第8話

 競竜場は、とても大きな円形の闘技場で行われている。


 元々は剣闘士や剣奴が殺し合いをするすごいやばい場所だったらしいが、大がかりな戦争が少なくなって平和になり「流石に殺人を見世物にするのはどうだろう」という至極もっともな意見が出てきて廃止された。


 その後、竜に乗って戦う竜騎士団の訓練所となったのだが、竜騎士も竜も戦場の華だ。たとえただ竜の背に乗って走るだけでも見る人を魅了する。何匹もの竜が競っているとなればなおさらだ。見物客が大勢集まった。


 そこで竜騎士団とその御用商人が組んで賭場を開き騎士団の運営資金の足しにしたことが、競竜場の始まりなのだそうだ。


 巨大な石の門をくぐって中に入れば、歓声や咆吼が容赦なく耳を襲ってくる。


「グオオオォオオ!!!!!」

「レッドアロー! 頼むぞ!」

「キャノンボール! お前にゃ今月の給金全部張ったんじゃ! 負けたら承知しねえぞ!」

「さあチケットはそろそろ締め切りですよー!」

「焼きポテトどうだい! 安いよー! ビネガーもバターも今日はサービスだ!」

「兄ちゃん、今晩どう?」


 これから始まるレースに目を血走らせてる人間もたくさんいるが、物売りやナンパも多い。人の声と竜の声、そして竜を盛り上げるためにドラゴンオーナーが雇った音楽家がラッパや太鼓ではやし立てている。少し離れた人気の少ないところでは静かだが、売れない画家が竜を描いていたり、酔っ払いが競竜を肴に酒盛りをしていた。


 石畳の雄大な建物は歴史と風格を感じさせる佇まいをしている。

 だがその中で繰り広げられているのはまさに猥雑の一言だった。


「いやはや、凄い熱気ですね。来た甲斐がありました」

「やっぱり王都の名物と言ったら競竜ですからね!」

「竜を見たのは初めてですが、馬よりも迫力がありますね……これは脱帽です」


 アキラさんは、丁度これから始まるレースの竜を紹介しているところに目が釘付けになっている。

 今紹介されているのはレッドアローだった。

 二足歩行タイプの陸竜で、赤く鋭い鱗を持ち、炎の吐息を吐き出す。速さ、体力、戦闘力、競竜で勝つために必要な要素を高レベルで両立させていて、王都のどの竜と比較しても一番人気となるであろう有名な竜だ。あまり競竜を見ない私でさえ知っている。

 今日はコンディションが良いのか、自分を自慢するかのように高らかに咆哮していた。


「竜の紹介が終わったら竜券の締め切りです。

 あと三十分くらいでレースが始まりますよ」

「なるほど、券はどこで買うんですか?」

「あの石壁沿いのところに窓口があるんです」

「なるほど、なるほど」


 アキラさんは興味深そうに、私が示した方向を眺めて微笑んでいる。

 私はちょっとイヤな予感がした。

 ここで金を稼ぐ発想をしても、徒労になることが多い。

 いや、徒労で済めば良いが、競竜場を警備してる騎士はけっこうおっかない。


「あ、あのー、アキラさん……スリとかチケットの偽造とか考えてませんよね?

 チケットは魔法で偽造防止してますし、窓口の人も見回りしてる騎士もかなり凄腕ですから止めといた方が良いですよ?」

「はは、まさかそんな恐ろしいことは考えていませんよ。

 ……で、もう一つ確認なのですが」

「あ、はい」

「チケットは、この競竜場の窓口でしか買えないんですね?

 場外では売ってない?」

「そうですね。外では売ってないですよ」

「予想屋とか竜券を代理で買う人とか、そういうことを商売にしてる人は居ますか?」

「券を代理で買う……? 忙しい人が誰かに頼むことはあるかもしれませんけど、代理で買うのを商売にしてる人ってのは知りませんね。

 あと予想屋って、つまり自分の予想で金を稼ぐってことですか?

 うーん……知ったかぶった人とかマニアの人とかは居ますけど、商売になるまでやってる人は居ないんじゃないかなぁ……」

「なるほど」


 アキラさんは、顎に手を当てて考える素振りを見せていた。

 心なしか、楽しそうに見える。

 何を考えてるんだろ……?


「まずは、下調べですね」

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