第30話
あの実況勝負からまた数日が過ぎた。
勝負が終わってから落ち着いてゆっくり休む……ということもなく、私の家で新聞や紙芝居の原稿を作ったりと忙しい毎日を送っていた。当初の目標である学費分はほぼ稼いでしまったのだが、供給が需要に追いつかなくて辞めどきが無い。競竜だけじゃなく普通の見世物としてもやってほしいと頼まれることすらあったが、流石に人手が足りなくて断らざるをえない状況だった。
「しかし、アキラの『コピー』の魔法は素晴らしいな」
「いえいえ、ありがとうございます」
「見られないのが残念だが……秘伝の魔法か何かなのか?」
「そんなところです」
実は、エレナさんが描いた絵をアキラさんがチキュウの自宅に持って帰り、「こぴーき」、あるいは「ふくごうき」という機械で絵を複製しているのだ。まあエレナさんに上手い説明ができないので魔法ということにしているが。
「なあ、ちょっと通しで合わせたいんだが大丈夫か?」
「ごめんなさい、まだ絵が完成してなくて」
「あー、それじゃ終わったら呼んでくれ。面白い流れを思いついたんだ」
ラングさんも今は積極的に楽曲を作っている。
ただ演奏するだけではない。どのように演出するか、演出のためにはどのような音楽が適しているかを自分から考えて様々な提案をしてくれている。
「さて、皆さんそろそろ夕飯にしましょうか」
「「「はーい」」」
アキラさんの合図に皆が頷いた。
借家の台所に集まると、そこには既に夕餉が用意されていた。
すべてアキラさんが用意したものだ。
白パンにスープと簡素な献立だが、味はとても美味しい。
スープの具はこちらの世界で買った物だが、パンやスープの味付けはアキラさんの世界からもってきたものを使っている。
そんなに負担させてしまって良いのか尋ねたら、「私は私で儲けを出していますから問題ありません」と微笑みで返されてしまった。
「しかし寝床もメシも給金も用意してもらえるとはありがてえな」
「まったくだ、世話になるぞテレサ」
「いえいえ、どうせ空いてましたから」
ラングさんとエレナさんは今、私の借家の空き部屋に寝泊まりしている。
ラングさんは前の職場をクビになったときについでに住まいを追い出されていた。エレナさんは貧乏なわけではないが、酒場の用心棒をするためにそこで寝泊まりすることが多く、長期で家や宿は借りていない。
そして私は貴族の見栄のためにアパートではなくわざわざ広い借家に住んでいる。上手いこと利害が一致したために共同生活を送っているというわけだ。それにアキラさんも様子を見に来たり、こうしてご飯を作ってくれたりする。
「アキラの作るスープはうめえな……なんなんだこれ?」
「カレーと言いましてね。色んな香辛料を混ぜて小麦粉でとろみを出したスープです」
「へぇー」
ラングさんは気にせずぱくぱく食べているが、私とエレナさんは驚いている。
というかむしろ引いている。
「……何気なく食べてるが、香辛料って高いんじゃないか?」
「舶来モノですよね……? ウチの国じゃ胡椒くらいしか手に入りませんし……」
「ああ、私の国から持ってきたものですからそう高くはありませんよ。この国で手に入るかはわかりませんが」
アキラさんも気にせず食べている。
……よし。
今後食べる機会が無いのだから、恐れてないで食べちゃおう。
「おーい! みんないるかー!?」
「お酒もってきたよ」
と、スプーンでカレーをすくおうとした瞬間、戸が叩かれた。
この声は……
「おや、トラインさんとキトゥリスさんですね。どうしましょうご主人様」
「あー、間が悪いけど開けましょうか」
今から食事だったというのに、まったく。
というか食事時を狙ってきたんじゃないだろうか。
「よう、せっかくだから一緒にメシでもどうかと思ってな」
「あのですねぇ、ウチは食堂じゃないんですけど!」
と、私が文句を言っても二人は気にせずテーブルにどかりと座る。
アキラさんも皿に料理をよそっている。
「アキラさんも自然に歓待しないでください!」
「まあまあ、既に商売仲間でもありますから」
「それはそうですけどぉ……」
実はあの勝負以来、トラインさん達、人形劇のチームと私達紙芝居チームは協力してノミ屋をやっている。トラインさんとキトゥリスさんの二人は演出力が凄くフットワークも軽いが、致命的な欠点があった。お金の計算が不得意なのだ。
そして私達にも欠点があった。始めに言ったように、供給が需要に追いつかない。あの紙芝居は準備に必要な労力が大きすぎる。絵を用意し、台本を用意し、練習を繰り返し……となると、とてもじゃないが高い頻度で紙芝居を見せることはできない。週一回ですら無理だ。
そこで、互いのチームを統合することにした。
どの券を買ってどの券を買わないかの判断、賭け金の集金や返金といった売上管理、そしてみんなへの報酬の分配などの給与計算、これらをアキラさんと私が主導している。メンバーから不満は何も出ていないが、ぶっちゃけ経営権をもらったようなものだ。
そして競竜の再演については人形劇チームを主体として、たまに高速紙芝居をやる、という配分にした。さらに紙芝居製作についても人形劇チームに手伝ってもらう。こうして私達は一つのチームになりつつあった。ついでに、こんな風にウチにふらっとやってきてみんなでご飯を食べるということも多くなった。
「……まあ良いか。どうぞ座ってください」
そして全員の杯にトラインさんが持ってきた酒を注ぐ。
どうやら葡萄酒のようだ。香りからして割と良いものだろう。
「それじゃあ……」
と、私が杯を掲げて乾杯しようとしたとき、エレナさんが妙に鋭い声を出した。
「ちょっと待て。トライン、キトゥリス」
「なんだ? エレナさん」
「お前ら、つけられたな」
エレナさんが苦みばしった顔でそうつぶやいた瞬間。
玄関の扉が爆発した。
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