第26話

「では、私の主人にしてブックメーカー『ヘルムズベット』の代表、テレサ=ヘルムズ様よりご挨拶です。みなさん拍手」


 私の住む借家のダイニングで、ぱちぱちとまばらな拍手が響く。

 まあ私含めて4人だけだから仕方ないけど……。


「おほん! 私がテレサ=ヘルムズです。新入社員の皆様、よろしくお願いします!」

「ラングだ。ラッパ吹きだよ。よろしくな」


 金髪の長髪の少年がへらへらと返事をした。

 見たところ十五か十六歳くらいだろうか。

 私とあまり変わらなさそうだ。

 身なりはあまり綺麗ではないが、楽器だけは綺麗にしている。

 妙なこだわりを感じさせる青年だ。

 そして、


「エレナだ。仕事は格闘家。趣味は竜を描くこと。よろしく頼む」


 こっちは、質実剛健を絵に描いたような態度の女性だった。

 燃えるような赤髪、風格のあるマント。

 一見すらりとしているが、ちらりと見える二の腕からは相当鍛えてる雰囲気がある。

 私よりは年上、アキラさんよりは年下、といったところだろう。


 ともあれ、新たな私達の計画に必要な人間は揃った。

 在野にいる人間をスカウトするというちょっと無茶な行動を取ったが、意外とニーズに合う人というものは転がっているものだ。しかも都合の良いことに、二人とも「金が欲しい」とか「競竜に関わりたい」とか、こちらが用意できる要望を持っていた。


「んで、ラッパ吹きと格闘家を揃えてどうしようってんだ?」

「ああ、エレナさんは絵描きとして、です。ラッパ吹きと絵描き、その二人が必要でしたので」


 アキラさんが訂正しつつ答えた。


「報酬は欲しいけどつまんねえ仕事はごめんだぜ。たとえば貴族サマにおべっか使うとかよぉ」

「さて、面倒かどうかはわかりかねますが……ラングさんにお願いしたいことを一言で言えば、竜の居ないところで竜がそこに居るかのような、そういう音楽を演奏してもらいたいのです」


 アキラさんの説明を聞いて、ラングさんは黙った。


「最初俺のところに来たとき、競竜絡みって言ったな。つまり、その……」

「なんでしょう?」

「競竜がやってない場所で、競竜をやってるような気分にさせろ。そういうことか?」

「難しいですか?」

「……」


 ラングさんが黙った。

 が、突然自分のカバンを開いた。


「……くそ、紙がねえや。あるか?」


 あー、一応あったかな。

 新聞を作るためにたくさん購入してある。


「どうぞ」


 私は自分の書斎から紙を取って彼に渡した。

 すると彼は、何も言わずに何かを書き始めた。


「……もしかしてそれ、楽譜ですか?」


 私が尋ねると、ラングさんは私の方を身もせずに答えた。


「竜を客に紹介してるときのバックミュージックや勝ったときのファンファーレは嫌ってほどやってきた。簡単だよ。でも走ってるときの様子や吠えてる様子まで再現するとなると、そのための曲が欲しい……ちょっと吹いて良いか」


 ラングさんは私の答えを聞かずに軽く吹き始めた。

 うわっ、上手い。

 一流の音楽家は音合わせしてるだけでも上手いと言うが、作曲のためにいきなり吹いても「なんか違う」と思わせるものがある。


 ……でも、近所迷惑にならないかだけが不安だ。


「ふむ、ラングさんの方は問題無さそうですね」


 アキラさんが満足そうに呟くが、エレナさんの方はそれを見て若干引いていた。


「お、おい。私はこの男ほど器用じゃないぞ。絵だって趣味の範疇だ。絵画教室に一ヶ月くらい通っただけで、決まった師匠がいるわけでもないし」

「構いません、むしろ絵の方はこだわりが無いほうが助かりますから」

「どういうことだ?」

「どういうことだと思いますか?」

「競竜絡みで、絵と音楽が必要。競竜をやってるような気分をさせるとなると……」


 エレナさんは顎に手を当てて固まった。


「……わからん、頭脳労働は苦手だ。まさか紙芝居でもあるまいし」

「おお、当たりですね」

「はぁ……? 本気か?」


 エレナさんが訝しんでいる。

 実際、私が最初に考えたことはそれだ。

 音楽と紙芝居を使ってライバル達に負けない臨場感を出すこと。

 特に、競竜場で流れる音楽は競竜が好きならばきっと心に響くものがあるはず。

 そこで絵による説明とアキラさんの演説が加われば……。


 それで一度、紙芝居じみたものを作ってみた。

 迫力がまったく足りていなかった。

 ラングさんの音楽が加わっても、人形劇には勝てないだろう。


 私は悩み……そこで、アキラさんにお願いした。

 すまほの動画をとにかくたくさん見せてください、と。

 それを何時間も眺めた。

 ヒントになるものはないか、探し続けた。

 ヒントになるものはたくさんあった、というかありすぎた。

 あまりにも突飛すぎるものがたくさんあって、頭がこんがらがってきた。

 それでも、ようやく見つけた。

 私達にとって理解の外というほど遠くの距離には無く、だが私達が育ったこの国の文化にはまだ存在せず大きな驚きを得られるもの。ドラゴンの人形劇に匹敵するインパクトがあるもの。


 それを、これから私達が作るのだ。


「まず、エレナさんには竜を描いてもらいます」

「構わんが」

「それとは別に、背景だけの絵を描いてほしいんです」

「は?」

「他にも、竜の吐いた火だけの絵や、竜騎士だけを描いた絵なども欲しいですね。パーツごとの絵を描いて切り抜いてほしい」

「……すまん、言ってる意味がよくわからんのだが」

「大丈夫です!」


 私は声を張り上げた。


「仕事が進めば、何をやろうとしているかわかるはずです。どうか信じて」

「ま、まあやれと言うならばやるが……」


 エレナさんはそう言って画材を準備し始めた。

 さあ、ここから反撃開始だ。

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