第7話(1)砲撃ムーヴメント

 四日ぶりの出社だ。

 ギリギリの電車で行けば、間に合っていても「休みボケしてるんじゃねえよ!」とどやされるので、普段より何本か早い電車で移動したのだが、部屋には既に同期の宮井の姿があった。

「おはよう」という谷中の挨拶に彼はなんとも言えない表情で笑った。

「なんだよ」

「あと五分早く出てれば、あっちの世界に行けてたのにな」と宮井に小声で茶化される。

「今更蒸し返すなよ」

 谷中は苦笑いしつつ答えると、彼は表情を真面目なものに変えた。

「サポートの前沢って知っているか?」

「いや、わからん」

 自分の勤めるこの会社、トウセシステムは小さくはない。部が違えば、わかるはずがなかった。

「俺らの一年下だがな、谷中なら知っているかと思ったが――」宮井は少し間を空けた。「このオフィスここで唯一の被害者だよ」

「え? 被害ってCIOの?」

 自分の驚き混じった返事に彼は小さく頷いた。

 このオフィスはトウセシステムのブラック部署の掃きだめと言われ、第三ソリューション部他いくつかのの部門が入っているのだが、今日まで顔を見せなかったのはその前沢と自分だけというのが宮井の話だった。相当な人数いるのに二日で休んでいたのは二人だけってどれだけブラックなんだよとぼやく。違いないと宮井は笑い、釣られるように自分も笑った。

「まあ、でも、搬送も終わって一段落でしょ」

 被害者と呼ばれはしているが要はエターナルプレイヤーだ。

 あとはあっちの現実で真面目に遊ぶだけ。だから、気の毒という感情よりもそんな羨ましいという思いが谷中にはあった。

 だが、宮井は首を横に振って、静かに言った。

「いや。運ばれたのは月曜の午前中らしいが、午後には亡くなったらしい」

「え」と言ったまま、次の言葉が出なかった。

 谷中は何となく思っていた。CIOというゲームでそう死ぬことはないと。ゲーマーなら、いや、無茶をしなければ誰も、そう簡単には死なないと思っていた。

 だから、火曜の朝に親から会社に電話が入っただとか、買っていたことは会社の誰も知らなかっただとか、ゲーム内で死んだからこちらでも死んだらしい、などという話をただ呆然と聞き流していた。

「谷中?」

 ぼんやりしすぎていたようで、宮井に名前を呼ばれる。

「ああ……」そして、ぐるぐると色々な思いがうごめいて、「そうか……」とだけ続けた。

 互いに沈黙することになり、谷中は宮井の隣の自席に鞄を置き、パソコンの電源を入れた。顔も知らない社員だが、死んだと聞くとさすがに気の毒な気持ちになった。

 ディスプレイにはOSの起動スプラッシュが表示されていた。まだ、少し待たされる。

 谷中は口を開いた。

「そういえば……安否確認の連絡はなかったよな?」

 日曜日、田渕ADで話題となったサクラテレビは、安全確認として休暇中の社員に電話をかけまくっている様子を流していた記憶が甦る。

「ああ……一応あったぞ。社員メールだ」

「ええー?」

 想定していなかった連絡法に変な声が出る。そんなところに送られても、セキュリティ云々の事由で出社していなければ確認できない。起動したばかりのパソコンのメーラーを開く。この二日でちょっと未読メールがたまっていたが見れない量ではない。

『【緊急】【重要】第三ソリューション部社員の安全確認について』

 それっぽいタイトルが目視で見つかる。送信日は事件発生の日曜日ではなく、翌日の月曜日、それも晩になってからである。手遅れも良いところだが、中身の内容はもっとひどかった。出社できない事情がある場合、その旨を書いて返信するよう指示がされていた。

