最強で最低

 サリクスとアムディは縛り上げていたマトルクスの親衛隊を解放した。

 マトルクスは彼らに、先に城へ戻り馬車をこちらへ寄越すように命じる。

 馬車が到着するまでに予め親書の内容に関して話を聞こうとしたヌビィデアだったが……。


「すみません、妻と先に相談しておきたい事があるので……」


 そうマトルクスに、やんわりと断られた。


 マトルクスはエスリーと二人だけでヌビィデア達から離れると何事かを相談し始める。


 その内容はヌビィデア達三人には聴こえない。


 サリクスは話し合う夫婦を見つめながらヌビィデアに尋ねる。


「何を話しているんでしょうね?」

「さあな……これだけ離れていると小声で会話されては聞き取れない」

「……師匠の魔法で何とかなりませんか?」

「出来なくはないが、使用すればマトルクスには気付かれるだろう。今、彼らの信用を失うような迂闊な行為は避けるべきだ」

「……なるほど」


 アムディも熱心にマトルクスとエスリーの様子を眺めていた。


「なんか……口論じゃないけど、あまり良い雰囲気で会話してなさそうね」


 確かにそうだ、とヌビィデアも感じて頷いた。


 マトルクスは少し必死な感じの表情でエスリーに話し掛けている。

 しかし、エスリーの方は俯いたままで時々、首を横に振るような仕草をすると、二言三言だけ口を開いている様子だった。

 彼女は時々チラッとヌビィデア達の方を見ては、さっと視線を外す仕草を繰り返していた。


 アムディは夫婦の様子を見たままの自分の感想を語る。


「なんだか旦那さんが奥さんを説得しているけど応じないって感じ……」

「確かに……」


 ヌビィデアも話の内容は聞こえないが、そんな風に見えてはいた。


 やがて、馬車が親衛隊の乗った馬達と共に五人の元へとやって来た。


 馬車は五人が乗れる充分なスペースがあったが、何故だかエスリーは親衛隊の一人を馬から降ろして、自分がその馬へと騎乗した。


 その親衛隊の一人は困った顔をしながら馬車を操る御者の隣へと座る。


「つ、妻は周囲を警戒しながら馬車に併走してくれるそうです」


 マトルクスは苦笑いしながらヌビィデア達に言い訳するように、そう伝えてきた。


(……嘘だな)


 根拠があるわけではないが、ヌビィデアは確信した。


 ヌビィデアとマトルクスが後部座席に、アムディとサリクスが前の座席に、四人は二人ずつ向かい合わせに座る。


 馬車が動き出すと、それに合わせて後方の草達も元の場所へと戻り、道が隠されていった。


(便利なものだな)


 ヌビィデアは、その様子を後ろの窓から眺めて感心する。

 マトルクスと話をしようと思って首を回すと途中の横窓から騎乗しているエスリーと目が合った。


 エスリーは、ぷいっと顔を横に向けて視線を大袈裟に逸らした。


 彼女は馬を一旦は後方に移動させると、ヌビィデアのいる窓の外とは反対にあるマトルクスがいる側の窓の外に来た。


 ヌビィデアは、その行動を目で追っていたが彼女と再び視線が交わる事は無かった。


(なんか俺、嫌われてないか? なんでだろう?)


 ヌビィデアはエスリーが全裸で水浴びしていた所を覗いた事を想い出す。


(そら、嫌われるわ)


 そうヌビィデアは納得したが、丁度マトルクスの向かいに座っていたサリクスがエスリーに話しかけ始めた。


「その、先程は済みませんでした」

「……なにがでしょう?」


 エスリーは、あっさりとサリクスへ目を合わせて問い掛けた。


「美しい貴女の裸身を、わざとでないとはいえ覗き見るような事をしてしまって……」


 エスリーの頬が赤くなる。

 マトルクスが歯軋りしながらサリクスを睨んだが、サリクスは気が付かなかった。


 エスリーは優しく微笑んで答える。


「気にしないで下さい。過ぎた事です」


 エスリーは美しいと言われて機嫌が良くなってしまった様子だった。


(なんだ、そりゃ)


 イケメンは得だなーと思いつつ、ヌビィデアはエスリーが覗かれた事で自分を嫌っているわけでは無いらしい事を悟った。


(じゃあ、何故だ?)


