冥界神ジログ
ヌビィデアは四人とギリンクスの戦いを見つめていた。
(四人とも良く戦っているが……)
だがアティを救う事は元より邪神を倒す所までいくのも、このままでは難しそうだった。
それでもヌビィデアは、彼らを羨ましく思う。
(若いよな……)
かつて、アルティエラに操られる様になる以前の自分は、どうだっただろうか?
彼らのように向こう見ずな所が、あったのではなかろうか?
ヌビィデアは口の端を吊り上げる。
(ガキどもが……)
ヌビィデアは四人の元へと向かった。
◇
エスリーの頭に声が直接、響いていた。
『シッテイル……コノ、オンナノ、キオクニ、アル……』
「うるさい!」
『ムスメ……ハハ……』
「だまれ!」
『ハハハハ……ハハハハハハ……ハハハハハハハ』
ギリンクスの精神支配攻撃である。
通常の状態のエスリーなら大丈夫な筈だった。
だが、興奮と焦りと疲労から徐々に心が邪神に蝕まれていく。
それでもエスリーは、コアを破壊してアティを助け出そうと、襲い来る蔓を飛びながらかいくぐり剣を振るった。
『ムスメ……ヤイバヲ、ムケル、アイテガ、チガウ』
エスリーは自分の身体を次第に重く感じるようになる。
『ハハヲ、タスケタクバ、ワレニ、シタガエ』
「くっ!?」
エスリーは呪文を唱える。
セベイジが白く輝いた。
彼女は剣を掲げて遠距離からの攻撃魔法を邪神に叩きつけようとする。
だがギリンクスは、わざと花の中心をエスリーに向けてコアの中身を彼女に見せた。
一瞬だけ動揺したエスリーの心に大きな隙が生じてしまう。
「うあっ!?」
エスリーの身体は彼女の言う事を聞かずに、ある方向へと身体を向け直した。
その方向ではアムディが、必死に邪神の蔓を斬り落とし続けている最中だった。
「や、やめ……」
悲痛な表情でエスリーは首を横に振る。
しかし彼女の意志から離れた身体は、アムディ目掛けて魔法を放つ為に剣を振り下ろそうとした。
しかし……。
「えっ!?」
エスリーは力強く大きな片手に肩を掴まれ引っ張られる。
剣から放たれた三日月状の白刃は、アムディではなく天に向かって飛んで行った。
その片手を通してエスリーの身体に何か優しげな魔力が流れてくる。
もう、彼女にギリンクスの声は聞こえなかった。
エスリーは片手の主を確認しようと振り向く。
そこには厳しい表情のヌビィデアがいた。
彼は尋ねてくる。
「母親を助けたいか?」
エスリーは頷いた。
「今すぐにか?」
「……はい」
エスリーは返事をした。
「何があろうともか?」
「はいっ!」
エスリーは叫んだ。
「……分かった」
ヌビィデアは優しく微笑み、そう告げるとエスリーを軽く押して離した。
そして四人に指示を出す。
「俺は、これから召喚術の詠唱に入る!」
ヌビィデアの背後に大きな黒い霧の球体が現れる。
「この術を完成させるには俺の魔力だけでは足りない! マトルクスは俺の背中の黒い霧を目掛けて雷系の攻撃魔法を撃ち続けろ!」
「分かりました!」
ヌビィデアに指示されたマトルクスは、攻撃魔法の呪文を詠唱し始める。
「残りの三人は、俺が詠唱の邪魔をされないようにギリンクスの攻撃を防いでいてくれ!」
「はい!」
エスリーが迷いの無い返事をした。
「了解!」
アムディはヌビィデアを見て微笑む。
「承知!」
サリクスは真剣な表情で邪神に向けて剣を構えた。
危険を察知したギリンクスが、ヌビィデアに向かって蔓を伸ばしてくる。
三人は、それらを的確に斬り落としていった。
「ふう……」
ヌビィデアは呼吸を整えると詠唱に入る。
第一の魂が心の中で召喚術を唱え始める。
残りの四つの魂が、その詠唱を高速化する呪文を立て続けに唱える。
「凄い……」
マトルクスは稲妻を黒い霧にぶつけながら驚愕する。
自分が魔力を供給しているにも関わらず、ヌビィデアの魔力量が物凄い勢いで減っていた。
「いったい……何を呼び出すつもりなんだ?」
ギリンクスから見てヌビィデアの後方の山の中腹を覆うように巨大な魔方陣が敷かれていく。
地響きが起こると、鳥達が一斉に羽ばたいて逃げ出した。
やがて山の裾野から山頂に向かって、中腹に描かれた魔方陣を割って、ゆっくりと五本の尖塔のような物が突き出てくる。
その五本の尖塔を支えるように巨大な何かが、地面の中からせり上がってきた。
召喚に、ほぼ成功したヌビィデアはほくそ笑む。
「目には目を……歯には歯を……神には神をってなあ!」
古代の魔導師が千人の弟子を伴って三日三晩の詠唱の後に召喚に成功した神を、ヌビィデアは五分ほどで迎え入れる事に成功した。
その神は巨大な黒い左手の姿をしていた。
サリクスは、その神を仰ぎ見て呟く。
「あれは……まさか……冥界を統べる王……輪廻転生を司る神……ジログ……?」
かつて彼が見た、神聖国家セントラルに所蔵されている神話の風景を描く巨大な絵画にあった姿そのままに、冥界神ジログは現れた。
左手は大地を抑えるかのように倒れ込む。
