アティ
「ヌーさん!」
ジログが降臨したせいで木々が潰れてしまった森だった場所の地面に着地したアムディは、先に落下していたヌビィデアへと駆け寄った。
彼女が叫んでも彼の反応は無かった。
サリクスもマトルクスも着地して、エスリーは母親を抱きかかえながら少し遅れて降り立つ。
その頃にはアムディが、ヌビィデアの身体を揺すっていた。
「ねえ? ねえ、起きてよ!? 嘘……嘘でしょ!? ヌーさん! 死なないでよ!」
反応しないヌビィデアの胸に顔を埋めて、アムディは涙をこぼした。
そんな彼女の脳天に寝ながらチョップが炸裂する。
「生きとるわ、勝手に殺すな」
ヌビィデアは目を開けるとアムディを見た。
「……ぬぅさあぁん……」
嬉しいような、騙されて悔しいような気持ちが入り混じりつつも安心するアムディ。
「俺一人分でお釣りが来るって言ってただろう?」
「聞こえないよぉ、そんなの……」
ヌビィデアは上半身を起こしたが、アムディは抱きついたまま離れようとしなかった。
近づいて来たマトルクスがヌビィデアに問う。
「ジログが要求した魂は、五人分では無かったのですか?」
ヌビィデアは不機嫌な顔をする。
「おまえらの魂と俺の魂を一緒にするな、アホゥ!」
そして笑った。
「俺の魂一つとお前たちの魂を合わせたよりも、俺の魂を五つ分合わせた方が、少しだけ価値があったってだけの話だ」
さらに苦笑いへと移る。
「もっとも、この残り一つの魂も寿命を迎えた後にジログに喰われる予定だけどな」
「そんな……それじゃ……」
サリクスは哀しそうにヌビィデアを見る。
「お前が、そんな顔をするな。元々、輪廻で前世の記憶を持ったまま転生できる魂なんて希なんだ。喰われるのも死んで生まれ変わるのも大差ない。ましてや魔族は長命種族なんだ。お前らより長生きしてやるさ」
「私よりも?」
微笑んで尋ねるエスリーに、ヌビィデアは自信満々に頷いて答える。
「当、然、だ」
ヌビィデアはエスリーが抱いているアティを見た。
アティは、まだ目覚めてはいない。
「それに、俺は一度アティと闘った時に魂を一つ失っている。俺という存在が完全に輪廻転生の輪から外れたわけじゃないさ」
エスリーは静かにアティを横たえる。
ヌビィデアはアムディを振り払い、立ち上がってアティに近づくと、跪いて彼女の額に右手を当てた。
そして、一つだけになった魂の心の中で呪文を唱える。
アティの額が白く輝くと、彼女の瞼が震え、ゆっくりと目が開き、瞳に生気が宿った。
「ごめん……ヌビィデア……偉そうな事を言っておいて……迷惑をかけたね」
「いいや、こちらこそ……遅れて済まなかったな」
ヌビィデアは、そう言ってアティの額を優しく撫でた。
「アティ……これから、どうするんだ?」
差し出されたヌビィデアの手を取って、アティは立ち上がった。
彼女は周囲を見渡す。
ギリンクスが復活したであろう場所に沢山の人骨が見えた。
「……この国に来たボクに優しくしてくれた村があった。その村で家を借りて、エスリーを産んで、この国に邪神の封印場所が無いかどうかを調べながら暮らしていたんだ」
アティは涙ぐむ。
「出産の時も村の人達が手伝ってくれて、もちろんフードゥ達も心配して駆けつけてくれた。それなのに、その村の近くで邪神の封印を探し当ててしまったばっかりに、村人達はギリンクスの血肉にされて、村は滅んでしまった。邪神のコアの中にいたから周りの状況を知る事はできたけど、誰も助けられなかったんだ」
アティはヌビィデアを見つめる。
「それでもボクは別の封印の在り処を探して旅に出るよ。そして封印の状態を調べて、二度とこんな悲劇を起こさせないように厳重に封印を強化したい。人々が邪神の存在を知ったとしても安心して暮らせる世の中を作りたい」
再び人骨が散らばっている場所へと視線を戻す。
「でも、しばらくはこの国に留まって全ての犠牲者を埋葬して墓を建て、弔うつもりだよ。ボクが住んでいた村も内戦のせいで手付かずの状態だし……」
「なら、それは俺も手伝……」
ヌビィデアの口にアティは、人差し指を立てて当てる。
「キミは塔に戻って邪神対策の研究を続けて? それがボクの願いだ。ここはボクに任せて、キミはキミの道を歩んで欲しい」
エスリーが一歩、二人に近づく。
「それなら、私が代わりに……」
「ダメだ!」
アティはエスリーに顔を向けて強い口調で否定する。
「ギリンクスの中でボクは周りで何があったのかを知る事ができた。エスリーは女王になったんだろう? この国は内戦の傷跡から未だに立ち直ってはいない。ボクの事を手伝う余裕は無いはすだ」
エスリーは何も言えなくなってしまうと、唇をキュッと噛み締めた。
「この国の生き残った人達で、また昔みたいな暮らしを取り戻して欲しい。誰もボクを手伝う必要は無い。ここはボク独りで充分だから……」
ヌビィデアは目を閉じて深呼吸するかのような溜め息をつく。
そして、アティと真っ直ぐに見つめ合った。
「……分かった。何かあったら教えてくれ。今度は直ぐに駆けつけるから……」
「ありがとう……必ず、そうするよ」
ヌビィデアは別れの挨拶に片手を挙げて、アティに背を向けた。
その行く先にサリクスとアムディがいる。
「……じゃあ、行くか? イントゥールにも今回の件を報告せにゃならんしな」
「……師匠、本当にいいんですか?」
何とも言えない顔のサリクスに対して、ヌビィデアは頷く。
「ああ……別に今生の別れってわけじゃない。会おうと思えば、いつだって会えるさ。俺は彼女の進む道を尊重したいし、彼女の為にも俺の通るべき道を行くだけだ……」
「師匠……」
自分よりもつらそうなサリクスの肩を、微笑みながらヌビィデアが叩く。
そして、ヌビィデアはアムディに視線を移した。
「帰るぞ、アムディ」
アムディは、にっこりと微笑みながら答える。
「絶対に、イ♡ヤ♡」
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