 谷中は唖然とした。

 休みの人は手を上げて!という小学生レベルのものだ。

「なんだよこれ……」

 宮井は部屋をキョロキョロ見渡して、一段小声で言う。

「部長が言ってたけどさ」と前置きして声色を変えて続ける。

「ログアウトできない可能性をな、検討もしていないのはな、ソリューション部の社員としてな、ありえないぞ!」

 絶妙に似ていて、谷中は小さく吹き出す。味をしめたのか、宮井はまた声の調子を変える。

「わかってます! 桜木部長! 例え、検討から漏れていても、業務があるなら何が何でもログアウトして出社すべきですよね! できます! やらせます」

 部長の信者である日吉先輩の声まねは微妙だったが、雰囲気は伝わり、谷中は笑い声を漏らした。

「って感じだ」

「大体、わかったよ」

 谷中は笑いをこらえながら言った。これ仕事中思い出さないように注意しないとな、と心に刻む。

「いやー、それにしても今日、谷中がちゃんと来て良かったよ。来なかったら、なんで無断欠勤しているかの、連帯責任会議が予定されていたからね」

「えー」と言いかけて気づく。それは中止になるのだが、じゃあ、それを開くつもりだった部長の拳はどこに落とされるのか。

「何だよそれ」と宮井を問い質そうとしたが、「そろそろ部長が来るぞ」と続きを聞くことは叶わなかった。

 チラッと時計を見る。もうそんな時間だった。仕方ない。テキパキと仕事を始めている雰囲気を作ると、割とすぐに部長が姿を見せた。

 真っ先に目が合ったのは自分だった。

 うへーと思いつつも「おはようございます」と先制攻撃的に挨拶をする。

「谷中ァ!!!」

 挨拶もなしに、奴はこっちへ向かってくる。

「お前は、ちゃんと出社してきて、やる気あるな!」

「はい!」と一応元気を出して反応する。

「ただな! 人の倍、休んだんだからな! 今日から倍働けよ!」

 いいな、と締めくくるが、二日有給取って倍と詰められるなら、全部取得したら何倍働くことになるんだよ、と心の中でツッコむ。そもそも、この休みまで四週続けて土日が吹き飛んでいる。詰められる筋合いはない。

 そんなことを思っていると「返事は!?」と怒鳴られる。勢いで「はい」と答えてしまう、自分が嫌だった。


       *


 幸い連帯責任会議の代わりの何かは設定されなかった。だからと言って、仕事が気楽になるわけではない。忙しさは先週相応のものだ。とはいえ、昼食を取るぐらいの余裕はある。

 このビル地下一階で一番流れるのが早い立ち食いのうどん屋に入り、秒速で出された温玉が入ったうどんを素早く空にし、そそくさと食器を返却する。

 それもそうだ。ここは早く食べろという空気が強い。憩いの場ではない。とはいえ、自席でおにぎりとかも休まらない。早く食って勉強しろみたいな圧が部屋に満たされている。

 どこか腰を落ち着けて、昼休みぐらいのんびりしたい。となると向かう先は決まってくる。トイレだ。基本的にどこも混んでいるが、このビルでは上層階ほど空いていることを、部署異動以来、谷中は学びつつあった。余分に上がった階のトイレの個室は運良く一つだけ空いていた。

 カチャンと鍵をスライドさせて、座って、いつものようにスマホを取り出す。

 まずは時間を確認する。五分で出るのがマナーだ。

 そして、すぐにTooterのアプリをタップする。最新のトゥートが並ぶ画面が表示される。大体時系列順であり、谷中は下へとスクロールしながら情報を追っていった。

 タイムラインは全体的に昨日までの混乱からは、ひとまず落ち着きを取り戻した印象を受けた。それでもフォロー関係もあってか内容は事件一色だ。中でも話題になっていることの一つは、搬送された被害者の状況だ。シートとコードで床が埋まった体育館、まだ衝立などが設置されていない場所に整然と寝かされている被害者たちと対応するように立ち並んでいる点滴スタンド。そんな報道写真に多くの人が反応していた。

 が、これはいいや、と谷中は流す。今朝、満員電車の中でもう見たからだ。

 もう一つの話題は株価だ。ティタンは今日も値段がつかないストップ安の状況であり、その状況を株式関連のまとめサイトが記事にしていた。『先週から今日で半額だぞ』、『ティタン、VRの期待先行で上がっていたから、この状況だと買う理由がない』、『開発者本人が次のビジネスをこう爆破するの、織り込めていないので市場はダメ』、『他のゲームの売り上げがまだそれなりにあるので体力的には大丈夫な感じはあるけどなぁ……』と引用されたトゥートが並ぶ。オチには『他のゲームも北浜製だから危険。スマホに吸い込まれるぐらいあると思う』だ。それに谷中はあーと気づく。これが数日前のスポーツ新聞の見出しになったネタなのかもなと。昨日までの二日間値段がつかず、崖を形成しつつあるチャートが最後に貼られていた。

 まあ、自分は株は持っていないので大変そうだなという傍観者的な関心しかない。とはいえ、やっぱり大きなニュースだ。普通にニュースサイトも話題にしており、タイムラインを賑わせている。ティタン社以外にも、コネクトキットの製造販売を請け負った東立電機も大幅に下がり、そこへ部品を供給していた関連メーカーも、他のVRソフトを準備していたと噂されていたゲーム会社も、関連しそうだという業種はずるずる下げており、“鋼城ショック”と呼ばれていた。

