過去の勇者、第二の邪神

邪神ギリンクス

「十五年程前……僕の父とアティさんが、この国を訪れました」


 ヌビィデア達五人は昼食後の食堂でマトルクスの語るミレニアムの過去にあった事件を聞いていた。


「当時このミレニアムでは僕の母と彼女の腹違いの弟、つまり僕の叔父が次期国王の座を巡って対立していました」

「お家騒動って奴ね?」


 アムディの言葉にマトルクスは頷く。


 ヌビィデアは話を聞きながら何となく発言をしたアムディの方を見る。

 殺されかけたにも関わらずアムディは、いつの間にか仲良くなっていたエスリーと食事中は談笑をしていた。

 今はマトルクスの話を真剣に聞いている。


 アムディはヌビィデアが自分を見ている事に気がつくと、ぷいっと横を向く。

 ヌビィデアは軽く天井を見て考える。


(アムディの俺に対する態度が変わったのは、エスリーと一緒に風呂に入ってからだ。エスリーと仲良しになったのも、それから……)


 ヌビィデアの眉間に軽く皺が寄る。


(エスリーから俺に関する何かを聞かされたのは間違いないんだが、それが何なのか全く心当たりが無い)


 ヌビィデアは顔を話続けているマトルクスの方へと向ける。


(今は分からない事を気にするのは、やめよう)


 ヌビィデアもマトルクスの話に意識の全てを集中させる事にした。


「そして……あろう事か叔父は、してはならない事をしてしまいました」

「……してはならない事とは?」


 ヌビィデアの質問にマトルクスは答える。


「当時の国王、僕の祖父であり母と叔父の父親を誘拐して自分の城に監禁し、王位を譲るように脅迫したのです」

「それはまた……呆れるくらい阿保で強引なやり方だな」

「もちろん対外的には母の魔の手から祖父が叔父に助けを求めて逃げてきたと吹聴していました」

「何人かは信じてしまった、と?」

「いいえ、恐らく誰も信じてはいなかったでしょう。でも信じた振りをした方が都合の良い人達もいました」

「それは?」

「自分達が王家に冷遇されていると思い込んで逆恨みをしていた貴族達です」

「なるほど」

「母は祖父の奪還を計画しましたが、その時に手伝ってくれたのが父とアティさんだったそうです」

「ああ、そりゃあ……」


 ヌビィデアは何となく天を仰ぐ。

 マトルクスの叔父と、それに尻尾を振った貴族達に同情してしまっていた。


「ええ、二人の協力を得た母は、あっという間に祖父を奪い返す事に成功してしまったそうです」

「それで?」

「叔父は国外へと逃亡してしまい、従っていた貴族達の一部は同様に逃亡したり、捕まって処刑されたりしました」

「残りは?」

「叛逆の証拠が十分に揃わなかった貴族は何名かいたので、彼らの罪は問えなかったそうです。この事が後に災いとなってしまったのですが……」

「ほう?」


 マトルクスは苦笑いをする。


「その件については後でお話しするとして……その時に母は父に……その……恋をしてしまったらしく……」

「素敵!」


 アムディが両手を握り合わせて喜んだ。

 隣に座るサリクスが、そんな正直な感情を表に出す妹を微笑んで見ている。

 エスリーも声には出さずとも笑っていた。

 マトルクスは少しだけ気恥ずかしいらしく、顔を赤くしている。


「父も母の想いを汲み取って求婚をして……祖父は高齢で自分の寿命が短い事を薄々感じていた事もあり、亡くなる前に二人の結婚を認めてくれたのです」

「はあ、ただの平民の旅人から婿取りとは……何とも自由な国だな」


 ヌビィデアは馬鹿にしているわけではないが、多少呆れつつ正直な感想を漏らした。


「で、でも! 元々、僕達の国ミレニアムは大昔に最強と謳われていた魔術師が建国した歴史もあって、強大な魔法の使い手には敬意を払う慣習があり、祖父も母も叔父もそれなりに強力な魔法使いでして……」

