軽い朝食、重い雑談

「朝っぱらから、しんどくなるものを見せられてしまった……」


 ヌビィデアは不機嫌に溜め息を吐くとパンを噛みちぎる。

 アムディは、その様子を不思議そうに見つめながら、パン小さく千切って口に運んだ。


「師匠、何か良くない夢でもご覧になられたんですか?」


 サリクスの邪気の無い質問にヌビィデアは無言で睨み返す。


「まあ、その件はいい。それより朝稽古も結構だが迂闊にこの携帯式バンガローの中から出るなよ? 不可視化領域や対探知結界の外では何に出くわすか分からん場所なんだからな」

「はい、もちろんです。廊下で素振りと筋トレをしていました」

「出来れば汗を拭くのも廊下で、やって欲しかったものだな……」


 ヌビィデアはムスッとして呟いた。


「それにしても本当に凄い魔法よねえ……小さな宝石を投げたら森の中に、あっと言う間に小屋が建つんだもの。しかも外からは見えない様に隠せるんだから……」


 アムディは改めて感心したように部屋の中を見回す。

 部屋は彼らがいるダイニングキッチンの他に二部屋存在し、アムディが一部屋、ヌビィデアとサリクスが一緒の部屋を寝室に使っていた。


「俺の手柄じゃないさ。共和国内で邪神の封印がありそうな場所を調べたら、肝心の邪神は見つからずに古代の書物や魔道具が見つかる事が良くあった。その内の一つだ」

「見つかった宝はママに渡さなくていいの?」

「おい、アムディ。人前なんだから、ちゃんと母様って呼ばなきゃダメだろ?」

「別に、いいじゃない。ね、ヌーさん?」

「いいかどうかは、ともかく……イントゥールには魔道具の解析も依頼されている。手元に置いて実際に自分で使って構造を調べて報告書に纏めるし、複製が可能なら試しに作ってみたり、量産が可能かも検討するのさ」


 サリクスは何かに思い当たったのかヌビィデアに質問をする。


「もしかしてセントラルの魔道具の質が他より抜きん出ているのって……」

「自慢するわけじゃないが、俺が提供した研究の副産物による所が大きいだろうな」


 サリクスは驚き、アムディは嬉しそうに尊敬の眼差しでヌビィデアを見た。

 だが隠居魔王は、そんな純真な瞳を受ける事に罪悪感を覚える。


「俺が今までにしてきた事に対する罪滅ぼしには、まるで足りないがな」

「何もしないよりはいいよ!」


 それでもアムディは朗らかに笑ってヌビィデアの片手を両手で握り締めた。


「私達のセントラルの暮らしが便利になったのはヌーさんのおかげでもあるのね」

「……後々、イントゥールにも感謝されたよ。私が女王でいられるのは、半分くらい貴方のおかげだとね」


 未婚でサリクスとアムディの二人を産んだ事は、当時のイントゥールの王族としての立場を危うくしていた。

 父王の庇護なき後、戴冠した彼女の立場を確かなものとしたのはヌビィデアが渡した知財による実績だった。


 ヌビィデアは照れ臭そうにアムディの両手から片手を逃すと天井を見上げる。


「もっとも、この携帯式バンガローのように調べても使い方くらいしか分からない事の方が古代文明の遺産には多いがね。まったく……古代魔法の奥深さは底が見えない」

「ヌーさん、楽しそうね?」

「ああ、元々こういう研究職の方が性に合っているんだろうな。魔王なんて俺の柄じゃなかった……」


 ヌビィデアが天井から視線を二人に戻すとサリクスと目が合った。


「師匠は割と頻繁に外出していたんですか?」

「まあ元自分の国なら人目が多い所以外は、ほとんど自由に動けていたしな。こんな遠出は流石に許されなかったが……」


 アルムの共和国を出てから数週間。

 ヌビィデア達は既に南の地域の中心部に辿り着いていた。


「共和国で邪神の封印は他にも見つかったんですか?」

「いや、今の所はアルティエラだけだな。もっと巧妙に隠されている場所もあるのかも知れんが……」

「……邪神の研究をした結果、殺す方法が見つかったりはしなかったんですか?」


 ヌビィデアは溜め息を吐く。

 それは別にサリクスの質問に嫌気がさしたわけでは無く、これから話す内容の途方もなさへの無力感だった。


「まず邪神を殺す事は可能だ。運が良ければ君らでも相手が低級であれば倒せるかも知れない。ただ我々は死んだら輪廻の輪を巡って新しい生命に生まれ変わる。その輪から外れている邪神は、その場で再生し復活する」

「じゃあ、完全に滅ぼす事は出来ないんですか?」

「古代の文献に記録が無いわけじゃないが……」

「あるの!?」


 アムディが身を乗り出してきた。


「期待しないで欲しいんだが……古代の大魔術師の一人に高位の邪神を消滅させる事に成功した人物がいる」

「凄いじゃない!」

「だが彼の弟子の命が千人分ほど必要な術だった」


 アムディの表情が嬉しそうなままで固まる。

 サリクスはヌビィデアに尋ねる。


「それは……邪神を倒す際に殺されたという事ですか?」

「いや、その術の発動に千人分の命が必要だったという事だ。それも、ただの死では……」


 途中まで話していたヌビィデアが、ふと二人の表情を見て会話を止める。

 サリクスも固まった顔になっていた。


「……よそう。イントゥールにも言ったが、この術は特殊過ぎる。多大な犠牲が必要な上に魔力も尋常じゃない量を要求されるし、詠唱も恐ろしく時間がかかる」

「ヌーさんでも無理なの?」

「詠唱の短縮なら何とかなるが、俺一人では魔力量が足りないな。その大魔術師も弟子の魔力を借りて、ようやっと……というレベルらしい」


 ヌビィデアは二人に古代の邪神戦の事情を教える。


「その高位の邪神は、あらゆる封印魔法の効かない相手だったらしい。古代の魔術師も仕方なく犠牲の多いやり方を取ったそうだ。犠牲が少なくて済むなら無理に倒す事をせずに封印する方がいいだろう」


 ヌビィデアは自嘲する。


「復活したアルティエラの元で殺戮と破壊を繰り返した俺の言えた義理ではないがな」

「ヌーさん……邪神は、どうして世界を破壊しようとするの?」

「邪神は世界を作り直して本当の神になりたがっている。その為に必要なのは創世神のつくった、この世界の破壊だ」


 二人の真剣な表情にヌビィデアは少しだけ微笑む。


「昔アルティエラに教えられた事さ。邪神が本当に世界を作り直す力を持っているかは分からないが、少なくとも奴らは、そう思っている」

「奴ら?」

「ここから先は古文書の受け売りだが、邪神達はどいつもこいつも自分だけが新たな創世神に相応しいと思っている。だから、他の邪神と協力し合ったりはしない。この事で邪神戦争当時の古代人達は随分と助かっていたらしいがな」


 ヌビィデアは席を立つ。


「さあ、お喋りは終わりだ。食事の休憩をしたら出掛ける準備をしよう」


 アムディとサリクスも頷くと席を立った。

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