畦道の轍

 そして、ヌビィデアは己が塔の入り口の前に立っていた。


 ヌビィデアは塔を見上げる。


 そして横を見ると、少し離れた場所で同じように塔を見上げるアティが立っていた。


 ヌビィデアは後ろを振り返る。


 少し離れた場所に口を開けて、目を大きく見開きながら塔を見上げているマトルクスがいた。

 その隣でエスリーが、ヌビィデアを見つめながら苦笑いをしつつ頬を右手の人差し指で掻いている。

 さらにその隣ではアムディが、横を向いて知らんぷりをしていた。


 ヌビィデアは足元を見る。


 サリクスがまだ、しがみついていた。


 ヌビィデアは呪文を唱え『神の戒め』の束縛を解き、筋力強化の魔法も使うと、サリクスを塔の入り口に向かって蹴り飛ばした。


「いってえぇーっ!」


 入り口の少し上の辺りにある塔の外壁にめり込んだサリクスは、激痛を感じて叫んだ。


 ヌビィデアは改めて後ろへ振り返ると、アムディを睨んで言う。


「おい、どうすんだよ? コレ」

「あたし、知らなーい」


 アムディはヌビィデアから顔を背けて答えた。


 結局、宝珠の力とエスリーの重力制御の魔法の綱引きは、重力の勝利で終わった。


 その結果、ヌビィデアが塔に向かって跳躍するのでは無く、塔の方からヌビィデアに向かって跳躍してきてしまったという結果になった。


 ヌビィデアはノーガードのように両手をだらりと下げて、呆れた眼差しでアムディを見る。


「いやいや、知らないじゃ無いだろ? おまえのせいで、こうなったんだろ?」

「あたしの魔法のせいじゃないもん」


 アムディはヌビィデアの方を見て、エスリーを指差しながら、そう答えた。


「ええぇぇーっ!?」


 初めて出来た同性で同年代の親友だと思っていた人物に、あっさりと裏切られたエスリーはショックを隠せなかった。


 マトルクスがヌビィデアに近付いて提案する。


「あの、どうでしょう? 元々、塔があった場所で同じ事をすれば、元通りになるんじゃないでしょうか?」

「いや、それは勘弁してくれ」


 ヌビィデアは、とても情けない顔つきになった。


 先程は意識が朦朧としていた中で、無我夢中でありとあらゆる魔法で綱引きに対抗していたヌビィデアだった。

 なにを、どうしていたから生き延びられたのか、ヌビィデアは何一つまともに覚えていない。


(たぶん同じ事をやられたら、次は間違いなく死ぬ……)


