第12話
魔法学校でラーディ先生に会う前に、アキラさんから持ちかけられた提案が二つあった。
一つは、競竜を「さつえい」すること。
「すまほ」を使うと、レンズの部分から見たものを記録できるのだそうだ。すまほを見られたり盗まれたりしないよう注意してくれるならば構わない、という条件で許可した。アキラさんは人気の無い離れた場所から、すまほを布で隠しつつさつえいした。
「見たものを記録できる」という言葉通り、すまほの画面にレースの様子がそっくりそのまま映し出されたのを見ると度肝を抜かれた……これは凄い。
でも、記録してどうするというのだろう?
競竜の記録を持ち帰るつもりのようだが、アキラさんの国では竜が走る様子は珍しいんだろうか。
だがそれよりも、もう一つの提案の方が大事だった。
「競竜の券……竜券を代理で購入する、というのはどうでしょう。良い設け話になるかと思います」
「へ? 代理で買う? お駄賃とか手間賃を貰うとか……ですか?」
「いいえ。手間賃は貰いません。ただし」
アキラさんは首を横に振った。
「竜券を頼まれてお金を預かっても、実際には買いません」
「えーと……ネコババでは? それは流石に」
ちょっと杜撰すぎるような……。
アキラさんらしからぬ発想だ。
「でも、当たったら自腹でちゃんと払い戻しをします。
ネコババになるのは、外れたときだけです」
えっ?
えーと……。
頭の中でアキラさんが言ったことを整理する。
たとえば、賭け金100ディナで、2倍のオッズの券を頼まれたとする。
私は、その券を買わない。
当たったら、自分のサイフから200ディナを返す。
だが外れたら、預かった現金は……
「つまり……券が外れたら、私達は儲かる……?」
「そういうことです」
アキラさんは静かな表情で頷く。
「いやいやいや、詐欺みたいなもんじゃないですか!
逆にみんな当たっちゃったらどーするんです!?」
「みんなが当たるなんてありえませんよ。
みんなが同じ予想をして、なおかつそれが当たる……という場合のみですね」
い、言われてみたら確かにそうだ。
一緒に賭け事をするときに、みんな示し合わせて同じ券を買うなんてありえない。
むしろ別の賭け方をして被らないようにする方が普通だろう。
「たとえば、1番から5番までの5匹の竜が居ます。
一着になる竜を当てれば、100ディナが200ディナになる。
そういうレースがあるとします」
「はい」
「そして、客のAさんからEさんまでの5人は、1~5まで別々の券を買いました」
「はい」
「レースでは1番の竜が勝ち、Aさんの予想が当たりました。
このとき、胴元……つまり私達の儲けは?」
ええと……。
まず、5人から100ディナずつ集めるので、500ディナが私達の懐に来る。
そしてAさんにだけ200ディナを払う。
500―200=300
つまり……。
「300ディナが、私達の取り分」
「そう、本来は競竜場の取り分となる金を、テレサさんがもらうわけです」
あ、そうか。
競竜場ってこうやって儲けてるんだ。
博打が儲かるってこういうことなのか……。
「実際のレースはもう少し複雑ですね。
本命の組であれば1.1倍程度のオッズになることも珍しくありません。100ディナ賭けたら配当金は110ディナ。つまり、自腹を切るのはたった10ディナで済みます」
「なるほど……」
「もちろん本命とは逆の大穴もあるでしょう。
万馬券……じゃなくて、万竜券が当たったらまずいので、倍率の高いものはちゃんと窓口で買います。一番人気二番人気が絡まない券は全部買っておく……そのくらいでも良いかもしれません」
「……なるほど」
金貨1枚が100枚に化けるような、そんな無茶な券もありえる。
そのときの配当金を自前で用意するのは確かに厳しい。
「それでもちゃんと計算すれば儲けは出せます」
「う、うーん」
「……と、思います」
「そこは自信をもって大丈夫って言って欲しいんですが」
「世の中、確実というものは少ないですから」
アキラさんは私の不満をさらりと微笑みで流す。
「ともかく竜券の代理購入をお願いされたとして、実際に窓口でどれを買ってどれを買わないか計画を立てないといけませんね。それに金を持ち運びする際の防犯対策なども考えなければ」
「はぁ……」
「一番心配なのは、競竜場を管理してる人から後出しジャンケン的に取り締まられる……という場合です。暴力と賭博を生業としているようなヤクザ的な職業が同じことをしている場合なども懸念材料です」
「いえ、ヤクザがこういうことやってるってのは聞いたことが無いですね……。そもそも競竜場じゃなくて自分達が管理する賭場で好き勝手やってるって感じです。競竜の運営も、券の代理購入を取り締まってるというのは無い……はずです」
「でしょうね。競竜場で話を聞いていて『同業者』が居ないと気付きました。その上、取り締まりをしていないとなると大変動きやすい」
なんとなくわかった。
この人、静かに微笑んでるときは何か悪巧みしているときだ。
「それと防犯についてですけど、あと魔法学校の制服着ていればチンピラもあんまり寄ってきません。怖い物知らずの子供のスリに注意した方が良いくらいです」
「ああ、魔法を使えるんですものね」
「むしろアキラさんの方が心配ですね。腰に剣くらい差した方が良いかも」
「了解です。スーツ姿に剣を差すというのも面白いですね」
アキラさんはそこで言葉を切り、私の目をまっすぐに見つめた。
とても静かな黒い瞳。
このあたりでは皆、茶色や青で、真っ黒というのは珍しい気がする。
「さて、テレサさん」
「はい」
「成功すれば儲かるけど、まあ、失敗しないとも限りません。
ご主人様が仰ったように『詐欺みたいなもの』というか詐欺ですね。
頼まれた券を買うってところは嘘になりますから。
私の居た世界では違法としている国も多いです。
合法の国もありますが、どちらにせよ褒められたやり方ではありません」
「はい……」
「やりますか?」
私は、言葉に詰まった。
流石に詐欺の片棒は担げない。
……などと思ったからでは無い。
私の知らない私が居ることに気付いたからだ。
自分で自分の顔を撫でる。
そこには、ワクワクを抑えきれずに愉悦の笑みを浮かべている私の顔があった。
「……やります!」
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