妹勇者が仲間になりたそうに魔王を見ている

「ちょっと待ってくれ」


 塔の外へ出て越境して南へ調査に行って欲しいとのイントゥールのお願いにヌビィデアは慌てた。


「俺は表向き塔に幽閉されている身の上だ。そんな遠出は流石にできない」

「表向き?」


 アムディが母親を見て尋ねた。


「ヌビィデアは魔王だった頃に多くの人々を殺めた。彼を塔に閉じ込めた事にしないと安心できない人々が世界中にいるのよ。事情を知っている筈の私達の国の議員達の中ですらね」

「……事情ですか?」


 サリクスも母親の言葉を拾って疑問を投げかける。


 イントゥールはヌビィデアの方を見つめる。


「ヌビィデア……この子達の力は成長していくにつれて私でも抑える事が困難になってきているわ。今後、二度とこのような事件を起こさせない為にも真実を伝えておきたいの……いいかしら?」


 ヌビィデアは瞼を閉じて後頭部を掻くと渋々頷いた。

 イントゥールは子供達に尋ねる。


「貴方達は邪神達の事は知っているわよね?」

「はい……太古の昔に人や他の種族との戦争によって滅ぼされた神の名を騙る愚かな化け物どもですよね?」

「違うわ、兄様。滅ぼされたんじゃない、封印されたのよ」


 サリクスの答えにアムディが修正を入れる。


「でも封印された場所を誰も見たわけじゃないし、そもそも邪神は本当に存在していたのか、と疑問に思われてもいるしなあ」

「そうね……国民の中でも邪神戦争の伝説なんて知っている人は余りいないんじゃないかしら?」


 二人の疑問にイントゥールが答える。


「ヌビィデアは、その邪神に操られていたのよ」


 子供達の視線がヌビィデアに集まる。


「……その表現は正確じゃないな。俺自身は他の者達とは違い邪神の精神支配に、ある程度の抵抗は出来ていた」

「でも貴方は妹さんを人質に捕られていた……似たようなものよ」

「だが殺戮と破壊に加担したのは、わずかな精神支配の影響があったにせよ半分は自分の意思だ。その罪が消える事はない」


 アムディがイントゥールとヌビィデアの会話に混ざって質問する。


「精神支配ってなに? 妹を人質に捕られていたって、どういう事?」


 ヌビィデアはアムディに顔を向けると話し始める。


「俺をこき使っていた邪神の名はアルティエラ。後で調べて分かったが、邪神の中では低級の部類に入るらしい」

「低級なの?」

「ああ……だからかな? 封印に関しても高い文明を誇っていた古代の魔術師達にとっては、そう厳重なものでも無かったようだ」

「厳重じゃなかったの?」

「とはいえ発見は容易な事じゃない。俺の両親が封印を見つけた遺跡も崖崩れで塞がれた自然の洞窟と何ら変わりようがなかった。ほとんど偶然の発見だったのさ」

「……どうして封印を開けてしまったの?」

「両親は古代の秘宝か何かが眠っていると思ったんだろうな」

「……それで?」

「両親はアルティエラの魂が身体を取り戻す為の血肉になった。妹は奴の魂とリンクさせられ結晶に閉じ込められてコアとなりアルティエラの身体に取り込まれた。俺は魔力が高かった為か駒として扱われる為に精神支配を受けた。ある程度は抵抗できてしまったがね」

「魂のリンクって?」

「アルティエラは外界の現在の状況を知る為に今を生きる知能の高い生物の知識を欲していた。魂を繋がれたコアは奴が外界を探る為の触覚のような役割を課せられる。そして、それは誰でも良いというわけでは無く、俺や両親よりも妹が適合していたんだ」


 アムディはヌビィデアの瞳の中に燃え盛るような怒りの炎を見た気がした。


「魂のリンクは邪神が捕まえた生物の身体が死ぬまで切れる事が無い。そして妹の知識を得た奴は妹の声で俺を脅してきた。こいつを助けたければ命令に従えとな」

「邪神を殺したら魂のリンクが切れるんじゃないの?」

「……邪神は殺せない……封印するしかない……」

「……どういう事?」


 ヌビィデアはイントゥールを、ちらりと見た。

 その辺は俺よりも説明が上手いだろ?