「そして彼らを圧倒したフードゥは、更に尊敬される王になった、と?」

「はい! その通りです!」


 マトルクスは嬉しそうに、父親を自慢するかの如く、ヌビィデアに元気良く返事をした。


(……さもありなん)


 ヌビィデアは想い出しながら考えた。

 フードゥはヌビィデアが知る限り現代において人類最強の魔導士だった。

 アティとは一対一で戦って勝てる気はしないが、フードゥにも勝つのは困難な気がするのが正直な所だ。


 だから、嫉妬していた。


 アティと二人きりで旅をする事になると知った時は……。


 あー、もしかして二人はそういう関係だったの?


 ……とすら思っていた。


 じゃあ、あの時の一夜は一体なんだったのか?


 アティを問い詰めたいと考えていた。


 そんな子供じみた考えを持つ自分に辟易しながら……。


 ヌビィデアの大多数を占める冷静な大人の部分は、理解していた。

 二人は人々が安心して暮らせる世界を目指して、邪神の封印状況を調べに旅立ったのだ、と……。

 仮に、もし二人が、そういう関係だとしても、自分には彼女を引き留める権利など無い。

 そして。共に向かう事も許されない。

 償わなければならない罪があるから……。

 塔の中でセントラルなど世界中の国々から送られてくる邪神に関する資料を研究する事こそ自分の犯した罪に対する贖罪の方法……。

 自分の進むべき道はアティ達と近いようで異なるから……。


 しかし、暫くの間は塔の中で砂を噛むような気分になりつつ悶々としていた隠居魔王だった。


 だが、結局そんな自分の考えは思い過ごしだったらしい。


 フードゥはアティでは無く、マトルクスの母親と恋に落ち、この地に骨を埋める事を決心したのだろう。

 彼なら途中で別の道に進む自由と権利はある。

 ヌビィデアは、そう考えて納得すると同時に羨ましくも思った。


 穏やかな表情でそんな感慨に耽っている隠居魔王を現実に引き摺り戻す話が、マトルクスから語られ始める。


「そして僕が生まれてから四年近く経ったある日に……あの忌まわしい遺跡の入り口が発見されてしまったんです」


 マトルクスの口調は苦々しく、その表情は憎しみに満ちていた。

 ヌビィデアの顔も、それ以外の者達の表情も険しくなる。


「遺跡……遺跡とは?」


 自分の予想が当たって欲しくない。

 そう念じながら、ヌビィデアはマトルクスに尋ねた。


「邪神……邪神ギリンクスが封印された遺跡です」


 しかし、ヌビィデアの願いは天に届かない。


「やはり……まだ、あったのか……」


 当然だ。

 邪神は滅ぼせない。

 記録に残された一体を除いて、この世界中に散らばって封印されている。


 ヌビィデアは改めて、その事実を突きつけられて背筋が凍りつく感じがした。


「しかし、フードゥやアティがいたのなら邪神の封印である事は知っていたはずだな?」

「はい、父は厳重な警備を遺跡につけて封印状態の調査に乗り出しました。アティさんも同行していましたが……」


 マトルクスは、その先を話す事を躊躇った。


「が?」


 ヌビィデアが先を促すとマトルクスは覚悟を決めたように話し始める。


「父を心配した母が遺跡へと向かい、私が我儘を言って同行したのです」

「……愚かな」


 ヌビィデアの心に怒りが込み上げてくる。

 前女王は邪神の恐ろしさを知らないとはいえ、マトルクスから事前にきちんと説明を受けているはずだ。

 それなのに子供を連れて邪神の眠る遺跡を訪れるとは……。


「私も……同行いたしました」


 エスリーが俯いたまま申し訳なさそうに発言した。

 それはヌビィデアの怒りの炎に油を注いだが、まだ爆発するには至らなかった。

 しかし、彼の心に余裕はなく、なぜエスリーが一緒だったのかを尋ねる前に、次へと向かう質問の方が先に出てしまう。


「それで、どうなったんだ?」

