第2話(2)緊急会見
「今入ったところによりますと、えー、捜査関係者によりますと、ゲーム開発者の男性に対して、逮捕状が請求されたとのことです」
新しい情報が入ったことを伝える声に、谷中はテレビに視線を向ける。
「このゲーム開発者の男性はネット上に声明を出した人とのことです。また、警視庁は今回の事件について、二時半より緊急会見を実施するとのことです。今、警視庁の後藤記者と中継が繋がったようです。後藤さん、聞こえますか?」
それと同時に屋外にマイクを持って立つスーツ姿の男性の映像になる。
「はい、聞こえます」
「今、わかっていること、状況を伝えてください」
「警視庁捜査一課はさきほど、威力業務妨害の容疑で、ゲーム開発者の男性の逮捕状を取ったとのことです。男性とは連絡が取れなくなっており、同課は今後、指名手配する方針です。捜査関係者からの情報です」
「はい、他にわかっていることありますか?」
「警視庁の集計によりますと、東京都内での搬送者が三十名を超えたとのことです」
「性別や容体などはわかっていますか?」
「それらの詳細な情報は入ってきておりません」
この十数分で、搬送者が都内だけで一・五倍となっていた。
谷中は別の情報を求めて、匿名掲示板Bちゃんねる、通称Bchのテレビのチャンネルごとにある実況板を次々開いた。今は二時二十八分、会見はもうすぐだ。どのチャンネルでも同じだろうが、見るなら一番盛り上がっているところにしたい。
スレッドの勢いはテレビ東都が圧倒的だった。
『【安定のテレ都】のんびり豊洲紀行【事件ガン無視】』
谷中は苦笑いに近いにやけ方をして、リモコンの7を押した。
「まあ、とても大きなウニ!」
東京近場での食べ歩き紀行番組、いつも通りのテレビ東都だ。
民放の中でもテレビ東都は異色だ。海外や地方の事件は、単純に支局の数が少なくて取材陣の派遣ができなくて報道しないことが多い。東京の場合でも、全国経済新聞社系列であるがゆえ、政治や経済以外の事件だとあまり特別報道をしなかった。
それでこれだ。
「そして、たくさんのイクラ」
丼にあふれんばかりのウニとイクラが映し出される。
匿名掲示板の流量が激しい。
『テロだwww』
『このスレ、早すぎワロタwwww』
『この速さなら言える!ぬるぽ』
『めしテロつおいww』
『こっちが本当のテロだったのかwwwww』
『ガッ!』
『昼飯食った後なのに腹減ってきてヤバイww』
が、そんな飯テロを受けたいわけではない。谷中は結局、適当にチャンネルを変えた。
ざわめき声が入っている会見場が映し出された。
「まもなく、警視庁の緊急会見が始まるようです」
画面には、険しい顔の中年男性が座るところが映し出されていた。
谷中はBchの会見実況スレを見る。既に『警視庁捜査第一課長 正田義成(55)』と書かれ、『特定早い』とレスがついていた。
「これより会見を始めます」と司会進行らしき男性の声がする。ストロボが光り、『フラッシュの点滅にご注意ください』とテロップが入った。
「警視庁捜査第一課長、正田が、本日午後一時三十分に発生した、VRオンラインゲーム『キャッスル・オブ・アイアン・オンライン』において、利用者がネットワークを通じて監禁されている事案について、発表いたします」
口を開いた男性は初老に近い年齢とのことだが、短く刈り上げた髪に鋭い目つき、滑舌の良さで老いを感じさせなかった。
「まず、国民の皆様へお願いします。第一に利用者のVR機器コネクトキットの電源を切らない、ネットワークを切断しない、万一、コンセントやLANケーブルを抜いてしまった場合は、ただちに挿し直してください。第二に利用者の確実な把握のため、通報に協力ください。こちらは専用の窓口を設けました」
そう言って、メモに書かれた電話番号とメールアドレスを読み上げ、プレイヤーの個人情報を知らせてほしい旨、加えて詐欺などを防ぐため窓口から電話はしないという注意喚起をした。
「最後に安全が確認されるまで、コネクトキット自体の利用を取りやめてください。以上三点、マスコミ各社には周知をお願いいたします」
事前に共有されていたのか、すっと現れたL字ワイプには電話番号が書かれ、要約された三項目がループで流れていた。
「続いて、容疑者の指名手配について発表します。資料の方、読み上げます。仮想現実ゲーム不正使用における多数監禁殺人事件で、本日先ほど、二時十分、ゲーム会社社員、北浜博明、二十六歳男性に威力業務妨害容疑で逮捕状を請求し、全国に指名手配した」
