第21話

「あー、ったく、二人揃って留年しちまうとはなぁ」

「仕方ないだろう。トラインはダンジョンで小銭稼ぎしたり遊んだりと放蕩三昧だったかじゃないか」

「遊びじゃねえ、勇敢な冒険だ! 大体キトゥリスだって付いてきただろ!」

「し、仕方ないだろ、僕の魔術は金が掛かるんだから……ダンジョンに潜れば採掘だってできるし」


 俺達――魔法学校生徒のトライン=アルバとキトゥリス=ビフラムは、学校の食堂のテラスで黄昏(たそが)れていた。ま、留年となって黄昏れないほど脳天気なわけもないが。


 魔法学校というのは、ひたすら魔法の腕ばかり磨くだけの場所とは違う。

 魔法を活用する高度な人材を排出するために存在する。卒業後に文官になっても恥をかかない程度の教養を積まねばなければ話にならない。だから、俺達のような平民が頑張って魔法の腕を磨いたり学費を稼いで入学しても「教養」の壁が立ちはだかる。子供の頃から家庭教師を付けられたり、何気なくハイソで高尚な物に触れられる由緒正しい貴族には有利なシステムだ。そりゃあ俺のような平民に足りてないものを勉強させてくれるんだから感謝すべきなんだろうが、成績で歴然とした差が付くのは納得がいかない。


 特に今年は、古典教養が難関だった。

 王国の設立前、戦国時代の詩歌の問題が出るというウワサが流れて真に受けたが、どうやらそれがガセだったようだ。実際の試験では、真面目に講義を受けていれば十分に合格点を取れる内容だったらしい。

 だが講義をサボったり聞き流している人間を引っかけるような出し方だったようで、教養系の科目を軽んじた人間の多くは悲しい結果に終わってしまった。流石に俺達のように留年してしまったのはごく少数のようだが。


「で、どうするよ、キトゥリス」

「冒険者ギルドで仕事をもらって学費を稼ぐしか無いんじゃないか。それと、もう競竜に行くなよ」

「なんでだよ!」

「なんでもなにも、素寒貧になりに行くようなもんだろう」

「い、いや! ここのところ負け続けだからそろそろ勝てるはずだ! 流れが来てるんだよ!」

「何の根拠も無いだろ……というか昨日も行ったんだな?

 もう大人しく来期の学費が稼げるまで止めておけ」


 くそっ、女なのに妙にキザったらしい仕草の似合う奴だ。

 大体こいつ、俺と同じ程度には馬鹿で同じ身分の平民なのに、貴族の男からも貴族の女からもモテる。

 中身はけっこう馬鹿なはずなんだけどなぁ。


「とりあえず、先生に頭下げても何ともならなかった。

 諦めて来年頑張るしか無いだろう」

「まったく、頭の堅い連中ばっかだぜ」


 どうにか先生に頼んで加点してもらって、留年を取り消せないか……と、万が一の可能性に賭けて頭を下げたものの、まったく取り合って貰えなかった。「真面目に講義に出たら来年は問題無いでしょう」などと定型句じみた言葉をもらってそれでサヨナラだ。俺もキトゥリスも、座学だけでは得られない経験と金を目当てに学校外での冒険を繰り広げていたというのにちっとも評価してくれない。


 まったくつまんねえ……とくさくさしていたそのときだった。


「はーい、それでは競竜の報告を始めますよー!」


 あまり聞き慣れない男の声が聞こえた。

 見れば、仕事中だったと思しき教員や研究員が、声の元へと集まっていく。


「なんだあれ」

「わからない。というかトライン、キミはあんな先生見たことあるか?」

「いや、俺は無いな。……競竜とか言ってたな」

「ああ」

「ちょっと覗いてみようぜ」



「速い! 速いぞブルーチャリオッツ!

 キャノンボールに勝利してから一皮も二皮も剥けた!

 男子三日会わざれば刮目して見よと言えども、これはもはや成長などという生やさしいものではありません! まさに進化だ!

 雨が降っておりシーホースの独壇場と思われたが、ますます引き離される!

 最終コーナーを回りました!

 ラスト直線、どんどん加速する!

 ゴール!

 一着ブルーチャリオッツ!

 そして3竜身ほど遅れてシーホースがゴール!」


 教室に入ったら、謎のおっさんが熱弁を振るっていた。

 しかも教職員は固唾を飲んでそれに聞き入っている。

 こいつらが何をやっているのかはすぐにわかった。

 競竜だ。

 そしておっさんの背後で、俺達と同じ学年らしき少女が忙しなく動いていた。

 竜の名札やオッズを書いた札をオッサンの話に合わせて上下に並べ替えている。

 その並びには見覚えがあった。


「これ……昨日の競竜のレース結果だ」


 俺の呟きに、キトゥリスが「はぁ?」と呆れるような声を出した。


「じゃあ、なんだ。この人達全員、競竜を見ずに伝聞で楽しんでるっていうのか?」

「だろうな」

「そんなに熱くなるものなのか……?」

「そりゃあなるだろうよ。先生達は忙しいんだからレースを見に行くのだって一苦労だ」

「あ、そっか……」


 俺達がこそこそ雑談しているうちに、おっさんと少女は教職員相手に換金したり、次のレースの賭けを集め始めた。まるで競竜の運営が出張してるような様子だ。だが、競竜が出張で券を売るなど、やってないはずだ。


「……なぁ、キトゥリス」

「なんだよトライン」

「これ……儲け話の匂いがしないか?」


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