第19話


「ちょ、ちょっと待ってよぉ!

 こないだまで無敵だったじゃないのよレッドアロー!」


 教室は謎の熱気に包まれている。

 皆、アキラさんの迫真の弁舌に聞き入っていた。

 とはいえ私の方は仕事がある、観客のように楽しんでもいられない。

 教室の黒板に貼り付けた竜の名札をせわしなく入れ替え差し替えている。

 アキラさんの話に合わせて、抜いた竜が居ればその竜の名札を上に、抜かれた竜をその下に並べている。竜に金を賭けた観客達は、それを見て一喜一憂しながらアキラさんの話を聞いていた。中には敗北を確信して頭を抱えている研究員さえも居た。割と若い女の人だった。この歳で競竜狂いかぁ……いや、彼女みたいな人がいるから私が儲かるのだ。呆れてはいけない。ありがとう私のお財布さん達。


「……あーっと! ここで後方で乱闘となった!

 ぶつかりあったシーホースとバンディットが氷の吐息で互いを攻撃している!

 騎手がなだめても声が届かない!

 怒った観客が容赦ない罵声を浴びせています!

 これはもうキャノンボールの一人舞台だ!」


 そしてまたレースが大きく動いた。

 結果を知らずにこれを聞いている人は手に汗握っていることだろう。

 アキラさんの声もますます熱気がこもっている。


「必死に後ろを追いすがるブルーチャリオッツ達!

 だが距離は詰まるどころか引き離されるばかりだ!

 どうした! これで決まってしまうのか!

 がんばれブルーチャリオッツ!

 遥か東方から来た青竜の意地を見せろ!

 由緒正しい血統のキャノンボールには勝てないのか!

 おっとここでキャンボール息切れしてきた!

 失速だ! 気性の荒さが凶と出てしまったか!

 ここでキャノンボールにブルーチャリオッツが攻撃を仕掛けてきた!

 口から火を吐いたぞ!

 キャノンボール、巨体にかかわらず機敏にかわす!

 しかしかわした分だけ距離が詰まる!

 半身の距離がクビの距離になる。

 これはまずい!

 逃げ切れるか!

 並んだ!

 並びましたブルーチャリオッツ!

 もはやお互いに攻撃する余裕は無い!

 ただひたすらにまっすぐに駆け抜けるだけだ!

 ゴールはもうすぐだ!

 ラスト直線50メートル!

 走る! 走る!

 二頭とも必死の形相であります!

 どちらがこの勝負を制するのか!

 ああっ!

 ゴール目前にしてキャノンボールが失速した!

 これで決まるか!?

 ブルーチャリオッツは懸命に走る!

 決まった!

 ブルーチャリオッツが僅差でキャノンボールに勝ちました!

 観客達が惜しみない称賛を、そして賭に負けた故の罵声を同時に浴びせています!

 まさに大金星だ!」


 ああ……という溜め息が観客から漏れた。

 今回の結果は番狂わせと言って良いだろう。

 ブルーチャリオッツが勝つと予想できた人間は少なかったはずだ。

 仕事云々を抜きにして純粋に見応えのある勝負だった。

 おそらく聞いていたみんなも、その思いは伝わったことだろう。


 あ、でも一人だけ、あんまり伝わってない人がいる。


「……なんだこれ」


 副学長のミリア先生がきょとんとした表情のまま、ぽつりと呟いた。


 ごめんなさい、私もよくわかりません。



「ふう」


 アキラさんが手元のコップの水を飲んで一息つく。

 流石にあれだけ熱弁したのだ、喉が渇いたことだろう。


「というわけで、1着ブルーチャリオッツ、2着キャノンボールとなりました。それ以下の順位表は今掲示したものとなります。それでは……」

「精算と行こうじゃないか。構わないかね?」


 アキラさんの説明に、ラーディ先生が言葉を被せてきた。


「ええ。換金はいつでも大丈夫です。しかし流石ですね先生。一人勝ちとは」

「偶然だよ。もらうものはもらうがね」


 ラーディ先生が差し出した手に、アキラさんが精算金額を書いた紙と銀貨を渡す。


「よし、確かに間違いなく預かった」


 ラーディ先生からその言葉を聞いて、ようやく一区切り付いたと感じた。

 私は、溜め息が出そうになるのをおさえて、


「ありがとうございました!」


 と言った。

 だがラーディ先生は妙ににやついた笑みを浮かべた。


「おいおい、こっちが君らに竜券を頼んだんだぞ? それでお礼を言われるのは変じゃあないか?」

「あっ……いえ、その……」


 しまった。彼らの賭け金をちょろまかしていることは黙っているのだ。

 お礼を言うのは確かにおかしい。


「なに、冗談だ。……それでは皆。次からは『普通に』賭けて構わんぞ」

「よっしゃ! ちまちま賭けるのは性に合わなかったのよね! ドーンと張るわよ!」


 アキラさんの実況中一番やかましかった女性が喜びの声を上げた。


 あれ、これって、もしかして……?


「あのう、ラーディ先生。私達は試されていた……ってことでしょうか?」

「ああ」


 先生は、私のおっかなびっくりの問いかけに頷いた。


「……この手の小遣い稼ぎをする学生はいるんだが、借金がかさんだ学生や学費で首が回らん学生あたりが思いつくものなんだよ。だから最初は控えめな賭け金を渡して試すことにしている。君らは精算も間違いがなかったし、他の人間には無い工夫をしていたからな。合格としようじゃないか」

「……傍から見てて面白かったのがちょっとくやしい」


 副学長のミリア先生が溜息をつく。

 そりゃあ自分の学校の中でこんなことをされては溜め息も付きたくなるだろう。

 ま、それはスルーしよう。

 こうしなきゃ私も来年度の学費を稼げないし。


「それでは覇王歴172年、第8回、陸竜走行競技大会の報告を終了させて頂きます。それでは……」


 私はアキラさんが説明を始めると同時に、今まで貼り付けていた竜の名札を剥がし、新たに大きな紙を貼り付けた。


「次なる第9回の賭けに参加する方を募集しようと思います。

 今回の結果を踏まえつつ、出走予定の竜の紹介を初めて行きましょうか」

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