記者たちのキータイプ音が響く。
横目に見たスレッドが一気に流れていく。
『ってことは犯行声明マジかよ……』
『ブログ記事、確定なのか』
『北浜さん釣り宣言してくれ』
『指名手配信じらんねえんだけど事実なんだな』
『デスゲーム、リアルかよ』
『ワロタ……、みたいな感じや』
『笑えねえよ』
そんな書き込みに少し気を取られていると、中継は事件の概要説明を始めていた。
「一時二十五分、キャッスル・オブ・アイアン・オンライン運営会社であるティタン社に『一時半に問い合わせメールを確認せよ』と匿名の電話があった。一時三十分、ティタン社は犯行声明をメールで受け取った。内容は北浜容疑者が二時にウェブで公表したものとほぼ同一である。一時三十六分、ティタン社の通報を受け、警視庁は本事件の捜査本部を設置した」
その後、総務省にも同じ内容のメールが届いていたことが確認され、その犯行声明に書かれていることが現実に起こり、実際に被害が出ていることを踏まえ、北浜博明の逮捕状請求から指名手配、さらに被害が複数都道府県にまたがっていたことから広域重要指定事件とした、と説明がされた。
なぜ、こんなにも細かく説明するのか。谷中は素直にそう思った。同じような疑問を持った人間はいるもので、聞きたいことは既にスレに書かれていた。すごい勢いで書き込みが流れていく中、『バーチャルで起こった特異な事件だから、説明して理解を広めておくことで、裁判になってから優位に進めるためかもな』と、それらしい回答のレスが目に入る。
なるほど、そうかもしれない。確かに起こっている事態の情報量は、北浜のブログ記事と大差なかった。一方で説明は、神経電気接続方式VRを知らない人にもわかるようなものだった。「事件が発生したVR機器は、目や耳を覆って光や音を流す従来のVR機器とは異なり、現実の感覚を遮断し、光や音の感覚を神経に流し込むことで仮想現実を実現している。容疑者はこの仕組みを悪用、利用者の仮想現実からの離脱を阻害し、監禁を行っている。また、安全機構を回避、電源・ネットワークの切断での離脱を無効化し、取り外しが試みられた利用者の殺害を行っている」という具合にだ。
「これは当初、予定されていたサービスではなく、威力業務妨害の疑いで北浜博明を指名手配した」
一息ついたのを見て、カメラマンはシャッターチャンスと言わんばかりに、またフラッシュを焚いた。
「はい、次に被害の状況について説明いたします。今回の事件で搬送された方は、午後二時二十分時点の集計で、全国で五十二人となっております。うち、死亡が確認された方は、六人となっております」
谷中は「五十人もか……」と一人テレビを見ながらつぶやいた。だが、被害の発表はそれで終わりではなかった。
「また、運営会社のティタン社の協力で判明している情報ですが、最大ログイン人数は午後一時半頃の九八八三人、そして、午後二時半現在のログイン人数は九七〇一人となっており、現時点で百八十二人の状態が不明であります」
会見場のどよめきが聞こえた。
見ていた実況スレはリロードしても応答がない。Bch全体が落ちたようだった。Tooterも発言が増えていない。再読み込みすると『技術的な問題が発生しています』と壊れたロボットのイラストのエラーページが表示されていた。
コミュニケーションサービスが落ちるのも当然だ。状態が不明とは実質死亡であり、つまり、プレイヤーの二パーセント弱が永久退場したことを意味している。この死者の多さは戦慄する他なく、デスゲームであることを疑う余地はなくなった。その混乱がサーバーエラーという形で可視化されていた。
「最後に、北浜博明君への呼びかけをいたします」
すぐに自首してほしい。日本が世界に誇る人材であり、また娯楽を提供する仕事に就いているのだから、夢を壊すようなことはしてはいけない。という内容だった。
そんな呼びかけで事件が終わるとは、谷中にはまったく思えなかった。何度かリロードして再び表示されたネット上の感想もそうだった。おそらく、呼びかけた警察自身も期待していないだろう。呼びかけはきちんと行った、そういうアリバイ作りのためのように感じた。
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