 彼の目は、そう言っていた。

 イントゥールは話を引き継いで子供達に語りかける。


「私達の魂も不滅の存在なのよ。ただ肉体はそうではないわ。生き物は身体が死ぬと魂が離れ冥界へ赴き、そこから再び現世へと送られて新しい生物として生まれ変わる」

「輪廻という奴ですよね?」


 サリクスの質問にはヌビィデアが答える。


「そうだ、だが邪神は神を名乗るだけあって特殊な存在でな。その輪廻の輪から外れている存在なんだ」

「つまり?」

「奴らの魂は肉体が滅びても現世に留まり新たな肉体を得て再生する事ができる。文字通り神に近い不死の存在なんだよ」


 子供達の表情に想像できない存在への恐怖と戸惑いが入り混じる。


「妹は先天性の病気にかかっていたらしい。結局、助ける事なくアルティエラの中で死んでしまった。亡くなった妹の身体から魂が冥界へ逝く事は邪神であっても止められないらしく、そこで魂のリンクは切れた。知識や触覚を失ったアルティエラは新しいコアを欲した……それがイントゥールだった」


 サリクスとアムディは驚いてイントゥールへと同時に振り向く。

 しかし母はここにいる。

 それなら……?


「完全に精神支配されていた魔族達の軍と共にアルティエラは勇者のパーティを強襲してイントゥールの強奪に成功した。だが魂のリンクは行われなかったんだ。君達二人が既にイントゥールのお腹の中にいたおかげで……」


 イントゥールが子供達二人に微笑む。


「貴方達が私の中にいてくれたおかげで適合条件にズレが生じたらしいの」

「君達二人を無理矢理取り出せば母体も死ぬかも知れない。アルティエラは出産を待つか別の適合者を探すかしか無くなった」


 ヌビィデアは嗤う。

 過去の想い出の中の邪神を嘲るかの如く。


「俺は精神支配を逃れていたアルム達ほかの魔族と共にアルティエラへの反攻と封印を決意し、勇者パーティと合流した。アルティエラの精神支配による狂言を疑われたがフードゥの魔法によって嘘はついていないと確認してもらった」


 ヌビィデアは嗤うの止めて一度だけ口を結んだ。


「……勇者達をアルティエラが隠れているダンジョンに案内しながら作戦について話すと、アティとディックの二人はイントゥールを救出してからの封印を主張し始めた」

「……という事は……ヌーさんは?」


 いつの間にかアムディもアルムと同様の呼び方をするようになっている。

 だが母親もヌビィデア本人も咎める事は無かった。


「俺は救出の危険度の高さと成功率の低さ、魂のリンクの接続の件を説明して、二人にはイントゥールごとアルティエラを封印すべきだと主張した。だがディックよりも先にアティに烈火の如く叱られた」


『キミが、ずっと妹さんに出来なかった事が、ボクらに出来るわけないでしょっ!?』


 その時のアティの台詞を思い出し、ヌビィデアは自嘲する。


「そして、その時フードゥに初めてディックとイントゥールが男女の関係にある事と、君達が彼女の中にいる事を告げられた」


 ヌビィデアはアムディとサリクスを見る。


「当然、俺は方針を転換した。予め古文書で邪神の封印方法と魂のリンクに関して調べていた俺は、イントゥールがリンクされていないのなら助けられる可能性がある……そう、ある意味で欲をかいてしまった」


