている。分野としては科警研の中でサイバー課に一番近い。そのため、彼とは東京での技術勉強会に呼ばれたとき、たびたび顔を合わせていた。
そんな相手の腹に目が行く。
「前より太ったんじゃないんですか」
柏原はハハハハと声を上げて笑って目を逸らした。
彼に警官らしさは薄い。それもそのはずで、彼は民間からの転職者だ。そのせいもあってか、警察ばかりの知り合いの中では気さくであり、年は十ほど離れていたが付き合いやすかった。
とはいえ、今は事件の真っ只中だ。古西は仕事モードで尋ねた。
「新宮は?」
今回の事件で、自分が東京にいると知っていたのか、すぐさま呼び出した警視庁のサイバー課の男だ。採用地は違えど、同世代でライバル視していた。
その彼は、自分が登庁するや一気に状況を説明し、「なるほど、大体わかりました」と答えるや、「なら会見の司会を頼む。技術的な質問をカバーしてくれ」と指示をしてきた。そんな無茶に応えたのは、何よりウマが合ったからだ。
「警部補は、まだ一課とやりあってますよ」
柏原は苦笑いで言う。もちろん、呆れている対象は一課だ。今回の事件、事件が事件であり、サイバー課は加わりますと言ったが、一課は単独でやると拒絶した。だから揉めている、と会見前に新宮から聞いていたが、まさかまだ落とし所が見つかってないとは思ってもいなかった。
古西は呆れながら聞いた。
「ティタンと東立の技術者は?」
協力体制はできていないが、捜査本部はすぐに立ち上がっており、早々に捜査協力で事件に関わるゲームの開発会社と機器メーカーの社員を呼び出していた。
柏原は「一課もお茶ぐらい出すんじゃないですかね」と茶化し、「あとで話を聞く約束ぐらいは、警部補なら取り付けると思いますよ」と続けた。
古西は頭の中を整理する。
結局、素直にキーマンと情報共有した方が良さそうだった。
「まだ、二階ですか?」
「ああ、ええ。でも、第三会議室です」
警視庁のサイバー課はこの本部庁舎には入っていない。ここから地下鉄でちょっと行った、地図上でも現実の看板でも名前を隠された黒いビル、そこに本部が設置されていた。なので、この建物に居場所はなく、ここに来るときは大体会議室に押し込まれる。
彼らもまたアウェーなのだ。待たせるのは悪い。
少し早足で向かうか、と思ったが今の歩く早さでも体力が警官らしくない柏原が遅れている。後ろを見ると、そんな自分の思いを知ることもなく、彼はゆっくりと歩きながらスマホをいじっていた。
「業務中ですよ?」
そうたしなめるように尋ね、足を止めて待つ。
「情報収集という立派な仕事ですよ」
悪びれる風もなく柏原は言った。
追いついた彼のフィルムもカバーもつけていないスマホの画面には、匿名掲示板と思われるページが表示されていた。
「よくそんなもの見ますね」
京都府警サイバー課はネット上、特に前世紀からある匿名掲示板では、事あるごとに目の敵にされ、能なし無能と叩かれている印象を古西は持っていた。
批判するなと言いたいわけではない。
古西は目の前で文句を言われることはそんなに気にしない方だ。こちらが間違っていれば謝れるし、相手が間違っていれば適切な反論ができるからだ。そういう意味では、ネット掲示板の匿名性よりも非同期的な議論となる部分が苦手なのかもな、と思っていた。反論しても反論が届いているかわからない、それが嫌だった。
「自分は気にしないけどなあ」
画面から目を離さずに柏原が反応する。
それは彼が科警研、ドラマなどで知られている科捜研ですらないからで、矢面に立つことはないからだろう。
「私は京都府警ですからね」と愚痴っぽく言う。
昔、P2Pソフトの天才開発者を逮捕して以来、ネットの敵みたいな部分がある。そして、今回も相手はゲームの天才開発者だ。悪い評判の予感しかしない。
「どうせ、ボコボコでしょ」とため息混じりに続けた。
「いやいや、今回は褒められていますよ。『京都府警の人、わかりやすい』とか『古西さんに説得力がある』って話題になっていますよ」
笑顔で言った柏原は「まあ、正田さんは置物ってボロクソですけど」と付け加えた。それに古西も釣られて笑いはした。
「ただ、そう目立つと、今度は失敗した時に大きく叩かれるからねえ……」
「ネガティブですねえ」
「日本人だからね」
出る杭は打たれる。打ち付けて地面の下に沈めてからも、砕くまでボコボコにする。そういう部分が民族的に刻まれているのだろうか。現実でもネットでも、どちらでもそういう振る舞いがあるように古西は思っていた。
「ま、その気持ちはわかりますけどね」と同意が聞こえた。
ようやく、二階に向かう階段についた。
柏原はさらに先のエレベーターに行こうとしていたが、自分が階段を上ろうとしているのに気づいて向きを変えた。
靴の音が階段に響く。
「そういえば、なんで東京にいるんですか? すっ飛んできたとかですか?」
「京都から一時間は無理だよ。先週水曜からこっち。二課に呼ばれて“最新技術共有会”」
その単語を聞いて、「あー」と思い出したように柏原は手を打った。
「それ、ぶっちゃけアレな会ですよね。徳永さんと公文さんの仲が悪くてやってんですから」
