若過ぎる夫婦

 ヌビィデア達は森の中を進む。

 目指すのは、この先にある山の頂きに建つ城だった。

 飛翔して行かないのは魔力を温存しておきたいのと相手を刺激しない為。

 城に住んでいるのは使い魔に親書を持たせた王に違いないだろうが、初対面の謎の相手である。

 紹介どころか案内してくれる者も得られず、仕方がないので徒歩で、ゆっくりと近づく事にした。

 途中で城の衛兵なり関係者に出会える事を祈りながら……。


(アティやフードゥに会えると助かるんだが……)


 ヌビィデアは期待だけはしていたが可能性はほとんど無いとも思っていた。


 南の辺境からここまで、二人に関する情報は全く得られないでいたからだ。


(十年以上経っているからなあ……粗方、調べ尽くして別の地域に向かったか……それとも内戦に突入した時点で、ここを去ったか……?)


 村や街のあちこちに内戦によるものと思われる破壊の跡が残っている。


 主な戦いは終わっている様子だったが、人々の表情に明るさは戻っていない。


 まともな宿屋など最初から期待していなかったヌビィデアは、携帯バンガローを持ってきて本当に良かったとすら思っている。


 瓦礫の集落のような街中でヌビィデア達は昨日まで聞き込みをしていた。


 この南の地域の現状。

 親書を届けた主が誰なのかと、その内容。

 そして、アティとフードゥの行方。


 ロクなものを売っていない露天商にマジックアイテムとの交換で引き出した情報によれば、この国の名はミレニアムと言うらしい。


(この内戦でズタズタになった国が?)


 つい苦笑いしてしまう隠居魔王だった。


 次に親書を見せると、露天商は首を横に振った。

 どうやら、この国の識字率はかなり低いらしく、彼は『こんな難しい字を読めるのは今の王様と、その直属の部下くらいだ』と言った。


 露天商との会話のように知らない土地でも魔法で何とかコミュニーケーションはとれるヌビィデア達だったが、こうなると是が非でも国王に会わなければ親書に書かれた文章の内容が判明しない。


