第28話

 いきますよ、とアキラさんが目だけで私達に語りかけた。

 私、ラングさん、エレナさんが頷く。


 始まりはラングさんだ。

 高らかな金管の音。

 行軍歌のように勇壮でありながら、どこか華やかな響き。

 竜が走り出す直前。

 これからレースが始まることを観客に知らせる音楽だ。


「おお……室内で聞くとまた趣が違うな」

「割と上手いじゃないか」


 客達の反応は良い。

 だが、


「これだけであの人形劇に勝てるか?」

「音楽と紙芝居、それと彼の演説か。まあ悪くは無いがそれだけでは……」

「音はデカいが全体としては地味だな」

「向こうに軍配が上がる」


 などとひそひそと会話している。

 ライバル業者の二人はラッパの響きに警戒を示したが、私達のやろうとしていることを見てほくそ笑んだ。

 アキラさんが教壇の上で大きな本のような紙束をまとめているのを見て、何が始まるか予想が付いたのだろう。

 まあ、そうだろう。

 ただの紙芝居ではあのリアルな人形劇に勝てない。


「それに紙芝居にしては少々飾りがお粗末だな。

 せめて額縁のようなものを……む?」


 客の一人……ラーディ先生が気付いた。

 私は、アキラさんの横で二冊目の大きな本を。

 さらに私の横に、エレナさんが三冊目の本を並べた。


 そして、三人同時に「ばっ!」と本をめくった。

 三冊の絵が横に繋がっている。

 繋がった絵には、全ての竜がスタートラインに並ぶ姿が描かれていた。


「ではこれより覇王歴172年、第12回陸竜走行競技大会……通称、昇竜記念の様子を報告させて頂くと同時に……」


 アキラさんは、そこで言葉を切った。

 皆、何が起きるのかと興味津々に耳を傾けている。


「高速紙芝居の実演をさせて頂きます」


 そしてアキラさんが本をめくると、一番の竜、ハリケーンモールの顔のアップが現れる。

 咆吼をしているときの顔だ。

 エレナさんの絵は写実的でよく特徴を捉えている。

 実は彼女の絵は、絵画的なデフォルメに乏しく芸術にうるさい人間にはあまり好まれていない。だが「記録」としては非常に優秀だ。どちらかというと学者肌の人間の方が彼女の絵を評価する。

 アキラさんと私はそこに目を付けた。

 競竜場の様子を知りたい客にとっては利点となる。


 ただし、弱点もあった。ダイナミックさが足りないのだ。

 これだけでは生々しく動く竜のミニチュアに勝てない。

 だから私達は、それを補う二つの要素を付け足した。


「……おお!」

「そうか、楽器の音で……竜の咆吼を再現しているのか!」


 まずひとつは音楽だ。

 ただ競竜場で流れる曲を演奏するだけではない。

 ラングさんがその場その場の状況に合わせた曲を演奏したり、ときには竜の声のような音を鳴らして臨場感を高める。そして、


「……ハリケーンモールは竜騎士団ヘンリー将軍の愛竜、タイフーンジョーカーの直径の孫にあたる竜です。既に当レースを見越した調整も完了している、勝算は十分とのコメントを頂戴しています。次は2番、アンコチャン……」


 今度は私がページをめくる。

 ハリケーンモールの顔のアップの隣に、丁度次に紹介する竜の顔のアップが並ぶ。

 アキラさんの演説に合わせて目まぐるしくページをめくる。

 ラングさんのラッパに合わせてめくる。

 めくるだけではなく、本そのものを激しく揺らしたり回転させたりする。

 その度に観客がどよめく。

 これこそが、アキラさんの世界のアーティストが発明した『高速紙芝居』だ。

 アキラさんの『すまほ』でこれを見せられたときは感動した。

 複雑怪奇な機械や、霊験あらたかな魔法に頼ることなく、常人がセンスを磨き上げることで実現できる、ユニバーサルな芸術だ。私達の目指すべき演出の極北がこれだと思った。アキラさんの世界でやれば二番煎じというかパクリだが、この世界では私達が初めての伝道師だ。


 ……まあ、うん、ちょっとだけずるい気はするけど。


「さあ、フラッグが上がりました!」


 レースのスタートをアキラさんが説明した。

 めくる。

 まためくる。

 私が本を持ったままアキラさんの右から左へと移動して、竜が追い抜いた様子を表現する。

 と思ったらアキラさんが今度はエレナさんの横に移動する。

 抜かされた竜が次第に後ろへと下がっていく様子を表現する。

 竜の顔のアップに、炎を描いて切り抜いたページを重ねる。

 竜が炎を吹き出して敵を妨害する様子を表現する。

 本を真横に放り投げる。

 竜がカーブを曲がりきれずに転倒した様を表現する。

 誰も予想していなかった5番シュガーコメットが最終カーブで差して竜群から抜き出た。

 恐らくは足を溜めていた。


「あー、くそ、ここで抜かされたか!」

「良いぞ! そこだ!」


 エレナさんがページをめくる。

 シュガーコメットがラスト直線を駆け抜ける。

 観客がどよめく。

 皆、私達のペースにはまった。

 絵や音楽を用意するのは大変だったが、それ以上によどみない流れで芝居を続けることが何より大変だった。

 アキラさんは台本を完璧に覚えている。私もところどころセリフがあり、アキラさんの演説にかぶせながら「アンコチャン、ここでスパートをかけた! シュガーコメットに食らいつく!」などと叫ぶ。自分の喉がかれていくのを感じる。

 でも何度も練習を重ねる毎に恥ずかしいとかそういう感情はとっくに消え去った。

 いやそれは嘘、やっぱり恥ずかしい。

 勢いがつきすぎて自分でもわけがわからないだけで、後から振り返ったら絶対に身もだえする。

 だけど、今はとにかく。

 頭に叩き込んだレースの流れ、演説の流れを……!

 完成させるんだ……!


「ゴール!

 一着は!

 アンコチャン!

 二着は僅差でシュガーコメットだ!」


 アキラさんが叫んだ瞬間、エレナさんがまた本をめくる。

 ゴールのラインに鼻先を伸ばしたシュガーコメットの絵を皆に見せつける。

 ラングさんが盛大なラッパを鳴らした。

 勝利のファンファーレ。


「おおー!」

「名勝負だったな! どこのオーナーの竜だ!」

「だからなんなのこれ!?」


 観客は喜び、騒ぎ、私達に銅貨や銀貨を投げる。

 痛っ、頭に当たった!

 ちょ、投げないで!

 おひねりは普通に寄越して!

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