 “鋼城ショック”ね、と谷中は思う。そう、事件の名前は揺らぎがあった。警察が発表したからという理由でメディアは横並びで“鋼城事件”という呼び名を使い始めていた。一方でネットは“CIO事件”が多数派だった。

 名前はどこかで落ち着くんだろうな、と思いながら画面を進めるべく指を動かした。


 ふと、『日本法人1500人しか社員いないんだぞ……』という発言が目に留まる。トゥートにはネット発の話題を多く取り扱う軽めのメディアサイト“ねときじ”のリンクが貼られていた。画面内でカード状に展開されたページの見出しには『鋼城事件 Centle社員26人が拘束』とあった。Centle、世界トップとも言われるネット企業だ。谷中の使っているスマホのOSもこの会社が作っているものだ。

 二十六人、そんなにか……と記事を開く。

『アメリカのネット検索最大手Centleは11月6日発生した鋼城事件で従業員26人が拘束下にあると発表した。これは判明している限り、一社での最大の被害者数である。』

 それは確かに多いと谷中は思った。日本人に均等に行き渡ったとしても一万人に一人だ。さっきのトゥートを思い出すと一人いるかどうかでもおかしくない。

 こういう情報、会社で出すのかと思いながら読み進める。

『情報を公表した公式ブログ(英語)によると「事件の被害者には、弊社の抱えるトップクラスのプログラマも多く含まれる。Centleはテクノロジー企業であり、事件解決に向けて関係機関との協力は惜しまない」とのことだ。Centleはコンピュータの安全性向上のための取り組みを行っており、特にゼロデイ攻撃(修正プログラムが提供される前に脆弱性を攻略する攻撃)を防ぐために、あらゆるセキュリティ・ホールを発見することを業務とするVersus Zeroday Teamを八年間運営している。そのため、このチームが発見した脆弱性を含むライブラリがCIOで利用されている場合、公表前に関係機関への通達を行うと噂されている。』

 これはガチだ、と谷中は思った。

『なお、公式ブログは「幸いながら、今のところ社員の死者は出ていない。彼らは仕事もゲームも良くできる。もしかしたら、クリアによって解放されるかもしれない。いずれにせよ、我々は全員が生き残る方に賭けていきたい」と締めくくっている。』

 世界のトップ企業は違うな、という感想しか出てこない。自分の上司である桜木は絶対こんなことは言わないはずだ。せいぜい『有給とってゲームして事件に巻き込まれるなんて自業自得だ』みたいなコメントで燃料投下だ。

 谷中は小さくため息をつきつつ、スクロールを進める。

 ねときじのニュース記事らしく、後半はソースであるセントルのブログへの反応をTooterからピックアップしたものが貼られていた。

『インターネット最強の企業Centle先生の本気だ』

『セントルの技術力だったら対抗できそう』

 そんな当たり障りのないトゥートから始まったが、途中で呆然として指を止めた。

『セントルのエンジニア、ガチでゲーム強いからな』

『年末渋谷IT企業ゲーム大会の毎年の優勝候補だから順当』

『Centle、ガチで裁量労働だからな……重役出勤で定時帰りとかするからな……ゲームする時間が無限にあるからゲーム強いんだよ』

『マジでセントル社員がクリアしそう』

「どんだけホワイトなんだよ……」とぼやきが口から漏れる。

 これで四十連勤の自分よりも給料を貰っているのだ。噂で聞く平均年収を考えればそうなる。そりゃ悠々買いに行ける状況で、二十六人も被害者になるわけで、自分の財布の中の優先購入券は、と思い始めると悲しみが深まっていく。

 気持ちを断ち切るように画面左下の前のアプリに戻るボタンをスッとタップした。


 ちょっとげんなりしつつも、ディスプレイの上で指を滑らせるのは止めなかった。また気になる記事を見つける。『コネクトキットはなくならない』というタイトルだ。

 開くといわゆる有識者のみが投稿するような記事配信サービスで、中々の長文だった。

 中身は「危険だから禁止しようというのは短絡的だ。コネクトキットは事件以前は正常に稼働していたことから、攻撃手法を取り除けば安全になる。そこを改善したコネクトキットを再販し、VR市場を今後も広げていき、北浜の特許料収益を事件被害者に再分配する方が合理的だ」と、ざっとそんな内容だった。

 コメントには『それでも危険なものでは』という意見と『総額数千億円となる可能性がある賠償考えれば当然だろう』という意見が、さながら今も意見の統一ができていない各種社会問題の賛成反対と同じく争われていた。