各指の第二関節の辺りに閉じられた五つの瞼と、手の甲に更に巨大な一つの閉じた瞼があった。
中指の瞼が、ゆっくりと開く。
『斬』
逞しそうな男の野太い声が、五人と邪神の魂に響いた。
その大きな瞳が青白く輝いた瞬間に、ギリンクスの蔓が全て細切れにされる。
邪神の痛みを感じているような悲痛な咆哮が、周囲の空気を震わせた。
さらに薬指の目も開かれた。
『砕』
細切れになった蔓、大輪の真っ赤な花を支える茎、そしてその綺麗な花の順に、ギリンクスの身体は崩壊し、塵と化していく。
そして最後に残ったのはコアだけだったが、それも砕け散った。
ヌビィデアは叫ぶ。
「エスリー! アティを頼む!」
エスリーは既にアティに向けて真っ直ぐに飛んでいた。
煌めく塵の中から落下していくアティをエスリーが受け止める。
「……お母さん……」
エスリーは、しっかりと母親を両手で支えると涙ぐむ。
コアがあった場所の中心には、まだ青白く輝く光が存在していた。
邪神ギリンクスの魂である。
余りにも霊力が強い魂は、その存在を視認できる程の輝きを放っていた。
ヌビィデアの頭の中に邪神ギリンクスの声が響く。
『ナンダ……メイカイノ、カミノチカラヲ、カリテマデ、ソノオンナヲ、トリモドシタカッタノカ?』
ギリンクスはヌビィデアを嗤っていた。
『ムダダ、タトエ、ジログノチカラデ、ワレノカラダヲ、ケシサッテモ、ソノオンナト、ワレノツナガリハ、タチキレヌ』
邪神の魂の輝きが揺らめく。
『ワレハフシ、ワガタマシイニ、リンネノソクバクハナイ。ナニモノモ、ワレヲホロボスコトハ、カナワナイ』
ヌビィデアは真摯な表情で語り始める。
「古代の大魔導師イルピーダは高位の邪神を封じ込める手段を探して、ある神話に辿り着いた」
ヌビィデアはジログをギリンクスに見せつけるように、ゆっくりと自分の高度をあげる。
「冥界神ジログには不満があった。輪廻転生を司る神に自分を据えておいて何故、創世神はその輪から邪神どもを外し自由にさせておくのかと……その理由はイルピーダにも調べきれなかったが、創世神は冥界神とある取引をしていた事を彼は見つけた」
手の甲にあるジログの瞼が開き始める。
中央に瞳があるのだが、その周囲に生えているのは、まつ毛では無く……歯だった。
「不満をぶつけてくる冥界神をなだめる為に創世神はある約束をした。もし、この世界の生き物達が己の命を賭けて邪神の消滅を望むなら……その邪神の魂と同等の霊力分の魂を捧げると誓うなら……双方の魂を喰らい尽くしていいと……」
ヌビィデアは目を閉じて両手を合わせる。
まるで鎮魂の為の祈りを捧げているようだった。
「イルピーダはその神話に縋って、ある魔法による作戦を実行した。高位の邪神と同等の霊力分になるよう魂を揃えるため志願者を募った。その数、およそ一千人……全員が彼の弟子だった。みんな妻や子供、家族や恋人、大切な人々を高位の邪神に殺された者達だ。魂が食われて消滅する事は、二度と輪廻転生できない事を意味したが、彼らに迷いは無かった」
ヌビィデアは嗤う。
「かくてイルピーダと、その弟子達によって高位の邪神は魂ごと消滅した。俺は、これと同等の召喚術を……ギリンクス! 貴様相手に使った!」
ヌビィデアは目を開く。
「冥界神ジログの要求してきた魂は、俺とサリクスとアムディとマトルクスとエスリーの五人分! だが、俺の残りの魂五つで代用するように話しはついている!」
ヌビィデアの顔は、とても楽しそうに歪んでいた。
「邪神ギリンクスの魂は、俺一人分で釣りが出るらしいぞ!? 随分と、やっすい魂だなあ!? ええっ!? 低・級・神さんよおぉ!?」
ヌビィデアは大きく口を開けて大声で笑う。
「うわははははっ! わーはっはっはっはっは!」
両手を突き上げ天を仰ぎ見て、瞳を邪悪に輝かせて、顔を歪め愉しそうに哄笑するヌビィデアの姿は、まさしく魔王そのものだった。
『キサマアアァァーッ!』
魔法抵抗力の低い者なら即死する筈の邪神ギリンクスの魂の絶叫すら、ヌビィデアは心地良く感じていた。
『滅』
ジログの手の甲にある瞳が、青白く光り輝いた。
ギリンクスの魂の外側から削られるように光の粒子が放射され離れていく。
それはジログの手の甲にある巨大な瞳の奥へと吸われていった。
『イヤダ! オレハカミニナルンダ! ナニガ、ソウセイシンダ! ナニガ、メイカイシンダ! オマエタチダッテ、モトハ、ジャ……』
邪神ギリンクスの魂は、そこまで言い掛けた瞬間に、その全てをジログに吸われ完全に消滅した。
そして、ヌビィデアの身体からもギリンクスの魂と同じ輝きが数個、ジログの手の甲にある瞳へと消えていく。
ヌビィデアは眠るように目を閉じていった。
召喚術の全てが終わると、ジログは満足そうに地の底へと再び潜って行ってしまった。
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