囚われの勇者
臣下の報せを聞いたマトルクスは呆然としていた。
ヌビィデアは、そんな少年を叱り飛ばす。
「何を、ぼさっとしている! 詳細を報告させろ!」
「は、はい!」
マトルクスは臣下のそばに寄ると報告の詳細を求めた。
ヌビィデアはマトルクスと臣下に近づきつつ大きな声で弟子達に指示を出す。
「サリクスとアムディは装備を整えておけ! エスリー! 申し訳ないが今すぐメイドに連絡して二人を自分達の装備に着替えさせてくれ! あと俺の服を持ってくるようにも伝えてくれ! 繕い物の途中でも洗濯の途中で生乾きでも構わん!」
そしてマトルクスと共に臣下の報告を聞き終えたヌビィデアは、メイドに渡された繕いの終わったずぶ濡れの服を魔法で瞬時に速乾させると、それを身に纏い城の外へと向かうのだった。
◇
外に出たヌビィデア達はマトルクスの案内で邪神ギリンクスが復活した場所へと飛翔しながら急いで向かう。
報告によると、ギリンクスの封印を見張っていた警備兵達を革命軍の残党が急襲したとの事だった。
警備兵達は応戦しつつマトルクスに連絡と増援を乞う為に一人を伝令として逃した。
伝令が走って行く途中で背後から大きな雄叫びのようなものが聞こえてくる。
振り向くと既に遥か遠くの封印場所に巨大で異形な怪物の姿が見えた、との事だった。
「叔父上だって、ギリンクスの恐ろしさは知っている筈だったのに……」
マトルクスは口惜しそうに呟いた。
「つくづく阿呆な叔父上殿だ……直系で血が繋がっていなくて良かったな?」
「……三親等ではありますけどね」
ヌビィデアの冗談にマトルクスは、ようやく微笑みを返す。
現在、ギリンクスの元へと向かっているのは、ヌビィデア、サリクス、アムディ、マトルクス、エスリーの五人だけだった。
ヌビィデアはギリンクスがアルティエラ同様に精神支配能力を持っていた場合を考慮して、魔法抵抗力が高めの五人で先行する事にする。
マトルクスは自国の将軍へ魔法抵抗力が高めの兵士達に対魔法効果のある装備を着けさせて、後から進軍するように伝えていた。
「で、師匠! いったい、どうするんですか?」
サリクスがヌビィデアに尋ねてきた。
「どうって……取り敢えず偵察しか無いだろう!?」
「偵察……ですか!?」
「可能であれば……」
ヌビィデアは、そこで言い淀んだ。
「……可能であればギリンクスを倒して再度封印する! アティごと……」
「そんなっ!?」
何かを決意するヌビィデアの表情を見て、アムディは彼のアティに対する想いを悟り、エスリーは強く拳を握り締めた。
マトルクスはヌビィデアに尋ねる。
「もし、封印できなければ?」
「……悪いがマトルクス、その時は国と多くの民を捨てる覚悟をして貰うぞ?」
ミレニアムの全ての民が国から逃亡する必要性。
マトルクスは、ごくりと唾を飲み込んだ。
何人かは逃げられるだろう。
でも、全ては到底無理な話だった。
「見えてきたわ!」
アムディが前方を指差す。
「なんだ、あの巨大な花は?」
サリクスの目に映った者。
それは大きな一輪の花が咲いている巨大な薔薇だった。
高さはミレニアムの城よりも遥かに高く、棘の付いた太い蔓が小山のように盛り上がっている。
その周囲には人骨が散乱していた。
一人分の人骨が着ていた見覚えのある服を遠目に確認したマトルクスは呟く。
「叔父上……」
巨大な蛇のように太くて長い蔓が集まってできた小山の頂きに、成人男性の背丈の数倍はあろうかという大きな一輪の薔薇が真っ赤に咲き誇っていた。
(アルティエラは上半身は人間の女性で胴体から下が複数の蛇だったが……)
どことなく似ていると、ヌビィデアは思った。
(こいつが邪神ギリンクスか……)
ヌビィデアは邪神に近づき過ぎる前に空中で静止した。
他の者達も、それに倣って静止する。
……はずだった。
「エスリー!?」
アムディの驚くような叫びと共にヌビィデアの横を通って邪神へと真っ直ぐに向かう少女がいた。
「おい、止まれ!」
ヌビィデアの指示にエスリーは従わない。
「……チッ!」
ヌビィデアはエスリーの後を追った。
ほどなくして彼女を捉え足首を掴むと強引に引っ張り羽交い締めにする。
エスリーは叫んだ。
「離してっ!」
「なんだって言うんだ!?」
「あそこにいるのよ!?」
「あそこ!?」
ヌビィデアはエスリーの視線を追った。
するとギリンクスの花の中に人より少し大きいくらいの水晶のような物体が見えた。
