四勇者の力

 アムディは笑顔から怒った表情に変わると、ズカズカとヌビィデアに向かって歩いてくる。

 そして、右手の人差し指で彼の胸を突いた。


「ヌーさんは、ここに残るの! いい!?」

「……はあぁ〜あ?」


(何を言い出すんだ、こいつは?)


「あたし、こういうの我慢できないの。なんで素直にならないの? どうして正直になれないの? アティさんの事、本当は離れたくないくらい好……もがもが」


 アムディは慌てたヌビィデアに口を塞がれる。

 アムディはヌビィデアの手を噛んだ。

 ヌビィデアは痛みで叫び声をあげそうになったが、何とか堪える。


 二人はアティに聞こえないように小声で会話し始めた。


「アムディ、お前には関係が無いだろ?」

「関係無くてもイヤなものは、イヤなの!」

「これは俺とアティの問題だ。大人が決めた事にガキが口を挟むな!」

「何が大人の問題よ! 単なるオジンのカッコつけじゃない!」


(……オジン!?)


 ヌビィデアはハンマーで殴られたようなショックを精神に受ける。


(こ、このメスガキ……いっぺん◯したろか!?)


 だが、ヌビィデアは努めて冷静に大きく深呼吸するような溜め息をつくと、懐から緑色に輝く宝珠を取り出した。


「なによ、それ?」


 アムディの質問をヌビィデアは華麗にスルーすると、サリクスの方を見た。


「サリクス、悪いが俺は先に戻っている……いや、ここでお別れだな」

「師匠?」

「俺は、このマジックアイテムを使って自分の塔へ帰還する。お前達は二人だけでセントラルに帰ってイントゥールに報告しろ。これも修行だ」

「ちょっ!? どういう事よ、それ!? ヌーさん!?」


 慌てるアムディと苦笑いするサリクスに、ヌビィデアは優しく微笑む。


「短い間だったが楽しかったよ。また、会えるといいな……さらばだ」

「……させないわよ!?」


 アムディは呪文を唱えた。

 ヌビィデアは身体を動かせなくなる。


(『神の戒め』か……母親ほどじゃないが、中々強力だ……拘束を解くのは難しく無いが……)


 宝珠の輝きが少し増す。


「あのなあ、アムディ……俺を動けなくした所で発動させたマジックアイテムによる跳躍の準備が止まるわけ無いだろう?」

「ぐぎぎ……」


 アムディは口惜しそうに歯軋りをすると、サリクスの方を振り向いて睨んだ。


「お兄ちゃん! なんとかしてっ!」

「えぇーっ!?」


 少しだけ悩んだサリクスは、取り敢えずヌビィデアの両足にしがみついてみる。

 ヌビィデアはジト目でアムディを見た。


「おい……このままだと俺はサリクスと一緒に帰還する事になるぞ? お前、独りで帰れんのか?」

「ぐぬぬぬぬ……」


 宝珠の輝きが更に増した。


 次にアムディはマトルクスを睨んだ。


「僕?」


 マトルクスは考えて何かを思いついたのか、呪文を唱える。

 ヌビィデアの周囲を黒いドームが覆った。


(ほう? 時間停止か……)


 ヌビィデアは感心したように笑う。


「時間稼ぎとしちゃ悪くないアイデアだが、残念ながら俺には効かんよ」


 黒いドームの中でヌビィデアだけがハッキリと見えた。

 彼の身体が鈍く黒い紫色に輝いている。


「時間停止は厄介な魔法だからな。予め服に対抗できる防御魔法をかけてある」

「今度、その防御魔法を教えて下さい……」


 マトルクスは、そう頼んで降参の表情になった。


 宝珠の輝きが、いっそう増していく。


「ねえねえ、エスリーは何か無いの? 何か無いの?」


 アムディは涙目になってエスリーの服の裾を引っ張る。


「え? ええ!?」


 エスリーは、とても困った顔をしたが取り敢えず呪文を唱える。


 ヌビィデアは涼しい顔でマジックアイテムの解説をし始めた。


「無駄だ……この帰還の宝珠は古代の魔道具でな。通常の転送魔法とは異なり、あらゆる障害や防御魔法を素通りして設定された目的地に向かって瞬時に跳躍できる。一度でも発動させたら誰にも止められな……」


 ズシン!


 突如ヌビィデアの身体が重くなり、彼の足元の地面が陥没する。


(な!? なんだ、これは!? 地面に向けて、あり得ないくらい強い力で引っ張られている!?)


 ヌビィデアはエスリーが、いつかの闘いにおいてアムディの間合いに入る手前でグンと加速した事を想い出す。


(あ、あれは身体強化魔法だとばかり思っていたが……まさか自分の身体にかかる重力の向きと強さを弄っていたのか!?)


 エスリーが使用したのは、重力をコントロールする魔法だった。


 宝珠の輝きが最高潮に達した。

 その瞬間にヌビィデアの髪が跳躍を始めたのだが、頭から下は重力に引っ張られていた。

 ヌビィデアの髪の毛が逆立ち物凄い力で地肌から引き抜こうとする。


「いたたたたーっ! おい、エスリー! 止めろ! その魔法を止めるんだ!」

「あーっ! 効いてる! 効いてる!」


 アムディは喜びの声で叫んだ。


「エスリー、もっとよ! もっと、その魔法を使い続けて!」


 エスリーは、こくりと頷いた。


「ば、馬鹿っ! 本当にやめろ! このままじゃ、俺は……ハ……ハ……」


 ヌビィデアは、その言葉を言うと本当にそうなりそうな気がして言えなかった。

 エスリーはヌビィデアに優しく微笑む。


「大丈夫……どんな頭になっても、大好きだから……お父さん」

「今さら、そんな娘としての愛情とか要らねーからっ!」


 ヌビィデアは一つになった魂の心の中で必死に呪文を唱えて自らの毛根にエネルギーを送り魔法で強化した。


 やがて宝珠の力が頭へと移動し、今度はヌビィデアの目と鼻と耳と口が引っ張られた。


 彼はツリ目になって、耳は上向きに尖るように伸ばされ、鼻の穴は大きく開き、口が閉じられたまま口角だけが上がり、顎がしゃくれているように見えた。


 アムディは腹を抱えヌビィデアを指差して嗤う。


「ぶわははははっ! ぶ、ぶさいくな、エルフみたいな顔になってるぅ!」

「こ、こんな顔をした、エ、エルフなんて、いない、と、思う」


 エスリーは魔法をかけ続ける為に右手を伸ばしつつも、左手を口に当てるとヌビィデアから顔を逸らしながら必死で笑いを堪えていた。


「ふぉ、ふぉまえら、はとで、へったい、ぶっとばひゅ!」


 無理やり口角を持ち上げられて喋るヌビィデアの言葉は、もはや何を言っているのか分からなかった。


 やがて宝珠の跳躍の力は腰に移り、強大な重力に対してヌビィデアの身体で綱引きを始める。

 ヌビィデアの腰に激痛が走った。

 遠のく意識の中で必死にあらゆる強化、防御、回復魔法を唱えながら、彼は思う。


(ああ……駄目だ……これは、死ぬ……死んでしまう)


 身体を引き千切られそうな痛みに涙するヌビィデア。


(まさか……こんな、くだらない事で……最後の魂を喪う羽目になるとは……)


 悔恨の一滴が彼の目尻から離れて飛んで行った。


 そして……。

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