第31話

「っしゃあ! 命中!」

「さすが兄貴!」

「へっ、魔法使い相手のケンカは先手必勝よ……そらっ! 『火球』!」


 ダメ押しで火球の魔術を連発する。

 これで反撃する気も失っただろう。

 大人にもなってねえガキに舐められっぱなしでたまるもんかってんだ。


 盗賊ギルドの上役から「ノミ屋のガキを脅しつけてこい」って仕事をもらったときは天啓だと思ったね。無理を言ってマジックアイテム『火球の杖』を借りることもできた。

 これで舐められた借りも返せる。いくら召喚術がスゲえって言っても、魔術ってのは先に唱えたもの勝ちだ。これなら……


「よっしゃ、最後の仕上げだ! いくぞお前ら!」


 俺達は火球を叩き込んだ古臭い家屋へと入り込む。

 窓や玄関から人気のある場所にやたらめったら打ちまくったのだ。もうこちらの勝ちだろう。

 ただ、この杖で使える火球の魔法そのものはそこまで強くはない。骨が折れることはあるが、即死することはないだろう。本物の抗争には力不足だが、痛めつけて脅しつけるのはうってつけだった。


「……ちょっとやりすぎましたかね?」

「バカ、油断するな」


 建物は火球のダメージが色濃く残っていた。

 レンガ造りなので火事にはならないだろうが、壁や棚が崩れて煤だらけだ。

 壊れた家具の下敷きになっていてもおかしくはない。


「まさか、これじゃ動けませんって。ついでに金目の物を……ぐえ」


 ぐえ?


「おい、どうした。遊んでるんじゃねえぞ」

「何者だお前ら」


 弟分を叱りつけたはずが、女の声が返ってきた。

 まさか……と思って弟分の方を振り向く。


「あっ、兄貴……たっ、たすけ……」


 そこでは、弟分が逆さ吊りになっていた。

 罠に引っかかったのではない。

 長身の女が弟分の足を片手で握り、まるで手荷物のようにぶらんぶらんと揺らしている。


「なっ、なんだお前は!?」

「こっちの質問に答えろぉ!!!」


 ぶぉん、という恐ろしげな風切り音と共に手下の体が投げ出された。

 それは放物線すら描かず、まっすぐに……


「げはぁっ!?」



「あー、ひどい目にあった……」


 玄関とダイニングが完全に壊れてしまった……。

 せっかく食べようと思ったカレーも台無しだ。

 というか、家を貸してくれてる大家になんて言えば良いんだろう……。


「エレナのおかげで助かったな……」


 エレナさんが不審者の気配に気付き、すぐにダイニングの奥の書斎へと待避することができた。

 ダイニングの方がやられることは諦めて受け入れ、書斎の扉や壁に結界を張って火や煙が入ってくることを防ぐ。そしてエレナさんが裏口から迂回して不審者を捉えてくれた。

 私が一番得意な魔法は召喚魔法だ。その他の魔法は、まあ、普通だ。そこまで得意というほどではないが、かといって不得意でも無い。四大属性の魔法も簡単に使えるし、吉凶を占う卜占や悪霊を祓い身を守る結界術なども基礎的な範囲では問題無い。


 つまり、不意打ちであってもそこらの暴漢程度には負けない自信がある。えへん。


「あっ、兄貴! 弟分その1! 畜生……!」


 あ、もう一人居た。

 やぶれかぶれにこちらに襲いかかってくる。

 うーん、近いなぁ。召喚術を使う距離でも無いし、ここは普通の攻撃魔法で……。


「ご安心を、ご主人様。……えいっ」

「うぎゃああああーー!!!???」


 するとアキラさんが、何か手から赤い煙をぷしゅーと放った。

 その煙はけっこうなスピードで不審者の顔面に直撃し、叫び声を上げながら転げ回った。


「アキラさん、それ、なんです……?」

「痴漢撃退用のスプレーですよ。目や皮膚に激痛が走りますが、トウガラシなどが主成分なので後遺症もないはずです」

「あんた意外とえげつねえのな」


 トラインさん達がドン引きしてアキラさんを見ている。

 主人である私も若干引き気味だが、私達を守ってくれたのだ。

 感謝しよう、うん。


「とりあえずふん縛ったが、どうする?」


 エレナさんがひょいと男二人を担いでやってきた。

 流石、用心棒をやっているだけあって仕事が早い。


「くっ……俺達ぁ何も言わねえぞ!」

「そうだそうだ! 兄貴の言う通りだ!」


 などと、減らず口を叩いている。

 しかしこの人達、どこかで見たような……。


「あ、思い出した。競竜場で襲ってきた人達ですよ」

「あー、居ましたね」


 アキラさんも思い出し、私の言葉に頷く。


「てっ、てめえ! 忘れてやがったのか!」

「それならそうと名乗って頂かねば」

「いちいち襲いに来て名乗るアホが居るか!」

「では名乗らずに復讐になるのですか?」

「うっ」


 不審者のリーダーの言葉が詰まった。


「それに『何も言わない』ということは、何か秘密にしなければいけないことがあると言っているのと同じでは? ただの報復ではないということでしょう?」


 アキラさんのストレートな質問に、不審者達は顔色を変えた。


「なっ、何にもねえよ!」

「ご主人様、いかがしましょう?」


 うーん、どうしようかなぁ。

 血生臭いのも怨恨が残るのもイヤだし。


「どうせスラム街のゴロツキだろう。痛めつけて放り投げておけば後はスラム街の連中が身ぐるみ剥ぐなり勝手に処理するさ」


 エレナさんが溜め息をつきながら手首の関節を曲げて伸ばしている。

 彼女にとって大した運動にもならなかったのだろう。


「お前ら妙になれてるなぁ……」


 ラングさんやトラインさん達は驚いてるようでまだ呆然としてる。

 たぶんこの人達の方が普通なんだろうなぁ。


「ともあれ、流石にこれは異常事態です。襲ってきた目的を問いただした方が良いと思います」

「そうですねぇ……」


 というか、今襲われる理由なんて数える程しかない。


「まあ、ノミ屋絡みとは思いますが。どうですか?」


 と、アキラさんが言うと、不審者達はバツが悪そうに目を泳がせた。

 秘密を守れない人達だった。

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異世界ノミ屋 あるいは召喚術士テレサは怠惰に稼ぎたい ふれんだ(富士伸太) @frenda

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