『それなら、その現国王とやらは何処にいるんだ?』


 差し出された露天商の手の上に忌々しげにヌビィデアは更に追加のマジックアイテムを置く。

 露天商は満足そうに笑うと遥か彼方の山を指した。


 ヌビィデアが目を凝らすと山頂付近に城らしき建物が見えたのだった。


 それから三人は目的地のある山の裾野に広がる森で一泊をして、いよいよ城に向かっている所なのである。


 真ん中を歩くアムディが愚痴る。


「それにしても山の上にお城がある割にはハッキリとした道らしい道の無い森よねー」

「つい最近まで革命軍とやらと戦っていたらしいしな。城までのルートを分かりづらくしているのかも知れない」


 先頭を進むヌビィデアが草をかき分けながら答えた。

 後方を警戒しながら一番後ろからついてくるサリクスが疑問を呈する。


「それにしても師匠、守りを固めるなら固めるで何らかの警報か感知結界が張ってあっても良さそうなものですが?」

「見張りもいないが、まだ城までの距離はあるからなあ……人手不足なのか、もっと近くに配置されているのかも知れない」


 そこまで話した所でヌビィデアは後ろを振り向きアムディとサリクスに顔を向けて、人差し指を口に当てた。

 静かにしろという彼の合図に二人は従った。

 ヌビィデアは前に向き直ると屈んで静かに小幅で歩いた。

 二人の弟子も、それに倣う。


 ヌビィデアの進行方向には綺麗な水をたたえた大きな池があった。

 その中央に人影が見える。


 裸の少女だった。

 どうやら水浴びをしている最中らしい。


 ヌビィデアは小声でサリクスに伝える。


「俺やアルムと同じ人型の魔族だ」

「こんな遠くからで分かるんですか、師匠?」

「尻を良く見ろ」


 サリクスは少女の尻を凝視する。

 危うく驚きの声をあげそうになった。


「師匠、彼女は尻尾が生えています」

「ああ、あれが魔族である証だ」

「アルムさんには、ありませんでしたが?」

「尻尾は魔族の女にだけ生えて男には無い、そして……」

「アルムさんは男性だったんですか!?」

「……話は最後まで聞け。子供の間だけ生えていて大人になったら抜け落ちてしまうんだ」

「大人になったら……?」


 サリクスの顔が赤くなった。

 ヌビィデアは呆れる。


「違う、違うぞ、阿保弟子。普通に年齢を重ねたらという意味だ。そっちじゃない」

「そっちって、どっちよ?」


 アムディが疑問に思った事を質問したがヌビィデアはスルーした。


「なるほど師匠、彼女はまだ子供なのですね?」

「そうだ、あの小振りな胸や体毛の無い美しいスベスベツルツルの脇の下を見ろ。綺麗なものじゃないか」

「確かに……でも、なんでしょう……何か、こう……美しさ以上のものを感じてしまいます」

「それは男の子だから、しょうがない事なのだ。創世神が定めた本能なのだよ」

「これが……本能なのですね?」


 (煩悩の間違いでしょ?)


 アムディは、そう思ったが……彼女自身も少女の裸身の美しさに引き込まれていた。

 その為に忘れていた事を彼女は思い出して叫ぶ。


「こらー! このスケベども! 覗くの今すぐヤメー!」

「わー! 馬鹿! 急に大声出すな! 気づかれるだろうが!」


 ヌビィデアも叫んでしまったので後の祭りだった。


 池の中の少女が驚いて三人を見た。

 そして誰かに覗かれていた事が分かると胸を片腕で覆い隠す。

 そして何事かを叫んだが三人には理解できない言語だった。


(……いけね!)


 ヌビィデアは急いで自分達に、違う言語で話しても相手に自分の意を伝えられる魔法と、相手の言霊から意思を汲み取る魔法を同時に掛けた。


 少女は叫ぶのをやめて、ヌビィデアに語りかける。


「あなた達……何者?」

「い、いや……城へ行こうとしていたら、たまたま池の近くに……」


 しどろもどろなヌビディアの言い訳は少女の言葉に遮られる。


「城へ……? 革命軍の残党!?」

「い、いや、違……」


 違うと言い切る前に少女は水面を蹴るようにヌビィデア達に向かって全裸のまま走って来た。


「セベイジ!」


 既に胸を手で隠すのをやめていた少女は、そう叫ぶと何処からか飛来してきた剣に手を伸ばしてキャッチした。

 そしてヌビィデア達に向かって大きな殺気を放ちながら斬りかかる。


(疾いっ!?)


 ヌビィデアが避けられないと思ったその斬撃を間に入ったサリクスの剣が受け止めた。


「せいっ!」


 サリクスは、まるで小石を池に向かって投げ込むかのように少女を前方の空中高く弾き飛ばした。


 しかし少女は慌てずに後ろ向きに宙返りをすると池の中央に着水し剣を構え直す。

 そしてサリクスの実力を値踏みするかのように睨んだ。


「エスリー、君だけ一度撤退して」


 突如として森の中に男の声が響く。

 ヌビィデアが声のする方向を見ると、ちょうど少女の頭上に魔術師の服装をした少年が一人、空中に浮かんでいた。


「マトルクス、こいつら手強い。私も残る」

「これ以上、大切な奥さんの裸を見られるのは我慢ならないんだ」


 エスリーと呼ばれた少女は、一度だけ頭上をチラ見すると剣を持ったまま再び胸を腕で隠し、踵を返して駆け出した。


 それと同時にヌビィデアは周囲から数人が輪を縮めるように接近する気配を感じる。


「ヌーさん……私達、囲まれているわ」

「分かっている」


(そんなに裸を見せたくなけりゃ、最初から自分達で見張っていればいいのに……)


 そこまで考えて、ある一点に気づきヌビィデアはサリクスと共に驚きの声をあげる。


「「奥さんっ!?」」


 どう見てもエスリーとマトルクスはサリクスやアムディと似たような年齢にしか思えなかった。

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