南、ちゃんと探せ

「私も行く! 連れていって!」


 アムディが手を挙げて叫んだ。


「ちょっ!? なに言ってんだよ、アムディ!」


 サリクスが驚いて妹を見つめた。


 イントゥールも目を大きく丸く見開いたが、思案顔に変わると、しばらくしてポツリと呟いた。


「……いいかも知れないわね」

「かーちゃんまで!? アムディは女の子なんだよ!? 男と二人だけで旅だなんて危険だよ!?」


 イントゥールはサリクスの肩にポンと手を置く。


「お兄ちゃんが、付いていってあげなさい」

「「ええっ!?」」


 アムディとサリクスは双方が同時に驚きの声をあげた。

 アムディはイヤそうに、サリクスは何で俺が? という表情で。


 ヌビィデアも堪らず会話に加わる。


「おいおい、遊びじゃないんだろ? 勘弁してくれ」


 イントゥールはヌビィデアに少しばかりマジっぽい表情を向ける。


「この子達も、あまり外界というか世間というものを知らなさ過ぎるのよ。だから父親っぽい人の言葉に毎度騙されてホイホイ言う事を聞いてしまうの」

「……毎度?」

「議長の件が初めてというわけでもないのよ」

「なるほど」

「父親がいなくて寂しいのは可哀想だけど、もう少し人を見る目を養って欲しいの」

「……社会勉強か?」


 イントゥールは頷く。


「どの道この子達には今回の件で罰を与えなきゃならないもの。期間限定の国外退去処分は、うってつけだわ」


 サリクスとアムディは顔を見合わせる。


「それに……特にアムディは魔法の力の使い方を、もっとキチンと覚えないとならない。今の家庭教師では彼女の力を抑えつつ導くのは困難だわ。私が面倒を見られる立場であれば良かったのだけど……」


 アムディの方を慈しむように見ていたイントゥールは、再びヌビィデアに向き直る。


「貴方には旅の間に、この子達の導師になって欲しいのよ」

「俺が?」

「よろしく、お願いするわ」


 ヌビィデアは知っている。

 イントゥールの『よろしく、お願いするわ』は『言う事を聞かないと殺すわよ』と同義である事を……。


「よろしくね? ヌーさん!」


 アムディは喜び、ヌビディアに手を差し出して握手を求める。

 ヌビディアは、まんざらでもなさそうに彼女の手を取り、優しく握り返した。


「おい、アムディ! その呼び方は失礼だぞ? これから師匠になる人なんだから……」


 サリクスは喜ぶ妹に水を差すような注意をした。


「構わんよ。馴れ馴れしいのは苦手だが、そう呼ばれるのは平和な気分に浸れて悪くは無い。アルムにも普段は、そう呼ばれているしな」

「そ、そうなんですか? それじゃ俺も……」

「男は却下だ」

「……」


 ガックリと肩を落としたサリクスは、部屋の隅でいじけ始めた。

 拗ねる息子を放置してイントゥールはヌビィデアに尋ねる。


「もしも……アティ達と会えて、他の邪神を封印した遺跡を発見できていたら……」

「分かっている。封印の状態を確認して誰も近づけさせないよう新たな結界を張り、君に必ず連絡する」

「……やっぱり邪神は?」

「ああ……塔に引きこもって十数年間は調べに調べたが、やはり他にも存在するのは間違いない」

「彼らを封印では無く滅ぼす手段は無いのかしら……」

「それらしき記録は、まだ見つかっていない……いや……ひとつだけ……冥界神に……」


 ヌビィデアは何かを思い出した様子だったが、すぐにかぶりを振った。


「いや、よそう……特殊過ぎる方法だ。おそらく誰にも真似はできない」

「……?」

「とにかく、寝た子は起こさないに限る。邪神の封印場所の確認と監視、可能であればより強固な封印を施す。それが最善策だ」


 ヌビィデアはイントゥールに向けて微笑んだ。

 イントゥールもまた微笑み返す。


「子供達の事、アティの事……よろしくね?」

「アティか……」


 ヌビィデアは十数年前にアティと別れる時の約束を想い出す。


『ボクにはボクの、キミにはキミの道がある。互いに頑張ろう』


 本音を言えば、少しだけ別れ難い相手だった。


 だが塔に幽閉された魔王という立場では共に旅をするわけにもいかない。


 かといって邪神の封印場所と状態を調べて復活させないようにし、世界中の人々を安心させたいという彼女の願いを妨げ、自分のそばに居てもらうわけにもいかない。


(しかし……)


 十年ほど前に南の地域が激しい内戦状態に入ったと知った時、ヌビディアは少なからずアティの事を心配していた。

 出来る事なら塔を出て彼女の無事を確認したかった。


(アティなら……大丈夫だとは思うが……)


 それでも、燻るような不安は拭えないでいる。

 自由を告げられたヌビィデアは、今すぐにでも出立したい気分に陥っていた。

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