 自分にとっては、賠償だとかの目的はどうでもよかった。ただ、そういう言い訳があれば、ゲームを再開する可能性がある。そこに何かの引っかかりを感じた。

 そうして、五分が経とうとしていることに気づいた。

 谷中は立ち上がった。ちょっと足がしびれていた。トイレ本来の目的はあまり果たせていなかった。


       *


 帰宅時、ラッシュで電車は満員だった。そうか、この時間こんなに混んでいるんだな、と谷中はぼんやりと思う。

 この時間に電車に乗っているのは、水曜のノー残業デーがまた厳格に適用されるようになったからだ。先週までの一ヶ月、どこかで適用されていれば、と思う面もある一方、でも先週の金曜まで実際仕事終わらなかったしな、と社畜な面が心の中で言う。

 最寄り駅で降り、コンビニで生姜焼き弁当を買う。温めは断る。どうせ家路までの距離で冷めてしまう。そんな晩飯を手に家に帰る。

 誰もいない部屋。電気をつけると速攻、レンジに弁当を放り込み長めに加熱を始める。スーツを脱ぎ、ただシワを作ると困るから丁寧にハンガーに掛け、スウェットに着替える頃には、チンと威勢の良い音を立てて、甘い醤油の香りがレンジ内を満たしていた。

 ちゃぶ台に移動し、テレビをつける。

 夜のニュースはもう始まっていた。

 無論、鋼城事件一色だ。肉を口に運びながら、VTRでまとめられた搬送の混乱の映像を見る。都心で渋滞を引き起こしながら、ひっきりなしに救急車が体育館に横付けされていく。

「だが、そんな中――」

 そんなナレーションとともに、陸橋が映し出される。右上に『視聴者提供』と書かれていた。自分が撮って、Tooterにアップロードしたやつだ。秒速でバズって、すぐにマスコミのアカウントが食いついてくる。マスコミのネットでのネタ探しはどうかという話だと良くないと言うタイプであるが、こういうスクープ映像が偶然撮れてしまった上で、これをネタにお金とか強請りたいかと問われるとそうではなかった。結局、メディアには自由に使ってくださいと返信していた。

 おかげで昨日から至るところで流れまくりだ。オーバースピードのワンボックスが対向車線の軽に突っ込んだところから始まる多重事故。死者は運良くでなかったため、衝撃映像だが使いやすいからかもしれない。

 そういえば、きっかけとなったワンボックスの運転手は奇跡的に怪我も少なく、そのため、「午前十時の通行止めを避けるため急いでいた」と述べていることが昨日のうちに報じられていた。ネットでは彼のアカウントが既に発見されており、彼のいる小さな会社だが先輩の一人がプレイヤーに、もう一人の先輩の子供がプレイヤーであり付き添いに、それで休みが出て、仕事量が増えていたことが明らかになっていた。

 それは気の毒だよな、と谷中は同情していた。

 そんなことを思い出していると、VTRは終わっており、スタジオの映像が映っていた。

「今回の事件、今後どうなっていくのでしょうか?」

「これだけ大きな影響が出ていますからね」

 そういう言い草から始めたコメンテーターは、事件のことよりもVR機器の規制について語り始めていた。今回の事件でとんでもなく大きな被害が起こることがわかった、その原因となるリスクはゼロにしないといけない。色々、言葉を使っていたが、禁止と言わんとしていることは明らかだった。

 だが、それは間違っている、と谷中は思っていた。

 悪いのは使い方の問題で、技術ではない。

 そう思うに至ったモヤモヤとした気持ち、それをネットに吐露したくなる。だが、Tooterのアカウントは、優先購入券に続いて、事故動画でバズっていた。そこで何か書くのははばかられた。


 夕食を終えた谷中は立ち上がると、パソコンをスタンバイから復帰させた。

 BちゃんねるのVR板が開かれたタブをアクティブにして、更新ボタンを押した。

 最新のスレッド一覧が見える。

『コネクトキットもうだめぽ』

『【CIO・塩】キャッスル・オブ・アイアン・オンライン Part 1218【ここは外野】』

『超繊細VRやろうぜ。現実って言うんだけど』

『二感覚VRを引っ張り出すスレ』

 タイトルからしてそこはかとない無気力感が広がっていた。

 谷中は自分の思いをぶつけるべく、一番下にある新規スレッド作成のフォームにカーソルを当てた。

 自分はなぜCIOの世界に行きたいのか。それはこの現実よりもあちらの現実の方が遙かに魅力的だからだ。だが、それを解きほぐすと単純な二種類の気持ちからだ。

 プレイヤーになれなかった後悔と未だにプレイヤーになりたい願望。

 ただ、この思いを抱え続けたいわけではなかった。

 そんな気持ちを書き連ねて、送信ボタンを押すと、次の画面で赤字のメッセージが表示された。

『本文が長すぎます』

 プレビューで見ると確かに長い。

 それで冷静になった。

 そんなお気持ち相談よりも、もっと具体的な話から始めた方がいい。そうなると、必要なのは事件の解決だ。事件が起こっているからプレイヤーになれない。事件が解決すればプレイヤーになれる。そう単純に思った。

