第2話(1)臨時ニュース

「は? 十八人搬送? マジで?」

 谷中は一人素っ頓狂な声を上げ、見出しを二度見した。

『VR機器不具合か 都内で18人搬送』

 読み間違いはない。すぐにMHK以外にも、いくつかの報道機関のアカウントがタイトルのみの速報扱いで、同じニュースを流し始めていた。

「マジかよ……」

 谷中は自分が見た“何か”が事実でなければ良かったと、思っていたことに気がついた。

 共通通信社の記事が流れてくる。即座に開く。

『仮想現実機器の事故か 18人が搬送 11人は心肺停止 東京都内

 11月6日 13時58分

 東京消防庁によると、6日午後1時30分頃から発生している仮想現実機器コネクトキットが原因とみられる事故で、東京都内に住む男女計18人(午後1時50分現在)が緊急搬送された。うち11人は心肺停止状態。』

 短文の記事を読んだ谷中は「マジで不具合? 本当に?」と一人口にした。

 Tooterのタイムラインも完全に何があったのか、誰一人として把握できておらず、可能性の示唆もできていなかった。もしも、あと数分あれば、説得力のある仮説の一つも出ていただろう。だが、そんな憶測がなされる前に決定的な人物から発言があった。


 そのトゥートの名前の横には水色のバッジがついていた。公式アカウントだ。発言者名は「Hiroaki Kitahama」。この三十分間、“何か”が起こっているゲームの開発ディレクター本人のアカウントの発言である。

『日本時間十一月六日十三時三十分、総務省並びにティタン社に声明を送付した。以下の記事はその声明内容のコピーである。』

 谷中はつぶやきに付け加えてあったURLをすぐさまクリックした。タブが開き進捗をアピールするように青い円弧が回る。百万人以上のフォロワーがいるアカウントの発言だ。凄まじい同時アクセスが起こっていた。

 数十秒待たされて、白い領域に何度も見たことがある北浜博明の個人ブログのデザインが表示される。

『CIO正規版の仕様と各所への要望』

 そんな記事タイトルだった。何かわかるほどの情報量はない。急いで本文へスクロールする。

『本日、キャッスル・オブ・アイアン・オンライン(以下、CIO)正式版のサービスが開始された。

 今後、プレイヤーの死亡が多発すると考えられるが、これはCIOおよびコネクトキットの不具合ではない。

 CIO正式版は仕様としてログアウト手段が限定される。具体的には、いずれかのプレイヤーがゲームクリア、つまりアイアン・キングダムの最終ボスを倒すことによってのみ、全プレイヤーのログアウトが行われる。それ以外のログアウト手段は提供されない。

 これはゲーム内ではログアウトメニューを利用不可とし、ゲーム外ではコネクトキットの外部呼びかけや脳波異常検知を始めとした安全機構作動による自動ログアウトを無効とし、実施される。

 加えて、ゲーム内でのプレイヤーの死亡、ゲーム外での十分間の電源途絶、二時間のネットワーク遮断、コネクトキットの分解または破壊に類する試みが行われた場合、ただちにコネクトキットは電磁波出力を上げ、利用者の生命活動を停止させる。

 以上のCIO正式版の仕様を踏まえたゲーム運営をすることを、ゲーム開発元であるティタン社並びに通信行政を監督する総務省へ要望する。

 なお、この仕様により、運営に諸費用が掛かると予想されるため、一昨日、日本赤十字社に株式売却益をはじめとする個人資産を少ないながらも寄付した。

 以上。』

 飄々としたいつもの北浜節であったが、内容は犯行声明に他ならなかった。

「マジかよ……」

 そのぐらいしか声に出せなかった。谷中は緊張した手でマウスカーソルを動かし、Tooterに戻り、北浜発言の詳細を開く。RTはこの数分間で数千近くなり、リアルタイムにさらに増えるのが見えた。

 下には大量の返信がついていた。

 高圧的なものから諭すようなものまで北浜を非難する内容。事態が信じられず冗談や乗っ取りや果ては真犯人がいると逃避する発言。どう思っているのかそっけなく『通報しますた』や煽り画像だけのテンプレな書き込み。

 混乱が見て取れた。いや、そのためにわざわざ返信欄を見る必要もない。もはや、タイムラインがそういう混乱で埋め尽くされていた。

 新しいトゥートを見る、を押す。『テレビも臨時ニュース始めた』という発言が見える。

 急いで谷中はリモコンを探す。二年前のオリンピックのとき、特売されていたテレビ、といっても画質の良い外部ディスプレイとしてしか使っておらずMHK受信料は未払いであるが、を持っていた。

 見つけたリモコンの電源ボタンを押す。

 喫茶店の男女、ドラマのワンシーンらしき光景が映る。チャンネルを変える前に画面が突然切り替わる。

 臨時ニュースが始まった瞬間だった。

 右上に「仮想現実ゲームで搬送者多数」とテロップが表示されている。

 女性のキャスターが口を開く。

「番組の途中ですが、仮想現実ゲームの大きな事件がありましたので、緊急のニュースをここでお伝えします。報道センターからお伝えします。今日一時三十分頃から仮想現実機器、VR機器、コネクトキットが原因とみられる事故で、利用者が多数搬送されています。共通通信社によりますと、仮想現実機器コネクトキットが原因とみられる事故で、東京都内で十八名が搬送され、十一名が心肺停止状態にあります。また、この事故について、先ほどゲーム開発者の男性がネット上で犯行声明を出しました。警視庁前からの中継は繋がっていますか? 警視庁前の後藤さん? ちょっと中継の準備がまだできていないようですので、こちらに入っている情報をお伝えします」

 そして、再び、ネットニュースでも読んだ情報と北浜が犯行声明を出したことを、かなりの早口で読み上げ始めた。

 谷中はキャスターが繰り返し報じる様子を呆然と見ていた。

 何回同じ内容を聞いた後だろうか、画面の女性が何かメモを受け取った。

「新しい情報が入ってきました。現在、搬送された人数についてです。大阪市内で一名。名古屋市内で一名。また、神奈川県内で四名。千葉県県内で二名。埼玉県内で三名の方が搬送されたとのことです。氏名や性別、年齢や容体はわかっておりません。YNN独自の集計ですが、現在の段階で六都府県で二十九名の方が搬送されています。このうち、東京都内の十一名は心肺停止状態です」

 谷中はタイムラインに目をやる。かなりの人数がテレビをつけたようで、実況さながらに流れていた。

 『大変な事態だ』、『これはヤバい』と事件を形ながらも恐れる者たちがいた。

 『手に入れれなくてよかった』、『買えなくて地獄だと思ったけど、買っても地獄だったとは』と自分の境遇に安堵する者たちがいた。

 『政府対応が待たれる』、『明日のVR関連銘柄ヤバそう』と社会情勢を気にする者たちがいた。

 『結局マジなの?』、『常識的にありえない状況だろ』と現実に受け止めれていない者たちがいた。

 反応の程度はあれ、多くの人は現実感を持てていなかった。それもそうだ。『デスゲームとかフィクションじゃん』という発言が、この状況を端的に示していた。

 ただ、谷中の感想はまた違っていた。おそらくもっとも現実感がないものだ。いや、こんなデスゲームが起こっているのが新しい現実と見るならば、もっとも現実感がある意見と言えるかもしれない。

 なぜ自分はゲーム世界の方にいないのか。

 なぜ現実にいることを選んでしまったのか。

 そういう想いでいた。それを表明しようか少し悩む。その時、誰かの発言が流れてきた。

『死ぬまでゲームできるとか貴族っぽい』

 それに完全に同意した。

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