DTな皇帝

 マトルクスの尋常じゃない魔力量に気がついたヌビィデアは、サリクスとアムディに指示を出す。


「こいつの相手は俺がする。雑魚は二人に任せる。なるべくなら殺さないで欲しいが、自分達が危険だと思ったら遠慮はするな」

「了解!」

「承知!」


 アムディとサリクスは周囲へと散って行った。


 マトルクスはヌビィデアを睨む。


「革命軍の残党? 見ない顔だ。新しく雇われた傭兵か何かか?」


 そう問われてヌビィデアは今更イントゥールに頼まれた用事を思い出す。


「いや、違う違う。俺たちはだな……」

「黙れ、口を開くな、エロガッパ」


 極東の島国の著名なモンスターの名前を出されたヌビィデアは固まる。

 彼は歳のせいか最近、自身の頭髪の薄さが気になっていた。


「自分から尋ねておいて何だその言いぐさは!?」

「貴方が何者であろうと、どうでも良くなった……私の妻のあられもない姿を覗き見た罪、万死に値する」

「なら、こんな所で全裸で水浴びさせずに自宅の風呂にでも入れておけ!」

「この森は私達の城の庭にあたる。侵入者に命令される謂れは無い」

「……なんだと? じゃあ、お前は……」


 ヌビィデアの疑問に答えるかのようにマトルクスは名乗る。


「私の名はマトルクス。このミレニアムの皇帝だ。もっとも即位したばかりで、臣下はいまだに英雄とか勇者とか呼んでいるが……」


(こんな少年が皇帝?)


 驚いたヌビィデアだったが、慌ててイントゥールから預かった親書を取り出そうとする。

 しかし、それはマトルクスの攻撃魔法によって中断された。

 彼の指先から放たれた細い水の柱がヌビィデアを横切る。

 ヌビィデアの服にかかった防御魔法は、その水圧による攻撃をものともしなかったが、周囲の草木は真っ二つに斬られた。

 マトルクスは警告を発する。


「妙な動きをすれば殺すぞ。この、どすけべエロエロ覗き魔族が……」


 ……ぷちっ!


 ヌビィデアの中で何かが切れた。


(あーもう……イントゥールからの頼まれ事とか、どうでもいーや)


 こらぁ! と怒っているイントゥールの姿がヌビィデアの頭の中で想像されたが、彼は脳みその片隅に追いやった。


(このクソガキの躾が先だ)


「皇帝だかなんだか知らないが聖人ヅラして生意気な子供だな。どうせお前だって覗こうとしていたから近くにいたんだろう?」


 マトルクスの顔が何故か赤くなる。


(あれ? もしかして図星か?)


「うるさい! ぼ、僕だって、まだそんなに、しっかり見た事ないのに! なんで、お前らみたいなのが!」


(……僕?)


「は? おまえら夫婦なんだろ?」

「……だって……エスリーねーちゃんが……明るいのは恥ずかしいからって……ランプの灯りをつけさせてくれなくて……だから、どこだか分からなくて……まだ……」


(……まだ?)


 ヌビィデアは、その言葉の意味を考え思い当たる。

 そして口に手を当てた。


「……ぷふっ!」

「笑うなぁ! ちくしょう、このクソジジイ! ぶっ殺してやるぅ!」


 マトルクスが呪文を唱えると彼の両手の間に電光が走った。

 その中心から稲妻がほとばしりヌビィデアを狙う。


(魔法の威力と殺意だけは本物とは……子供でも革命軍と戦ってきた皇帝には違いない、か?)


 ヌビィデアの手の平のやや前に黒い煙のような球体が現れる。


(しかし普通は殺さずに捕らえて情報を引き出すもんだが……案外、本当に怒りで我を忘れているのかもな)


 稲妻は草を焦がし地面を穿ちながらヌビィデアに迫る。


(自分の領地である森の中で雷系の攻撃魔法とか正気の沙汰じゃないな……もっとも、火系で無いだけマシか?)