「……遺跡内で両親とアティさんは封印された邪神に関する相談に入ってしまい、放って置かれた僕は近くで遊んでいたのですが、そこでケガをしてしまって……」

「マトルクス! それは……」


 エスリーが何かを言おうとしたが、マトルクスはそれを片手で制する。


「傷口から垂れた僅かな血の匂いを嗅ぎつけたギリンクスが、その血を封印されていた扉越しに吸い取り、自身の身体の一部を再生……復活して封印を破ってしまったのです」


 ヌビィデアの顔は怒りで歪み真っ赤に染まる。

 逆に、そのような魔王の姿を見ずともマトルクスの表情は暗く、顔色は青ざめていった。


「アティさんは僕を庇って……逆にギリンクスのコアとされてしまい……」


 ドンッ!!


 ヌビィデアは両手で思いっきりテーブルを叩いた。


(クソッ! それじゃあ十年近くアティは邪神の中に囚われ続けていたって言うのか!? それに魂のリンクが完了しているのなら彼女を助ける手段は、もう……!)


 アムディとサリクスは歯をむき出しにして怒るヌビィデアに驚いていた。

 マトルクスは言葉に詰まったが、全てを話す事が自分の使命であると理解していたので、絞り出すように言葉を紡ぎ続ける。


「僕と両親、エスリーや警備兵達は遺跡から逃げられたのですが、ギリンクスは逃げ遅れた兵士を喰らい、近隣の村々を襲って人々を喰らい、自らの血肉として再生を進めていきました」

「随分とアグレッシブな邪神様だな」


 ヌビィデアは怒りを堪えつつ吐き捨てるように言った。


(こそこそ裏から俺を操っていたアルティエラとタイプの違う邪神だ。より高位な邪神なのだろうか? 封印の程度を聞く限りでは、アルティエラと同等の低級神のようだが……マトルクスの代わりにアティがコアにされたとすると、魂のリンクをする為の適合条件が存在しないのか?)


 ヌビィデアは落ち着きを取り戻そうと、新たな邪神に対して自身の知識を総動員して考察にあたる。


「父は……仕方なくアティさんごとギリンクスへの再度の封印を決行し、両親はそれに成功したのですが……その戦いの最中に父が致命傷を負ってしまい……」

「それが原因で死んでしまったのか?」


 ヌビィデアの詰問にマトルクスは俯いたまま頷く。


「父は死ぬ間際にイントゥール女王陛下を頼るよう遺言を残したのですが……父の死を知った叔父と協力していた残りの貴族達が、革命軍を名乗り内戦に突入してしまったせいで、女王陛下に連絡する事も不可能になってしまい……」

「……なんてこった」


(馬鹿馬鹿しいにも程がある連中だ)


 マトルクスの叔父の愚行が、ヌビィデアの怒りの矛先を変えてしまった。


「母は僕達を守って叔父達と必死に戦ってくれました。長い内戦の中で成長した僕達が戦えるようになると、母も安心したかのように他界してしまって……」


 マトルクスの目に涙が滲むのを見たヌビィデアは、努めて冷静さを取り戻そうとした。


 全ての罪が彼にあるわけでは無い。

 大きな罪があるとすれば、それは邪神と愚かな叔父にである。


「……それで、その叔父とやらはどうしたんだ?」

「他の貴族達は捕えて処刑したのですが、叔父は未だに革命軍の残党の中に潜んでいます。だから安心は、まだ出来ませんでした」

「なるほど……それで使い魔を先行してメッセンジャーに寄越したのか」


 マトルクスは静かに頷く。

 ヌビィデアはマトルクスに伝える。


「分かった……イントゥール女王陛下に報告する前に俺自身でギリンクスの封印状況の確認をしたい。案内して貰えるか?」

「は、はい! 準備が出来次第、すぐに案内します!」


 安堵と喜びに満ちた表情と声で答えるマトルクス。


 だが、その希望を打ち砕いて彼を奈落の底に突き落とすような報告が、慌てて入ってきた臣下によってもたらされてしまう。


「王よ、一大事です! 邪神ギリンクスが復活したとの報せが……!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る