第14話
そしてまた、レースの日がやってきた。
今日は物売りはしない。
飴も酒も用意していない。
その代わりに預かった金を入れた鍵付きのカバンを持ち込んでいる。
「あら、こんにちは。今日は商売じゃないの?」
窓口のお姉さんとも雑談を交わす程度の仲になった。
「ええ。今日は竜券を買いに」
と言って、アキラさんはカバンを開いて金を出した。
受付のお姉さんが目を丸くしている。
当然だろう。銀貨を何枚も積み重ねて、大富豪じみた賭け方をしてるのだから。
「1ー4が8口。1-2が5口。あとは……」
口で説明しながら硬貨を並べる。
実はあの後も学校内で営業活動を続けて、教師10人以上を顧客にすることに成功していた。口数が集まり過ぎてカバンの重さが辛いくらいだ。本命に賭けた人の分は買わないとはいえ、分の悪い賭けをする人も多くて券を買う枚数も増えてしまった。結局、普通に竜券を買う人よりも多くの金を窓口に払っている。
「ちょ、ちょっとおたずねしても良いかしら?」
「なんでしょう?」
「え、えーと、もしかしてあなた達、けっこうな貴族様だったりします?」
お姉さんは私とアキラさんを交互に見る。
ただの飴売りとしか思ってなかったのに、こんな変な買い方をして怪しまれたのだろう。
まあ、アキラさんが馴染みすぎてるからだ。
「えーと、一応貴族です。ヘルムズ子爵家のテレサです。隣に居るのは……」
「執事の梅屋敷アキラと申します」
と言って、アキラさんが名乗る。
さらりと嘘をついたが、召喚獣と言うのも説明しにくい。
実際、執事のようなことまでやってもらっているし妥当な嘘だろう。
「あらあら……失礼しました。でも、ずいぶん色んな券を買うんですね……? それも倍率高いのばっかり……」
お姉さんの疑問に、アキラさんが答えた。
「これは魔法学校の先生達の代理で買いに来たのです。ラーディ先生とマリア先生と……だいたい十人分くらいですかね。代理で購入は問題ありますか?」
「いえ、構いませんよ。ただ竜券がなくなったり盗まれたりしてもこちらで責任は負いかねますので、それさえ気をつけて頂ければ……」
「ありがとうございます」
「それでは楽しんでいってくださいね」
受付のお姉さんは朗らかに笑いながら、私達に何枚もの竜券を渡した。
そして私達は、観客として競竜を楽しんだのだった。
◆
その日の競竜は荒れたレース展開だった。
ラーディ先生とアキラさんが予測したように、本命のレッドアローは精彩を欠いた。故障からは回復しつつも、おそらく精神的な部分では回復していなかったのだ。どこかおっかなびっくりの動きのまま、後続の竜群に揉まれて順位を落としていった。本命不在の状況で一体どの竜が一着に躍り出るか、最後まで予想が付かなかった。
が、それはそれとして……
「よし。ご主人様、上手く行きましたね。第一関門突破というところでしょうか」
「はい……!」
競竜場から自宅への帰り道。
私達は私達の成果の話で盛り上がった。
本命が外れてくれたおかげで、本命に賭けていた人の賭け金が全部、私達の利益になったのだ。これはとてもありがたい。
「でも、代理で買いに来たなんて素直に言って良かったんですか?」
「変に隠すと怪しまれますし、この商売を継続するなら隠し続けるのも難しいでしょう。チップも適時渡していますし、今のところ彼女とはウィンウィンの関係です」
確かに、あのお姉さんは私達が来ると嬉しそうに手を振ってくる。
アキラさんがチップと一緒に喉に効く飴などを渡しているおかげか、ずいぶん好意的だ。
「それに一番厄介なのは、競竜場にすら来ずに自分で賭場を開いてるタイプでしょうからね。トラブルに関知しないという言葉の裏には『競竜を利用したモグリの賭場はあるけど、こっちは一切関知しませんよ』という意味もあると思います」
「なるほど……」
「そういった方々に比べたら、私達は小悪党も小悪党ですよ」
「自分で小悪党を自称するってイヤですね」
「小悪党でも、安全に儲かる方が良いじゃ無いですか。
先生達も信用してくれましたし」
アキラさんが言う通り、先生達は遠慮無くお金を預けてくれた。
頑張って競竜新聞を用意したとはいえ、予想以上の結果だ。
「いきなり10人もお客さんになってくれるとは思いませんでしたよ……。ラーディ先生なんて最初はやらないなんて言ってたのに途中からノリノリになって他の先生を勧誘してましたし……」
「ええ、こうして大きく稼ぐにしても、堅実にやるのが……」
と、言いかけてアキラさんの言葉が止まった。
「どうしました?」
「しまった、懸念していたことが起きましたね」
私が質問すると、アキラさんから漠然とした答えが返ってきた。
懸念していたこと……?
などと私が考え始めたとき、物陰からやさぐれた雰囲気の男が三人ほど現れた。
「そこの兄ちゃん、姉ちゃん、景気よさそうだな」
あっ。
あー、そういうこと。
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