 イントゥールがヌビィデアを庇う。


「そんな……貴方が考えを改めてくれたからこそ、私たち三人はこうして生きているのよ?」

「だがディックは……」


 ヌビィデアの眉間に深い悔恨の皺が刻まれる。


「アティがイントゥールをアルティエラの中から引きずり出し、ディックが奴を抑えてくれたからこそ、その隙に俺とフードゥが封印を施す事ができた……だがディックはアルティエラの攻撃が致命傷となって還らぬ人となってしまった」


 サリクスは押し黙っていたが、アムディが母親に対して尋ねる。

 アムディは震えていた。


「……どうして本当の事を黙っていたの? 母様は父様が病気で亡くなったって言って……」

「アルティエラは、この魔族達の国の地下深くに今も封印されているの……アムディ、貴女ならどうしたい?」

「……殺してやりたい……ズタズタに斬り裂いて、父様の仇を討ちたい……」


 アムディは両目から涙をこぼしていた。

 サリクスがアムディに寄り添い、彼女の頭を優しく撫でる。


「そうね……でも、それは人の身だと邪神相手では永遠に叶わぬ願い……それを理解してくれる年齢になるまで、私は貴方達に真実を伝える勇気を持てなかったの」


 ヌビィデアは空を見上げる。


「それからイントゥール達のおかげで俺は死刑にもならずに建前上は塔に幽閉される形で魔法の研究に没頭できるようになった。主に邪神対策の古代の魔法を調べて、その成果や副産物を全てセントラルに渡す事を条件に……」

「私たち魔族の国はアルティエラの封印の監視をさせて貰っています」


 アルムが胸の谷間に手を置いて子供達に微笑んだ。

 サリクスが質問する。


「それじゃあ母上、アティさんとフードゥさんは?」

「旅に出ているのよ。邪神が封印されている場所を探して状態を確認する旅にね。主に南の方の筈なんだけど……」

「南……ですか? 先程も母上はヌビィデアさんに南に行って欲しいと、仰っていましたが……」


 イントゥールはヌビィデアに向き直る。


「ようやく他の国々から貴方を外に出しても良いという許しを得られたわ」

「その為の外遊だったのか……」

「アティ達が南へ旅立って、もう十五年くらいになるけど、五年くらい経った頃に南では大きな内戦が始まってしまった」

「それが?」

「その内戦が、ようやく終わったみたいなの」

「みたいとは?」

「南からの難民が減りつつあるのと、彼らからの伝聞……それに……」


 イントゥールは一枚の手紙をヌビィデアに向けて差し出す。


「フードゥの使い魔に良く似た奴がセントラルの城へ飛んで来た事があってね。持っていた封筒の中に、それが入っていたのよ。使い魔は、封筒を城の中庭に投げ込むと消えてしまったわ」


 ヌビィデアは手紙を受け取り中身を読もうとしたが、見た事もない字の羅列だった。

 ヌビィデアはポケットからレンズ一枚の眼鏡を取り出し、それを通して手紙を読もうとする。


「駄目だ。この古代の魔道具にも登録されていない言語だな。南で独自に進化した文明のものだろう。これじゃあ翻訳は無理だな」

「私の国の研究者達も、これがどこか南の国からの親書らしいという事ぐらいしか分からなかったわ。フードゥなら、こんな文字で手紙を寄越す筈が無いし……正直お手上げよ」


 イントゥールは若干ヌビィデアに縋るような視線を送る。


「私は長期に渡ってセントラルから離れる事は出来ないわ。だから貴方に南に行って貰って調べてきて欲しいのよ。ついでに長い間連絡がつかない旧友たちを探して来て欲しいの」

「アティとフードゥなら、大抵のトラブルは大丈夫だと思うが……」


 ヌビィデアは手紙をイントゥールに返そうとしたが逆に押し戻される。


「貴方が持っていて……そして、その手紙の内容も分かったら連絡して欲しいのよ」

「まあ、字は読めないが会話なら魔法でなんとかなるから、現地の人間に手紙の内容を尋ねればいいか……了解した、それじゃ早速……」


 そう言って立ち上がろうとするヌビィデアにアムディから熱い眼差しが注がれていた。

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