 だからだ。

『俺たちでCIO事件を解決しようぜ』

 そんなタイトルで、遊べないのは事件が悪い、開放のためにネットからできることはないのか、と短く書いて投稿した。


 当たり前のように反応はなく、スレッドは沈んでいく。

「まあ、そんなもんだよな」

 そう呟きつつも、更新ボタンを押す。

 スレッドに書き込みがついていた。

『2げt』

 そんなゴミみたいな発言の次は真面目な文面だった。

『わかる。事件解決したら遊べる。でも、北浜さん逮捕は警察も無理ゲー感ある。俺らにできることはない』

 谷中は急いでキーボードを叩く。

『別に逮捕しなくても、事件だけ解決する方法がありそうな気がする』

 そう経たないうちにレスがつく。

『無理』

『妄想乙』

『1は夢見すぎ』

『VRで脳がやられてそう』

 冷たい反応ばかりだ。だが、これはこれでスレッドが思いの他、伸びていた。

 だからだ。もう一人、仲間が現れた。九つ目の書き込み。

『攻撃しまくって、CIOがまともにプレイできなくなったら、開放されそう』

 お、なんと返そう、と考える谷中自身は全く気づいていなかったことがあった。

 こういうスレッドはもうごまんと立っていた。だが、レスが付かず、人知れず消えていっていた。たまたまだ。この時間にそういう思いの人が見ていた。

 ムーヴメントとして立ち上がろうとしていたのが、このスレッドだった。

 谷中の返信前に新しいレスがつく。

『ネット発の対CIO攻撃、割とマジであった方がいい。俺たちみたいなのがいるぞ、というの北浜にアピールしないといけにあ』

『マジレスワロニア』

『にあにあwwwww』

 タイポで少し伸びたせいで、スレが目立って、また人が少し増える。

『不正アクセス禁止法とかに引っかかるんじゃないの?』

『開放に繋がるなら正当防衛では??』

『なるほど』

 谷中はちょっと違うんじゃ無いのかと思ったが、スレはどんどん進む。もはや怖い物知らず、赤信号みんなで渡ればなんとやらの世界になりつつあった。

 URLが貼られた。『どこ殴ればいいの?』というメッセージ付きで。

 流れでページを開いた。

 デザインもクソもない白いページには『超鈴野砲改二』という見出し、URLと書かれた入力フォーム、そして、発射と書かれたボタンがあった。

 なんだこれ、と見出しの文字列で検索する。

 ワクワク動画のネットスラング辞典であるワクワク大百科の『鈴野砲』というページが引っかかる。『一種のDoS攻撃用連続投票スクリプトである。』という書き出しから始まった記事は、自分がまだ小学生であったとき、ツールの名前となっている芸能人、その人が薬物で捕まったとき、アメリカのニュース雑誌が選ぶ今年の人のインターネット投票で多数の票を投じるために作られた、と書かれていた。

 いやいや、CIOはウェブサイトじゃないから違うよ。そう思いながら記事ページを閉じてスレッドに戻ると、レスはかなり進んでいた。

『鈴野砲懐かしすぎワロタw』

『インターネット老人会の匂いだ』

『確かに攻撃と言ったらこれだけどwww』

『どこに向けんの?』

『公式サイトでは。わからんけど』

『こっちの砲がおすすめ』

『もう公式サイト落ちててワロタ』

『意外と人いるのかよwww』

『クッソwwwおいwwwおまいらwww』

 最新のレスにはインターネットのワクワク大百科よりも堅い百科事典へのリンクだ。開くと“DoS攻撃”を説明するページ、そのページ内の“事件”の最後の項目がいきなり開かれる。

『キャッスル・オブ・アイアン・オンライン 2022年11月9日、公式サイトに対して、2001年のツールである鈴野砲によって23秒でダウンした。』

 スレッド内は大いに盛り上がっている。

 ただ、谷中は少し冷めた目で見ていた。

 公式サイトはアクセスしているが応答はない。だが、ここを落としたところで何の意味もない。なぜなら、あのページはもはやゲームプレイヤーには関係ない。ただ、溜飲を下げたい人間向けに謝罪文を公開しているだけのページだ。

 だから、短く書き込んだ。

『それ無意味では』

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鋼城事変 髙座創 @TsukuruTakakura

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