第9話

「酒はいかがですかー、よーく冷えたワインですよー」

「飴ー、あまーい飴ですよー。

 あまーい飴が、たったの小銅貨1ヶですよー」


 次のレースの日。

 私達は物売りに化けて、競竜場の観客席に来ていた。

 化けるというか、物売りそのものだ。

 この国では建物に店を構えない限り、自分で勝手に飲食の商売を始めても問題無い。

 まあ立ち売りなどでは大した利益にはならないが、騎士に捕まる心配も無い。


 アキラさんは氷でよく冷やしたワイン……を、更に水で倍くらいに薄めたものを売り、私は飴を売っている。服装も物売りらしく、安物の黒いエプロンを付けている。

 でも、なんだか売っている物がマッチしない組み合わせだな……。

 飴と一緒にワイン飲む人は居ないと思うんだけど。


「あのう、アキラさん。飴もお酒も用意して頂いて凄く助かってるんですが……」

「先行投資ですからお気になさらず。何か気になることでも?」

「酒を売るなら、おつまみとかのほうが良くないですか?」

「大丈夫です。ここで儲けるのが目的ではありませんから」

「そうなんですか?」


 てっきり競竜場で飲食業を営んで金を稼ぐつもりと思いきや、そうではなさそうだ。


「それにテレサさんが氷を出してくれて助かりました。お客さんも喜んでいます」

「大したことじゃないです。買ってもたかが知れてますし」


 魔法で氷は用意できるので、実際に大した手間ではない。

 とはいえ、このくらい簡単な魔法ならば使える人間も多い。

 つまりこのくらいではさほど珍しい商売にもならない、ということだ。


 それでもワインと飴はけっこう売れた。

 アキラさんが用意した物は質が良いのだ。

 ワインは甘味は少ないが雑味もそんなに無いし、飴も色んな種類がある。

 競竜の見物客も興味を示してくれて、素人の商売にしては割と売れている方だろう。


「おう、酒くれや」


 ほら、今もこうして酔っ払いが酒を飲みに来た。

 角刈りで薄着の男だ。ところどころ穴を繕った分厚いズボンをはいている。

 恐らく街に住む職人か大工あたりだろう。


「ええ、どうぞ。いかがですかレースの方は」

「はっはっは、勝ったぜ。勝利の美酒って奴よ」

「それはあやかりたいものですね」

「下手な賭け方して、売上すっちまうんじゃねえか?」

「それが博打の醍醐味でしょう」


 アキラさんがお客さんと丁々発止のやり取りをする。

 いかつい人ともすぐに仲良くなっている……なんでこんなに手慣れてるんだろう。


「ちっと薄いが、冷えてて上手いな」

「氷を入れてますので、そればかりは勘弁を。暑くない日は濃いですよ。ああ、それと……」

「それと?」

「竜券が当たった日は酒が濃いかもしれませんね」


 いかつい男性客は爆笑して、アキラさんの肩をばしばしと叩く。

 そして満足そうに去って行った。


「な、なんか異世界人と思えないくらい馴染んでますね……」

「ふむ、私の立振舞いは違和感がありませんか?」

「全然」


 手慣れすぎてて現地人にしか見えない。

 私の返事を聞くと、アキラさんはふふっと微笑んだ。


「ならば頃合いですね。移動しましょう」

「観客席から離れるんですか? どこに行くんです?」

「あそこと、あそこです」


 アキラさんは、二つの場所を指さした。

 ひとつは、チケットを販売する窓口。

 そしてもうひとつは、ドラゴンライダー達のいる控え室の方だった。

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