 マトルクスの稲妻はヌビィデアに直撃する寸前で黒い球体に吸収される。

 しばらくすると、黒くて丸い煙の塊からマトルクスに向けて稲妻が放たれた。


 彼は背にしていたマントを翻すと、その反撃を防ぐ。


「魔法を反射する魔法!? 僕の知らない魔法!?」


 マトルクスは少しだけ狼狽えたが、すぐに嗤った。


「あんたの魔力量は見えている! 恐ろしい規模だけど僕の方が多い! そんな反撃が、いつまでも続けられるものか!」


 彼は更に雷系の魔法を使い続けた。


 ◇


「これで、終ーわりっと!」


 ヌビィデアとマトルクスの戦場から少し離れた場所で行われていた、雑魚とアムディやサリクスの二人による闘いは既に決着していた。


 二人は自分達の相手が皇帝の親衛隊だとは知らなかった。


 アムディは自分が倒した相手を、ゆっくりと丁寧に地面に置く。

 そこには、その倒された女性を含めて七人の皇室親衛隊の兵士が横たえられていた。

 男が四人に女が三人。

 全員、気を失っているだけである。


「意外と手こずったな」


 サリクスが兵士達を見下ろしながら、そう感想を述べた。

 アムディも同意する。


「うん、やっぱり気迫が違うっていうか。自分達が死ぬ気で主人を絶対に守るんだって感じで、油断していたら危なかったわ」

「主人か……あの少年と少女は何者なんだろう?」

「案外あの城に住む、この国の王様と女王様だったりしてね」

「まさか! でも、だとすると手強かったのも納得できるな……」


 サリクスとアムディは荷物入れから細くて丈夫な紐を取り出す。


「アムディ、俺が縛りあげておくから師匠の様子を見てきてくれ」

「二人でやった方が早いよ? それから一緒に応援に行った方がいいんじゃない?」


 サリクスは真剣な表情になる。


「なんだか嫌な予感がするんだ。ここは一人でも大丈夫だから、先に行ってくれ」


 アムディは親衛隊の女性を見る。

 三人ともスタイルが良く、おっぱいが大きかった。


「……やっぱり女の人達は私が縛ってから行くわ」

「……信用無くなちゃったなあ……俺」


 サリクスは項垂れると、二人で親衛隊達を拘束し始めた。


 ◇


 皇帝マトルクスは焦っていた。


「なぜだ!? どうして!?」


 ヌビィデアは彼のあらゆる攻撃魔法を黒い煙の球体で防いでいる。

 それだけでは無く、隠居魔王の魔力量はわずかしか減っていない。

 ヌビィデアは余裕の笑みで答える。


「前提が間違っているんだよ。この球体は攻撃魔法を跳ね返す魔法じゃない。相手の魔法を吸収して自分の魔力に変換する魔法だ。ただ単に同じ魔法で攻撃を返していただけだ」


 親が子供をあやしながら教育するかのような口振りにマトルクスは羞恥と怒りを覚える。


「くそっ! 卑怯なジジイめ!」

「勝手に勘違いしたのは、そっちだろう? もっとも冷静だったのなら、こっちの魔力量が減らない時点で気づいていたろうが、怒りと焦りでパニックになっていたのかな?」


 マトルクスは両手を広げる。


「それなら吸収できないくらいの大技でケリをつけてやる!」


 ヌビィデアの周囲に霧がかかり、あっという間に彼の視界が白く染まった。


「ほう?」


 ヌビィデアは少しだけ抑えた笑みを浮かべる。

 マトルクスは今度は両手を挙げて巨大な火球を作りあげた。


「燃え尽きて死ね! このクソエロジジイが!」


 火球は霧の中へと投げ込まれ、巨大な爆発を起こした。

 爆発の中心から強い爆風が生まれて周囲の木々を薙ぎ倒す。

 やがて煙が晴れるとマトルクスの目にヌビィデアの細切れになった焼死体が……。


「……なんだと?」


 映らなかった。


「アホか、貴様は? 吸収できなければ普通に魔法で防御するだけだっての」


 ヌビィデアは無傷で立っていた。


「そんな……それにしたって……」


 あれを防ぐのか?

 マトルクスの驚愕の表情は、そう訴えていた。


 ヌビィデアは嗤う。


「どうやら大技のせいで、そっちの魔力はすっからかんになったみたいだな?」

「う……あ……」


 魔力が尽きたマトルクスは地面に降りていた。


「さて、オシオキの時間と……」


 そう言いかけてヌビィデアはバックステップで飛び退く。


 その位置に剣を突き立てる人物が現れる。


 全裸でなく鎧を身に纏って戻ってきた……エスリーだった。

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