第18話
教室が妙に騒がしい。
何故だろう。
今は年度終わりの休業期間中、普通の学生は来ていないはずだ。
ここにいるのは職員と研究員ばかりのはず。
とは言っても、研究員の中には若い子もたくさんいる。
学生気分の抜けない研究員や臨時の職員もいるのだ。
うかれて遊び歩く学生達に影響される者もいるだろう。
「……よし!」
私、ミリア=エルンストは教職員や研究員を束ねる副学長であり、学長の娘だ。
神聖なる学園内での風紀の乱れは見過ごせない。
トラブルや揉め事だったらもっと見逃せない。
「こら、騒がしいですよ。いったい何を……」
騒ぎの元となっている教室に入ると、まるで授業中のような光景が始まっていた。
普段生徒達が座る座席には職員や研究員が十人ほど座り、思い思いに談笑している。
だが、ちらちらと教壇の方を見ている。
そこもまるで、授業中の教室のようだ。
教壇に立ち注目を集めているのは一人の女子生徒、そして見慣れない男だった。
女子生徒はこの学校の普通の制服だ。
男は黒髪で白いシャツの、このあたりでは見かけない風貌だった。
その男が、私に声を掛けた。
「どうぞ、まだ席は空いてますよ」
「はぁ……? あなたは?」
「梅屋敷アキラと申します。ここの学生のテレサさんの召喚獣です」
召喚獣で人間を呼び出すって聞いたことないんだけど……またラーディ先生の門下が変な魔法を開発したのだろうか。ここにいる教職員達は何の疑問にも抱いていないようだし。
むしろ彼らは、何かが始まるのを待っているようだった。
止めるべきだろうか……?
と思い始めた丁度そのとき、ラーディ先生が話しかけてきた。
「ミリアくん、まあちょっとした娯楽だ。目を瞑ってくれないか」
「娯楽……? なんですか?」
「競竜だよ」
「競竜って……あ、もしかして学校抜け出して行ったんじゃ」
ここ最近の王都の流行は競竜だ。
良い年をした大人が目の色を変えて竜券を買っている。
ヤクザ者の賭場に出入りするよりは遥かに良いので競竜については目こぼししているが、それでも勤務時間中に抜け出すのは流石に見逃せない。
「いやまさか。真面目に仕事をしていたよ」
だが予想に反してラーディ先生は首を横に振った。
「我々はこの通り仕事中だからな。だから代わりに彼ら二人に行ってもらったのだ」
「二人というと……」
「生徒のテレサくんと、先ほど名乗ったアキラくんだ」
ラーディ先生はそこで、教壇にいる二人を手で示した。
女の子の方は私を見てぺこりと一礼する。
そしてアキラと名乗った男の方は、
「さて、そろそろ始めましょうか」
と言いながら、自分の首に絞めたタイをほどいた。
皆の注目が集まったところで、彼は部屋隅々まで行き渡る高らかな声で宣言した。
「これより覇王歴172年、第8回、陸竜走行競技大会の様子を報告させて頂きます」
◆
本日の天候は曇天。夜明け頃まで小雨が降っており今もまだ霧がかっております。コースの状況も悪くぬかるんでおり、重量級の陸竜の転倒が不安視されているようです。
オッズにも若干の影響が出ていますね。最重量級のガイアーズホーンの不利と見られたか、最終オッズが前日予想よりも1割ほど上がってしまう結果となりました。
また、以前のレースも転倒が起きてレッドアローがベイルホーンと衝突、右後ろ足の大腿骨を折る大怪我となってしまいました。レッドアローのオーナー、ジャメール公爵から「専門の術士による治療を受けて完治した、レースを走る上で何の問題も無い」と自信たっぷりのコメントを頂きました。果たして怪我と同様にメンタル面においても回復し再び無敵の逃げ足を見せてくれるのか、観客にとって議論となっております。
さて、そんな結果を受けてか、一番人気はキャノンボールとなりました。四足歩行型ですが竜体はすらりとしており、また鋼鉄の如く黒光りするウロコは火も冷気も通さない、俊敏さと防御力を兼ね備えた竜ですね。反面、体力の薄さと攻撃力の低さという弱点を抱えていますが、その尖った能力が魅力でもあります。
二番人気はレッドアロー。普段ならば一番人気だったでしょうが、やはり怪我の影響を不安視されているようです。
三番人気はシーホース。水属性に強く足腰も頑健。雨天時や湿度の高い環境では良い試合結果を残しており人気を上げる結果となりました。
以下人気順に、難所に強い高山陸竜バンディット。
風と水、混合属性を持つ東方の青龍ブルーチャリオッツ。
鋼鉄竜ガイアーズホーン、蛇竜ラドルスネイク、石竜イエローストーンとなっております。
さて、各竜の紹介が終わったところでスタートライン付近の様子をお聞き頂きましょう。まずは本日の一番人気、キャノンボールですが、どうやら首を振って咆吼しています。今日はあまり落ち着いていないようですね、騎手が必死になだめています。
二番人気のレッドアローは普段と打って変わって慎重ですね。外見からは傷痕などまったく見えませんが、ゲートに入るのも一番ゆっくりとした足取りでした。普段の荒々しさの無さは落ち着きなのかあるいは怯懦なのか。その結果は今少しでわかることでしょう。
キャノンボールに刺激されて吠え返す竜も居ますが、レース前に乱闘ということはなく無事に全竜がスタートラインに入りました……。
おや、キャノンボール、大人しくなったと思いきや今度は後ろ足で土を蹴り首を振っています。どうしたことだ、レッドアローとは対照的に実に気性が荒い。これがまるで空模様と同じくレースの雲行きも怪しくなって参りました。吉と出るか凶と出るか……コース内は重苦しい緊張のためか、普段はヤジを飛ばす観客も岩のように押し黙り、静寂が訪れています。
……フラッグが上がった!
各竜一斉にスタートしました!
先行するのは一番人気のキャノンボールです!
レッドアロー出遅れた!
竜群に揉まれ、どんどん順位を落としていく!
二番人気いきなりの最下位だ!
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