 残り一つの魂を大切にしたいヌビィデアだった。


「はあ〜」


 ヌビィデアは大きな溜め息をつくと、改めて塔を見上げた。

 塔の天辺の更に向こうに流れゆく雲が見える。

 まるで、これが天命だと言わんばかりに大きくて真っ白な雲だった。


 ヌビィデアは昔、高い塔の最上階から青い空を流れている雲を見て、その自由を羨んだ記憶を想い出した。


 今にして思えば、やろうとさえ思えば、自分は最初から自由だった。


 世界中の人々に贖罪はしなければならないし、邪神対策の研究は、アルティエラの呪縛から解き放たれた彼にとって望むべきライフワークだった。


 自分から進んでしていた事だが、それはアティよりも重要で優先するような事だったのだろうか、と今にしてヌビィデアは思う。


 結局、彼女を救う為には今までの研究の成果が必要だった。

 だから、これまでに自分がしてきた事は、まったくの無駄では無い。


 ヌビィデアは、そう思いつつも雲を見ながら段々と何処か晴れ晴れとした顔になる。

 身体中を縛っていた見えない鎖から解き放たれたような気分だった。


 そんな彼の服の裾を掴んで引っ張る者がいた。


「お父さん……」


 エスリーだった。

 何かをせがむような、望むような、そんな切ない表情をしていた。


 すぐそばまで近付いていたエスリーの頭に、ヌビィデアは片手を置いて呟く。


「オジンのカッコつけは、やめだ」


 ヌビィデアはエスリーの頭を二、三度だけ撫でると、アティの方へと歩いて行った。


 アティはボーッと塔を見上げていたが、ヌビィデアの接近に気がつくと顔を向ける。


 ヌビィデアはアティに伝える。


「アティ、俺は君の事が好きだ」

「ありがとう、ボクもだよ」


 即答だった。


 しばしの沈黙が訪れる。


 ヌビィデアの後ろからヒソヒソとした話し声が聞こえてくる。


「伝わってないんじゃない?」

「……だろうな」

「ですね……」

「……お父さん……」


 ヌビィデアは目を閉じて一つだけ咳払いをすると、アティを見つめ直して言う。


「違うんだ、アティ」

「なにが?」

「ただ、好き、なんじゃないんだ、その……」

「?」

「あ……」

「あ?」

「あい……」

「あい?」


(あいつらが後ろからニヤニヤしながら見ているのを感じてしまう)


 それはヌビィデアの被害妄想では無く、実際に四人の子供勇者達はニヤニヤと後ろから見物していた。


 ヌビィデアは深呼吸をすると真摯な瞳でアティを見て……。


「愛しているんだ」


 ……言ってしまった。


 その三秒後にアティの顔が真っ赤に染まる。

 彼女は身体が固まったままでカタカタと震えながらヌビィデアに尋ねる。


「そ、そそ、そそそれで?」


 ヌビィデアは答える。


「アティ……君と俺の進むべき道は確かに異なる道だと思う」


 ヌビィデアは右手を少しだけ上げると、手の平を上に向けて、そこに何かを手にしているかのように見つめる。


「俺は君が自分の道を迷いなく突き進んで欲しいと思うし、俺の道は俺自身が歩きたいから歩いているし、また歩かなければならない道だ」


 そして右手を握って拳を作る。


「けれどもし……もし、俺と君の道の行く手が同じ向きで、とても近い隣同士で続いている道であるのなら……」


 ヌビィデアは微笑みながらアティに向かって拳を突き出し、ゆっくりと開いた。


「俺は……君と手を繋いで互いの道を歩んで行きたい」


 アティは、その開かれたヌビィデアの手の平を見つめる。


「ボクは……キミの事を、宿敵というか、親友というか、そんな風に思っていた」


 アティも、また右手を上げてきた。


「だから、お互いの道を行く為に、しばしの別れも仕方がないと……寂しかったけど、キミの夢の邪魔になりたくなかった」


 アティは頬を紅潮させる。


「だけど、うん……愛している……愛しているか……それならボクも一緒にいたいな……」


 ヌビィデアの差し出した右手をアティは、しっかりと掴んだ。


「ボクも……ボクも、ずっと愛していたよ。ヌビィデア……」


 その言葉を聞いたヌビィデアは、右手に強く力を込めてしまう。


「いたっ!? 少し痛いよ、ヌビィデア……」

「……あ……ああ、済まん……」


 ヌビィデアは力を緩める。

 しかし、アティの手を離そうとはしなかった。


 サリクスとマトルクスがハイタッチをする。

 アムディとエスリーは両手を握り合わせて、相手の笑顔を見ながら喜びあった。


 ◇


「それじゃあ、お父さん、お母さんをよろしくね?」


 エスリーがそうお願いをすると同時に、四人の勇者達は青空に向かって高く舞う。


 頷くヌビィデアと手を繋いでいるアティは、その四つの流れ星のような光りを見送った。


 やがて四つの光りは、二つずつ二手に別れて雲の向こうへと溶け込むように消え去って行く。


 まるで自由な雲の仲間達であるかのように……。


(終)

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隠居魔王の成り行き勇者討伐 倒した勇者達が仲間になりたそうにこちらを見ている! ふだはる @hudaharu

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