第13話

 そして私達は様々な準備を仕込んだ上で魔法学校に来ていた。


 休み中で学生もおらず人の気配は少なかったが、教職員は出勤して仕事をしているようだ。

 最初に出会ったのは、試験監督をしていたラーディ先生だった。


「竜券を代理で買うだと?」


 私達の話を聞いたラーディ先生は、露骨に怪しんでいる。


「ええ、そうです」

「君らを疑うわけじゃないんだが、金を預けるのはちょっと抵抗があるな」

「あ、それもそうですよね。失礼しました」


 ここまでは、アキラさんの予想通り。

 お金を預かりますか、と言われて素直に応じる人は少ない。

 ここはいったん引き下がる。


「それじゃあご主人様。

 次のレース展開を検討しましょうか」


 アキラさんが懐から紙を取り出して、テラスのテーブルにばさりと広げる。

 そこには次のレースに出走する竜の名前、そして簡単なプロフィールが記載されていた。


「次のレースはブルーチャリオッツが来ると思うわ! あの竜は荒れ地にも強いから!」

「次は草地のトラックで雨も降りそうですからね。草や泥が跳ねる状況では繊細な竜には辛いでしょう」


 私とアキラさんが、わざと声を出して競竜の話題で盛り上がる。

 すると、ラーディ先生が興味深そうに「紙」を眺めている。


「君達……それ、なんだね?」

「はい? それと言いますと?」


 何を聞いてるかはわかったが、あえて私は問い返した。


「その紙だよ。ずいぶん詳細のようだが……」

「ああ、これですね。次のレースの竜の出走情報とか、昨日のレース結果とか、自分でまとめて見たんです。場内で売ってる広報は読みにくいのでいっそ私達で纏めてみました。好きそうな人には写しを売ろうかと思ってます」

「ああ、そうなんだよ。競竜場で売ってるのは紙もインクもケチってるからな。雨でも降られるとすぐ汚れて見えなくなる……ちょっと見せてもらっても良いか?」

「ええ、どうぞ」


 ラーディ先生に紙……というか、手製の競「竜」新聞を渡す。

 先生は興味深そうにしげしげと眺めた。


 これは、アキラさんの世界の競馬新聞を模して作ったものだ。

 この世界にもレースについて書かれたビラや新聞のようなものはある。

 だがアキラさんの世界の競馬新聞のように、情報を整理整頓したものは皆無と言って良いだろう。先生のような、文章を読むことに抵抗がなく、なおかつ競竜が好きな人ならば絶対に興味を惹かれるはずだ。しかも中身は競竜関係者から聞き出したナマの情報。普通のファンではなかなか手に入らない情報も多い。アキラさんが体を張って調べた結果だ。


「この紙、悪くないな? ムラも無いし軽い」

「ええ。ちょっとツテがありましてね」


 アキラさんが微笑みながら言った。

 紙そのものはアキラさんの世界から持ち込んだものだ。

 本当は、アキラさんは更に「ぱそこん」とか「ぷりんたー」というものを使って作りたかったそうが、今回はあえて手書きで作ってそれを複写した。

 この世界にも印刷機はあるが、印刷した文字は滲んだり汚れたりするものだ。

 紙だけでも十分に上質なのに、文字があまりに綺麗過ぎると出所を怪しまれてしまう。


「……ほう、ピットブルが勝ったのか」

「ええ、レッドアローがコーナーにさしかかって減速したところ、ベイルホーンと衝突しましてね。二匹とも転倒したところを上手くすりぬけてピットブルが逃げ切りました。レッドアローとベイルホーンはそのまま乱闘になりまして……」


 アキラさんがすらすらとレース展開を説明する。

 その流暢りゅうちょうな話しぶりに、ラーディ先生は聞き入っていた。


「……レッドアローの方は相当故障してますね。

 次のレースまでには回復魔法で完全に治すとオーナーが言っていましたが、観客まで音が聞こえてくるほど酷い骨折でした。響くと思うんですよね」

「いやわからんぞ、レッドアローのオーナーは見栄っ張りだからな。採算度外視で高級司祭を招いて、完全に治療してくるかもしれん」

「おや、オーナーをご存じで?」

「ああジャメールという気位の高い公爵でな。一緒に仕事したときは苦労したものだ。だが金もツテもあるから竜を治すくらいは容易だぞ」

「私は回復魔法というのは素人なのでわかりませんが、怪我からの復帰というのは調整に時間がかかるものではありませんか? 故障は負け癖が付きやすいとも聞きますし」

「む……それも確かにあるな……」

「それに最近雲行きが怪しいですから、雨が降るかも知れませんよ。そういう日のレースはどうしても荒れますから」

「ふむ……確かにな……」


 ……競竜見た回数はそんなに多くないはずなのに、アキラさんの話し方はやたらと玄人っぽい。実際ラーディ先生は、アキラさんが素人などとはちっとも思っていないだろう。完全に話を聞く姿勢になっている。


「あ、あのー、アキラさん?」

「ああ、すみませんご主人様。つい競竜の話となると盛り上がってしまいますね。ラーディ先生も失礼しました」

「あ、ああ。構わんよ」

「ご主人様は何を買うか決めました?」

「シーホース1着で、あとはオッズが低い順に流す感じかしら」

「良いかと思います。ではそうしましょうか」


 と言って、アキラさんが競竜新聞を仕舞った。

 そのとき気付いた。

 ラーディ先生が、ちょっと残念そうな顔をしている。


「あー、その……君達」

「はい、先生」


 ダメだ、まだ笑うな……。

 真面目な顔を作るんだ、私。

 アキラさんだって無表情のままだ。

 ……いや、アレは単に表情がわかりにくいだけか。

 こういうときは羨ましい。


「……やはり、私の分も頼む。ブルーチャリオッツ1着、キャノンボール2着に賭ける」


 と言って、ラーディ先生は自分の財布を開くのだった。

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