コアである。
その中にいる人物。
それは当たり前のようにアティだった。
ヌビィデアは心臓を鷲掴みにされたような気分に陥る。
だが、かろうじて堪える。
ヌビィデアはエスリーに向かって叫ぶ。
迷いを振り払うように……。
「今、彼女は助けられん!」
本当は二度と、であるかも知れない。
しかしヌビィデアは、その言葉を飲み込んだ。
エスリーは振り向いてヌビィデアを睨む。
ヌビィデアは可能な限り優しく諭そうとする。
「邪神を倒して彼女を救っても魂のリンクが切れない限り意識は戻らない。邪神が復活すれば強制的にコアの中に転送される。もし彼女を邪神の魔の手から逃すとすれば……」
ヌビィデアは、自身の妹には遂に出来なかった事を口にする。
「邪神を倒した上で……彼女を殺すしかない」
エスリーの髪の毛が逆立つ。
信じられない者を見るような少女の瞳が、ヌビィデアの良心を射抜く。
「だが、そうした所で邪神は滅びない。すぐに復活して新しいコアを探し始めるだろう。封印が一番の最善策なんだ」
「……」
「今は堪えてくれ。俺の研究の結果次第では彼女をいずれ救う方法も見つか……」
「いやよっ!!」
尚も言う事を聞かないエスリーをヌビィデアは睨み返した。
イラついて自然と声を荒げてしまう。
「なぜだ! いったい、お前とアティにどんな関係が……!?」
「お母さんなのよっ!?」
その言葉にヌビィデアは驚く。
アティは勇者ではあるが間違いなく人間だった。
だがエスリーは魔族だ。
その事が意味するものは……。
ヌビィデアのエスリーを拘束する力が緩む。
エスリーは静かに彼の呪縛から逃れた。
寂しそうな表情で見つめてくる。
「ねえ……お父さん……どうして? どうして今までに一度も私達へ会いに来てくれなかったの?」
ヌビィデアは答えられない。
事実をありのままに受け入れられていなかった。
「私のせいなの……本当は私が我儘を言って……マトルクスのお母様に無理に彼と一緒に連れて行って貰って……でも、お母さんは忙しくて……腹が立っていた私は、うっかりマトルクスにケガをさせてしまって……」
エスリーの両目から涙が流れていく。
「この十年ずっと寂しかった……お父さんに助けて欲しかった……でも内戦のせいでミレニアムから出られなくなって……私もお父さんと一緒で、この国に閉じ込められて……だから、気持ちは分かるけど……でも……」
それでも来て欲しかった。
エスリーは声に出さずに呟いた。
呆然とするヌビィデアの前でエスリーは、決死の覚悟を表情に浮かべて、セベイジを自分の前に垂直に立てて構える。
「お母さんは、私が今助けます! もし失敗したら、その時は……」
そして、エスリーは微笑むと一礼をしてギリンクスへと向かって行った。
見送るヌビィデアの後ろから声をかける者がいた。
「すみません、お義父さん。秘密にするように固く口止めをされていたので……」
「……マトルクス」
「彼女独りで向かわせるわけにはいかないので、僕も行きます。もし僕らが駄目だったら封印を……それも駄目だったら民草の脱出を指揮して貰えますか?」
ヌビィデアは答えられなかった。
マトルクスに義父と呼ばれる事に現実味を感じなかった。
マトルクスは軽くお辞儀をするとエスリーの後を追った。
それすらも呆然と見送るヌビィデアの後頭部をど突く者がいた。
「今のヌーさん、だいっきらい!」
アムディは叫ぶ。
「本当は自分が一番にアティさんを助けたいくせに! どうして正直になれないの!?」
「しかし……」
「もういい! 二人に協力して私が助けるから!」
「おい、待て!」
アムディはヌビィデアの制止の声を無視して二人に向かって飛んだ。
「さてと、師匠……」
サリクスはヌビィデアの横に並んだ。
そして微笑む。
「俺も行きますわ」
「サリクス、お前まで?」
「大事な妹ですからね。無理そうだったら、あいつら三人まとめて投げ飛ばしますから撤退して下さい」
「……勝てるかどうか分からないんだぞ? もし、勝てたとしても……」
サリクスは歯を見せて飛び切りの笑顔を作る。
「だって師匠、自分の意志と考えで動くのが勇者なんでしょ?」
「それは……」
その通りだった。
サリクスはヌビィデアに敬礼をしながら離れていく。
「今まで、お世話になりました!」
そして邪神へと向かって行った。
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