彼はサイバー課と二課の課長の名前を挙げた。二人とも東都大学出のキャリアで同期だ。それで犬猿の仲だから始末に負えない。古西は呆れ笑いをして、同意した。
「サイバー課に借りを作りたくないからって、京都から人を呼ぶとか。新幹線代もタダじゃないのに。で、何聞かれたんですか?」
「それ答えて、あとで俺の立場、悪くなりませんよね?」と冗談めかす。柏原は「自分、警察庁ですよ」と笑った。
とはいえ、言わないつもりは元々ない。
「いつも通りの最新技術の知見を教えてくれってやつですよ。まあ、今回はコネクトキット、いや、CIOのことを露骨に聞いてきましたけどね。どういう仕組みか、運用はどうなっているのかの辺り」
無論、自分が知っている部分も限られている。なので、した説明は通り一遍に留まっているが、と付け足した。
「それ、先週の話ですよね」
「そうですよ」と答えて、何を聞きたいのかに気づいて続ける。「ああ、CIOが名指しされたのは、今週末サービスインするからってことで、事件を察していたわけじゃなかったと思いますよ」
「聞いた話があります」
柏原はニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。彼はなぜか耳が早い。内緒話をするかのように口元を少し隠すように手を当てて、小声で話を続けた。
「小耳に挟んだんですけどね、コネクトキット、どうも
こういう話題のときの柏原は役人の顔だ。古西は続きを促した。
「コネクトキット、いつ出たか知ってますよね」
「去年末ですよね」
「神経電気接続方式の研究が公開されたのって、いつか知ってます?」
「確か……四年前でしたっけ」
「ええ」
彼が言わんとしていることがわかった。
この新技術、初公開から四年で家庭向けの製品になっている。流れは以前調べたことがある。電安法や技適他の法整備が相当な速さで進むなんてことが起こったからだ。その速さはいつも遅れる日本とは思えないぐらいで、それで他の国でなかなか承認が下りなかったコネクトキットは全世界同時発売を諦め、日本で先行販売を始めたぐらいだ。
確かにここで札束が飛び交ったとしても不思議ではない。
「となると経産? それとも総務?」とパッと浮かんだところを挙げる。
「それが違うんですよ。防衛装備庁ですよ」
「装備庁?」
「ええ。隊員の訓練に使いたいって話があって。でも、調達価格を下げたい。だから早く民生化しろと。そういうゴリ押しがあったらしいんですよ」
防衛装備庁は七年前にできた。その機能はその八年前、今から十五年前に存在した防衛施設庁とほぼ同じだ。その防衛施設庁は談合体質であったが故、一度解体され本庁へ一時統合が行われたという歴史を思い出した。
「ハコが変わってもナカミは変わらん、みたいな話ですか?」
「自分もそこまでは。実際どうなんですかね。規模の割に予算の大きいところですし」
今や日本の上場企業で二十番以内の時価総額にまで上り詰めた新興のゲーム会社。裏に見えるのは予算二兆円の官庁だ。状況証拠っぽいものが転がっていそうな匂いはする。
「二課が躍起になりそうですね」
「で、話はこれで終わりじゃないんですよ。あるところが動いているんですよ」
「特捜ですか?」
「そんな特捜部が動いたところで話題になるわけないじゃないですか。あいつらの仕事なんですから」
続きを促すように見つめてきたので、「どこですか」と古西は言った。
柏原はさらに声を一段小さくした。
「
考えていなかった場所に面食らう。彼は話を続けた。
「本件、規模は大きいですけど、まあ、サイバー犯罪じゃないですか。つまりは警察と総務省の案件ですよね。なのに、連中がちょろちょろしている、って」
「おいおい」
古西は一瞬顔をしかめる。平時で“軍”が動くなんて事案は一つしかない。クーデターだ。だが、それは噂にするには品がない内容だ。
「まあ、目立っているのは出向者で、確信度は低いらしいですが」
そして、さらに声を潜めて「あ、これ言っていたの
「ま、こっちはこっちで一課と二課とサイバー課で内ゲバしているので、まあ同じぐらいアレですがね。ハッハッハ」
そうまとめられた話に「うーん、なるほどね」と古西は相槌を打った。
やたらときな臭い噂だが、あくまで噂だ。
古西は話半分に受け止めていた。
話としては、わからないわけではない。十年ぐらい前から近隣国の軍事的脅威が増しており、それに加え外交面に積極的な政権が続いていることもあり、防衛予算はジワジワ増えている。一方、全体の財源はそう増えないことから、他の省庁はシワ寄せを食らってる。だから、こういう防衛省にネガティブな話が出てくるのは不思議ではない。
ただ、その噂がなぜこのタイミングなのか、は注意しなければならない。噂には尾ひれが付いているとしても、もいだ先に省庁の尻尾ぐらいは転がっていてもおかしくはない。
ただ、踏み抜きたくはないものだな、と古西は噂としてそれを処理することに決めた。
そんな話をしていると『第三会議室』と書かれたプレートが見えてきた。
柏原が笑顔で言った。
「事件は会議室で起こってるんじゃない!って怒鳴り込もうとか思っていたでしょ」
「考えてもいませんよ」
即答した。
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