 ヌビィデアの疑問は城に着いても晴れる事が無かった。


 山の傾斜はなだらかで、山頂の城までは曲がりくねった道ながらも、充分に馬車で登って行けるようになっていた。


 城はヌビィデアの目から見ても年代を感じさせる古めかしい外観をしていた。

 だが周囲の庭木の手入れも行き届いており、今でも充分に通用する美しさを誇っている。


 門の外や外壁の上、その角にある物見の塔にも普通に兵士が配置されていた。


 馬車から降りてマトルクスの隣を歩くヌビィデアは彼に尋ねる。


「酷い内戦があったと聞いていて、使い魔をメッセンジャーに寄越すような国だから人手が足りていないのかと思えば、そうでもないみたいだな」

「ええ、ですが街では革命軍の残党が潜伏中ですので、迂闊に人間の使者は送れない状態なんです。彼らに捕まる可能性があるもので……」

「なるほど」

「使い魔といっても魂の無い人形のようなものですから、いざとなれば情報ごと自爆させるように予め仕掛けをしておく事も可能ですし……」

「人間じゃ無理な高空も使い魔なら飛べるか……」

「はい、捕まる確率も襲われる確率も情報が漏れる確率も生きている者より、ずっと低いです」


 しかし、マトルクスは項垂れる。


「でも、なるべく味方から死者を出したくなかったとはいえ、メッセンジャーとしては非常に失礼な方式だった事は否めません。革命軍の件が更に落ち着いたら後で正式な使者を出す予定だったのですが……」

「そんなに緊急の用件だったのか?」


 マトルクスは渋い顔をする。


「その筈なのですが、内戦が起こってしまったせいで我が国は十年前から、その緊急事態をほっぽりぱなしなのです」


 五人と親衛隊が城内に入るとマトルクスが微笑んで話しかけてきた。


「既に昼時になっています。詳しい話は食事を摂りながらにしましょう。みなさん、汗もかいておられるようですから、良ければ湯殿まで案内させます。旅の疲れを癒やして下さい」


 そのマトルクスの申し出にアムディが喜ぶ。


「助かるわあ! もう、ずーっとマトモなお風呂に入ってなかったのよね!」


 エスリーが、おずおずとマトルクスに近づいて尋ねる。


「マトルクス、私もいいかしら?」

「え? ん……ああ、僕は構わないけれど……」


 マトルクスとエスリーはアムディの方を見る。


「女王様が良いなら、私は構わないわ」

「……ありがとう」

「どういたしまして」


 アムディはにこやかに笑うと、エスリーと一緒に案内役のメイドに付いて女性用の湯殿へと向かおうとする。


 しかし、ある事に気が付くとヌビィデアの方を見て言った。


「覗かないでよ?」

「覗くか!」


 二人の会話を聞いたエスリーは顔を赤くしながらアムディに説明する。


「女性用の湯殿は細く小さな通風口以外に隙間は無く窓もありませんから、覗く事はできないと思いますので安心して下さい」

「やーね、半分は冗談よ」

「……半分ですか?」


 楽しそうな二人の声が廊下の向こうへと消えていった。

 サリクスが呟く。


「……難攻不落と聞くと挑戦したくなりますね」

「お前は黙っていろ」


 後ろからマトルクスの殺気を感じながらヌビィデアは答えた。


 ◇


「どうしてヌーさんの事を敵視しているの?」


 身体を洗い湯に浸かると、アムディは開口一番に自分が疑問に感じていた事をエスリーに尋ねてみた。


「ヌーさん?」

「隠居魔王の事よ」

「ああ……」


 エスリーは思い詰めているかのように俯いてしまう。

 アムディは、その様子を見て溜め息をついた。


「……話したくないならいいわ。でも、理由も知らずに仲間にああいう態度を取られると良い気分じゃないのよね」

「……」

「お兄ちゃんへの態度を見ていると、裸を覗かれたからって訳じゃなさそうだし……」


 アムディは湯の中のエスリーの身体を見つめる。

 エスリーは腕を寄せて胸を視線から隠し身をよじりながら沈黙した。


「……」

「もしかして昔、魔王だった頃のヌーさんに酷い事をされたの?」


 エスリーは瞼を閉じて首を横に振った。

 そして目を開けると、口も開く。


「私ではありません……けど……」

「私では無い?」


 アムディの質問にエスリーは彼女自身の事情をぽつりぽつりと話し始めた。


 ◇


 男性用の湯殿からあがったヌビィデアは廊下を歩いていた。

 破れた服はメイドが繕ってくれるらしいので、今は別に用意された服を着ている。


 すると、廊下の途中にある階段から降りてきたアムディに出くわした。

 アムディは綺麗なドレスに着替えていた。


「ほう……馬子にも衣装だな」


 ヌビィデアの飛ばした冗談を無視して、アムディは視線も合わせずに先に行こうとする。

 隠居魔王は少し慌てた。


「お、おい……何も、そんなに怒る事は無いだろう?」


 焦るヌビィデアの声を聞いたアムディは、顔だけを振り返らせて冷たい視線を送る。

 隠居魔王は引きつった笑顔を返した。

 アムディは吐き捨てるように言い放つ。


「ヌーさんって……さあぁいぃってえぇ……」


 そして進行方向に顔を向け直すと、ずかずかと廊下の先へと歩いて行った。


 突っ立ったままでヌビィデアは考える。


(俺……覗きに行っていないよな?)

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