第23話
ライバル達がレースの実況を終え、教室は拍手に包まれた。
「いやあどーもどーも!」
実況演説をしていた少年は、おそらく私と同じくらいの年齢だろう。
そして間違いなく私と同じ、ここの学生だ。
金髪で、魔法よりも剣の方が強そうな大柄な体。
教室の外からでもよく聞こえる透き通った声。
この美声が曲者だ。
いや、それでもアキラさんだって負けてない。
説明力や奇妙奇天烈なボキャブラリーはアキラさんの方が遥かに上のはずだ。
「私達だって負けてませんよね、アキラさん!」
「いや、素晴らしい。脱帽しました」
アキラさんの方を振り向くと、彼は素直に賞賛しながら握手を求めた。
「おおっ、ありがとよ! 楽しんでくれたか!?」
「こんな演出方法があるとは思いつきませんでしたよ」
「いやーあんたらの二番煎じではあるんだけどな」
「観る人を魅了しているならばあなたの実力ですとも」
アキラさんと少年は握手しながら和気藹々と話す。
とてもなごやかな空気を醸し出していて……
「何やってるんですかアキラさん!」
「何やってるんだトライン!」
私が怒ると同時に、少年の側にいた少女が怒鳴った。
青い長髪に白い学校指定のシャツ。
宝石を埋め込んだややお高い感じの杖を握っている。
こっちは魔法使いらしい魔法学校の学生だな。
その子とお互いに目が合う。
なんか気まずい。
「あ、えっと、こんにちわ……?」
「は、はじめまして……って、そうじゃなくて!」
とりあえず挨拶したら少女の方が怒った。理不尽すぎる。
「あのなぁトライン。僕らは彼らの手口を盗んで客を奪ってるんだぞ。
そんな仲良くなんてしたらおちょくってると思われるだろう」
「あ、そっか。すまんなキトゥリス。忘れてた」
「……ったくもう」
なんだか怒るタイミングを逸してしまった感がある。
どーしよう?
と、思ってアキラさんをちらりと見る。
だが、アキラさんは予想外な言葉を呟いた。
「声高に広めるつもりもありませんが、真似ているという理由で怒るつもりもありませんよ。客を奪われたのはあなた方の演出が面白かったからでしょう。私も感心しました」
「あ、そ、そうなのか……?」
キトゥリスと呼ばれた少女が困惑してる。
そりゃそうだろう、普通なら怒るし。
「アキラさん、良いんですか!? これだと私達も商売あがったりじゃ……」
「ご主人様。新しい商売というのは遅かれ早かれ模倣されるものです。それに一時的に客を取られるにしても、市場が拡大している証拠でもあります」
「それはそうですけど……」
「悪いことばかりではありませんよ。まあ学校の中だけでは客の取り合いになってしまうから確かに頭の痛い問題ではありますが、学校の外に行っても十分客が取れる程度にノウハウは蓄積したでしょう?」
「あー……」
確かに。
金回りの良いお得意さんが居るから美味しい場所ではあるが、人数は限られている。
いっそ他の学校や繁華街などに足を運んで客を集めることも不可能ではない。
「それに、彼らは新たな商売の方向性を見出してくれました。
ならば我々も彼らから学ばせてもらうとしましょう」
◆
「学ぶって……真似するつもりかよ!」
アキラさんの言葉に、二人の少年少女は気色ばんだ。
だが、
「何か問題でも?」
アキラさんが問いかけると、少年の方は何か気付いたように言葉につまった。
「あー、いや……それもそうだよな……」
「おいトライン、何を納得してるんだ!」
「最初に真似した俺達が駄目って言う資格は無いし、どうしたもんかなと……」
「どうしたも何も、悩む必要なんてない!
僕の傀儡魔法がそう簡単に真似できるわけがあるまい!」
傀儡魔法……。
なるほど、あのキトゥリスという少女の魔法だったのか。
確か、特別な素材で作った人形を、自分の意志で自在に動かすという魔法だった。
とはいえ、学生程度の実力では複雑な動きや力強い動きは出せないし、出せたとしても魔力の効率が悪く他の攻撃魔法に取って代わるほどのスペックが無い……というのが通説だった。
だが今は、こんな風にエンターテインメントとして活用している。
魔法って色んな使い道があるものなんだなぁ……。
「その通り、私は魔法の専門家ではありませんからね。
ですが、魔法だけが演出力や面白さの根本ではありません。
あくまで手段に過ぎない」
アキラさんの語り口に、二人がやや気圧されている。
「そーよそーよ! 私達の実力、見てなさいよ!
次のレースでは私達の方が凄いものを見せてやるんだから!」
アキラさんが何を考えているかはわからないけれど、ここまでアキラさんが言っているのだ。きっと凄い考えがあるに違いない!
◆
「というわけで、アキラさん!
聞かせてください!
次はどんな素晴らしいアイディアがあるんですか!?」
「いえ、特には」
「えっ」
家に帰ってアキラさんに問いただしたところ、あまりにも意外すぎる答えが返ってきた。
「だ、だって!
なんか凄い自信満々だったじゃないですかぁ!?」
「自信満々というより、それ以外の方法がなかったというのが正しいですね。何の手立てもなくノミ屋を続けても客を奪われることは必至です。
では彼らに見習って、私達も新たなエンターテイメントを顧客に提供しなければならない」
「ま、まあ、確かに何もしないで儲けられるなんてうまい話はないですけど……」
「ええ。それにあのライバルのノミ屋によって、私達にとって足りないものが浮かび上がってきました。そこから考えて見ましょう」
「足りないもの……」
あの二人にあって私達に足りないもの。
それは……
「やっぱり、競竜を見てるってリアリティでしょうか」
「ですね。それがひとつ」
「他にもあるんですか?」
「私が思うに、あれは競竜のレースの再現でなかったとしても面白いんですよ。単独の娯楽として成立しています」
「ああ、確かに……」
ミニチュアの竜が動くのは、単純にそれだけで面白かった。
それに、魔法としてのオリジナリティもある。
魔法を研究する人間にとってはとても興味深く映っただろう。
「まずはその二点を念頭に置いて考えてみましょう」
「そうですね……」
うーん……そうは言っても難しい。
だが、方向性は示してくれた。ノミ屋のやり方はほとんどアキラさんが考えてくれたのだから、私も自分から考えて見なきゃ。そもそも私の学費の調達のためにやっているんだし。
ただ、私に足りていないものがある。学校の研究員のようなインテリさが無い。特に、芸術に対する審美眼が無いのだ。美術館などに行って古代の名画を見てもピンとこないし、観劇をするよりは娯楽本を読む方が好きだ。最近見て面白かったものなんて……
「……あ」
ちょっと思いついたことがある。
「どうしました、ご主人様」
「アキラさん、あの、こないだ見せてもらった『すまほ』、もう一度見せてもらっても良いですか?」
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