第24話
競竜の仕事は割が良い。
金になる。
拘束時間は短くそれなりに自由にやれる。
だが、二つの不満がある。
一つは、練習できる場所が青空の下だけだということ。
今こうして打ち合わせしてるときでさえも、競竜場の裏側の空き地だ。
「お前なー、竜を目立たせるために俺達が雇われてるんだぞ!
お前が目立ってどーすんだよ」
そしてもう一つの不満は、俺が主役でないことだった。
こんな風に音楽隊のリーダーのおっさんが怒鳴ってしまうくらいには、俺は自分の音楽性を抑えて脇役にならなきゃいけない。
「ちょっとくらい良いじゃねえかよ!」
「良くねえ!
竜が吠えるよりもうるさくなってどーすんだよ!」
「好きに演奏して良いって言ったから雇われたんだぞ!
客だって喜んでる!」
俺――ラング=ラスタクルタは、元々こういう契約で雇われたラッパ吹きだ。
そこらの酒場に行けばすぐに客を集められるくらいの腕はあるつもりだ。
だがそれでも金は足りてない。
良い楽器を買い、腕を磨くためにはとにかく出費がかさむ。
金持ちのパトロンが居たり、宮廷に招かれたりでもすれば話は別なのだが、ああいうのはコネと身分の世界だ。腕が良いだけの平民が大金を手にするのは難しい。
だから、昼の仕事だって我慢せずにやってきた。
だからこそ、音楽の善し悪しがわからん連中にも届くように頑張った。
だというのに、リーダーはそれが不満だと言うのだ。
音楽家の風上にもおけねえ奴だ。
「そりゃ客は喜んでるさ!
ラング、てめえの腕は本物だ、認めるよ。
だがスポンサーが喜ばねえんだよ馬鹿!」
「ならスポンサーの前になんだって演奏してやるよ!」
「はぁ……もう良い! クビだ!」
「え、ちょ、待てよ!」
「知らん! もう来るなよ!」
「お、おい待てよ!」
俺はリーダーを追いかけて競竜場の控え室へと入ろうとする。
だが、
「そいつはもう部外者だ! たたき出してくれ!」
リーダーのその一言で、警備の騎士が槍を握った。
大きな体で俺の進路を防ぐ。
「おい待て!
俺のファンだって居るんだろう!
そんな簡単にクビに……!」
「馬鹿野郎! 俺ぁお前をクビにしろって話を止めてやってたんだぞ!
俺が見切りを付けたらそれで終わりだ!」
な、なんだって……!?
「良いか!
お前は主役じゃねえ!
主役しかできねえ音楽家はいらねえんだよ!
とっとと帰れ!」
◆
「あーあ……」
いきなり無職になっちまった。
また酒場で流れの吟遊詩人でもやるか……。
でもアレは酒を飲まされるんだよな。
下戸にはちょっとつらい世界だ。
せめて音楽院に入学して勉強できるくらい稼げてりゃなぁ……。
学費にあてるには今までの蓄えじゃ全然足りない。
俺の目標は音楽院を卒業して宮廷音楽家になり、この国の音楽界の頂点に上り詰めることだ。こんなところで足踏みなどしてられねえ。
「とはいえ、先立つものが無けりゃなぁ……」
身一つで田舎を出て、財産と呼べるものは楽器だけ。
競竜の音楽隊をクビになっても行くところなど無く、観客席の端っこの地べたに寝そべっている。よくよく考えたら今住んでる場所も、音楽隊のお情けで楽器倉庫の横に寝床を作っていただけだ。冬なら即日野垂れ死んでいたかもしれない。今は夏だから、三日四日はなんとか生きていけるだろう。それまでに次の寝床と職場を探さなくては。
「しかたねえ、酒場でも探すか……」
酒場で演奏していれば、客がケチでもメシにだけはありつける。
上手く行けば寝床も問題無く借りられる。
ただ、一つだけ問題があった。
俺は下戸なのだ。
飲まされるとすぐに寝ちまう。
それで懐を漁られたり楽器を盗まれたりしたこともある。
「えっと……そこの人、先立つものが入り用なんですか?」
「あん? なんだ?」
声を掛けられて振り向く。
そこには妙な女と男がいた。
女の方はわかりやすい。
魔法使い。それもまだ学生だろう。
みたところ貴族。
男の方はよくわからん。
商人のようでもあるし下級貴族にも見える。
女の従者だろうか。
「突然ごめんなさい。
私達はヘルムズベット。
ブックメーカーの仕事をしています」
「ぶっくめーかー……? なんだそりゃ?」
「競竜絡みの仕事です」
「競竜だぁ!? 今クビになったばっかだよ!
主役しかできねえ音楽家は楽団にいらねえだとさ!」
「楽団はそうだとしても、私達は主役の音楽家が欲しいんです」
と、女は曖昧な微笑みを浮かべながら言った。
「……ん? 競竜絡みの仕事じゃないのか?」
「競竜絡みです。でも、隣に居る竜を褒め称えるための音楽が必要なわけじゃないんです」
「……よくわかんねえが。
ともかくお前らは俺の音楽が欲しいと。
そういうわけだな?」
「報酬も用意しています。
今までほどの高給は難しいかもしれませんけど……。
あ、食事と寝床も用意します」
なんだこいつら……?
滅茶苦茶怪しい。
怪しいんだが……。
「……よし、とりあえずおごってくれ」
俺は腹が減っていた。
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