隠居魔王の成り行き勇者討伐 倒した勇者達が仲間になりたそうにこちらを見ている!
ふだはる
第一、第二の勇者
兄妹の勇者
魔王ヌビィデア。
六つの魂を持ち、六人の魔族を配下に従え、六種族の魔軍で世界を破壊しようとしていた男。
豪華な応接間のテーブルのそばにあるソファに座るヌビィデアの後ろから、一人の魔族の女性が近づいて来た。
ここは、元々ヌビィデアを王としていた国の中央にある城の中である。
今は魔族による共和制の国家となった、その代表の彼女……アルムはヌビィデアの元配下だった。
「いやーすみませんね、ヌーさん。隠居していた所を呼び出してしまって……」
アルムはテーブルの上に二人分の紅茶が入ったティーカップを置いた。
そして彼女はヌビィデアの向かいのソファに座る。
「本当になんなん? 俺さっさと自分の塔に帰って、引き篭もって、魔導研究の続きをしたいんだけど?」
「それがその……実は国境守備隊からの魔力通信で勇者達が攻めて来たって、緊急連絡が入りまして……」
「はあ!?」
ヌビィデアは素っ頓狂な声で尋ね返す。
「なんで? 十五年近く破られた事の無かった平和協定が、なんで今更?」
「……分かりません」
「相手の規模は?」
「それが勇者のみの二人だけみたいで……神聖国家セントラル、イントゥール女王陛下の御子様達、サリクス王子と妹君のアムディ王女です」
その名前を聞いたヌビィデアは、すくっと立ち上がると真剣な表情に切り替わった。
「……そうか、分かった」
そして懐から緑色に輝く宝珠を取り出す。
瞬時に塔へ帰還する為のマジックアイテムである。
慌ててアルムはヌビィデアの服の裾を掴んで縋り付く。
「待ってください! 逃げないでください! 助けてください!」
「ええい、うるさい! 俺は、もう隠居したんだ! いまさら二人も勇者を相手に闘えるか! しかもイントゥールのガキだと!? 一番厄介な元勇者じゃないか! 親が厄介なら、その子供も厄介に決まっている!」
「そんな殺生な! 今ヌビィデア様に逃げられたら私や、この国の民はどうなるんですか!? 勇者に対抗できる力を持った魔族は、今やヌビィデア様ただ御一人なんですよ!?」
「普段ヌーさんとか馴れ馴れしく呼ぶくせに、こんな時だけ様を付けるな! おまえだって元魔将軍の一人なんだから頑張ればいいだろう!?」
「頑張ってどうにかなる相手じゃないですよお!」
「知ったことか!」
ヌビィデアがアルムを引き剥がす為に蹴り飛ばそうと片足を上げた刹那。
ドオオォォン! という轟音と共に彼らのいた部屋の天井が、何処かへと吹き飛ばされた。
「なんだ!?」
ヌビィデアは粉塵から逃れるように天井の無くなった部屋から空へと飛んだ。
上空へと向かう彼の通った跡を幾つもの光の矢が通り過ぎていく。
飛翔しながら、その発射点を注視すると一人の少女がいた。
(こいつがイントゥールの娘? 男の方は?)
ヌビィデアは身体を捻って背後からの斬撃をかわした。
斬りかかった少年が驚く。
「嘘だろ!? 気配は完全に消した筈なのに!」
ヌビィデアは呆れる。
「攻撃の組み方が単調だ。二人いると分かっていれば造作もない」
(だが……)
ヌビィデアは先程の剣による攻撃を受けた己の服の裾をチラ見した。
(強力な防御魔法を付与した衣服を、こうもあっさり……)
避けなければ完全に斬られていた。
ヌビィデアは瞬間移動で二人から距離を取って名乗る。
「俺は元魔王のヌビィデア」
「神聖国家セントラル王子、サリクス」
少女も飛翔しつつサリクスの隣へと寄り添う。
「王女アムディよ」
ヌビィデアは小馬鹿にしたような微笑みを二人に向ける。
「勇者ともあろう者が奇襲とは……随分と卑怯な手を使う」
「なんですって!?」
アムディは怒りで顔を赤くしてヌビィデアに飛び掛かりそうになったが、サリクスが片手で制する。
「魔族相手に礼儀なんて必要ない」
サリクスの言葉に今度はヌビィデアの額に青筋が浮き出る。
しかし、表面上は冷静に質問を続けた。
「王族なら平和協定の存在を知らない筈がない。いったい、どういうつもりだ?」
「……魔は滅ぼすべきだと悟らされた」
「誰にだ? 母親か?」
「かーちゃ……母上は穏健派だ。それに外交の仕事で今は不在のため国内にはいない」
「親の居ぬ間に勝手し放題か?」
「議会の決定だ。母上には後で承認してもらう」
ヌビィデアは不快感を表に出す。
「議会の決定だあ? 王子ともあろう者が議会のパシリとなって戦端を開くとは御苦労なことだな。それで、その議会の連中とやらは何処にいる? まさか戦争を仕掛ける事を決めておきながら、自分達はテーブルに噛り付いて動かないんじゃあるまいな?」
サリクスは少しだけ狼狽える。
「それは……」
「魔王の言葉なんかに振り回されちゃダメよ、お兄ちゃ……兄様」
アムディがヌビィデアに向けて言い放つ。
「魔王ヌビィデア……母様から聞いた話だと貴方は塔で大人しくしていなければならない立場のはずよ? なぜ、この国に来ているの? 元部下と何か良からぬ事を企んでいるんじゃないの?」
「おまえらが攻めて来たっつーから、その部下から助けを請われて呼び出されたんだ! アホ!」
ヌビィデアは両手を勢いよく振り下ろしながら、歯軋りをして怒りを露わにする。
アムディは涼しい顔で微笑む。
「あらそう? まあ、ここの連中は弱っちいから、そりゃそうよね。私達二人で充分だったし……訓練にもなりゃしない」
「……殺したのか?」
ヌビィデアの真剣な質問にアムディは不快に眉をひそめる。
「必要無かったわ。トップの魔族だけ倒して終わりにすればいい話だもの」
私が、そんな事をする奴に見えるのか?
彼女の瞳は、そう訴えていた。
ヌビィデアは心の中で安堵の溜息をつく。
どうやら自分が、この二人を殺す必要は無くなったらしい。
彼は、そう結論づけた。
(……それにしても)
「魔を滅ぼすと言った割には、随分お優しい対応だな?」
ヌビィデアは再び嗤う。
アムディは怒りと照れが混じったように顔を赤くする。
「うるさいわね! 相手が弱すぎる雑兵でなければ容赦はしなかったわよ!」
そのアムディの態度からヌビィデアは直感で理解できる事があった。
(ああ、そうか……こいつ……いや、こいつらは、まだ殺しをした事がないな)
「魔を滅ぼすべきだ……お前たち二人は本当に、そう考えているのか?」
「それは議会が……」
「お前たちの考えを聞いている!」
ヌビィデアの強い問い掛けにサリクスは怯む。
「……議会は、国民が選んだ人達の集まりなんだ。僕は王子として国民の願いをかなえる義務がある!」
サリクスは迷いを振り払うように剣を構えた。
「自分の意志も考えも無いのか!? それでも貴様ら勇者か!?」
魔王ヌビィデアは今の勇者と呼ばれる子供達に少しばかり憤りを感じた。
「俺の知っている勇者は、自己を確立し、決して他者の思惑になぞ左右されなかったがな!」
そして昔の事を想い出す。
初めて勇者の一人、アティと戦った頃の事を……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます