魔王の想い出
それはヌビィデアが、まだ冷酷で残忍な魔王をさせられていた頃。
とある村の中央に人間達を集めて彼らの処刑の準備を進めていた。
勇者をおびき出す為に。
彼の近くに現役の魔将軍だった頃のアルムが近づく。
「勇者は来るのでしょうか?」
「……来ないだろうな」
つまらなそうにヌビィデアは答えた。
勇者のパーティは四人。
剣神と呼ばれる美しい女性、アティ。
無双という通り名を持つ戦士の男、ディック。
慈愛の化身と慕われる女司祭イントゥール。
人として最大の魔力量を持つと言われる男、魔術師フードゥ。
ヌビィデアは彼らに直接会った事は無い。
彼らは今とある国の王の警護にあたっている。
(勇者といっても……それは何時の間にか、そう呼ばれているだけ……元は単なる冒険者や賞金稼ぎの類いに過ぎない)
ヌビィデアは考える。
(金で仕事を請け負う連中だ……多く支払う側から離れる事は無いだろう)
勇者達がいる国にはアルムを除く五人の魔将軍による襲撃を予定している。
村人の処刑も国王の襲撃も勇者達は承知しているはずだ。
彼らは、どちらを選ぶのだろう?
(……王に決まっているな)
王を失えば国は乱れて外敵から攻め込まれ易くなってしまうだろう。
この村を見捨てたとしても勇者達の評判が多少落ちるだけだ。
周囲の村々に住む人々の彼らを見る目が変わり、熱心な協力はしなくなるだろう。
それが、取り敢えずの狙いではあった。
(せこい話だ……)
ヌビィデアは自嘲する。
今できる作戦といえば、この程度のレベルの嫌がらせだけだった。
実際、勇者達の台頭によって彼の軍は押し返され世界の破壊なぞ夢物語と化そうとしている。
(個人的には、それでもいいがな……)
「……勇者達が来られない場合、本当に村人達を皆殺しにするのですか?」
アルムが脅える村人達を見つめながらヌビィデアに尋ねた。
「そうだ……若い女子供だけを生け贄に残して、後は首をはねて終わりだ」
「しかし……」
アルムは何か言いたそうにしていた。
ヌビィデアは彼女が何を言いたいのか理解している。
「君と、その一族が彼らの身代わりになるか?」
ヌビィデアは、わざと冷たく言い放った。
アルムの顔は青ざめて、俯いた彼女は何も言い返さなかった。
「君も完全に精神支配されていれば、気は楽だったろうにな……」
ヌビィデアはアルムに微笑む。
「へたに魔法抵抗力が強いせいで、お互い苦労するな」
アルムはヌビィデアを見つめ返して寂しそうに首を横に振った。
ヌビィデアは沈みゆく夕陽を眺める。
「時間だ……」
そう言って、片手を挙げた。
何かに操られるように剣を持った魔族達が、縛られた人質達に近づこうとした瞬間。
黒いドームが人質達を覆う。
(転移魔法では無いな)
人質達を強制的に連れ帰らせない為に転移魔法を防ぐ魔法を張っている。
魔族の一人は中に人質がいるであろう漆黒の半球を斬りつける。
剣は半球の表面から先に進まず、弾きもされずにピッタリとくっていて、元に戻そうと引いてもビクともしなかった。
(時間停止魔法か……)
半球体が黒いのは光を反射しない為。
ヌビィデアは、そう結論を導き出した。
「人質を固めて置いていたのが仇になったね!」
威勢の良い若い女の声。
ヌビィデアは、声のする方へと振り向く。
そこには美しい女性が立っていた。
「ボクの名はアティ! 魔王ヌビィデアよ! 村人達は解放させてもらうよ!」
「……これは、これは……」
ヌビィデアは目を細めて微笑みながらアティを睨めつける。
「噂通りの美しさだな、剣神殿」
ヌビィデアの社交辞令にアティの顔は真っ赤に染まる。
「お、お、お、お、おだてても手加減なんかしないからな!?」
(何を言ってるんだ、こいつは?)
ヌビィデアは何故か微妙に調子を狂わされた感じがした。
「剣神殿は武器だけでなく、魔法もお得意のようだ」
ヌビィデアは後方の黒い球体をちらりと見て呟く。
「ああ、友人の魔術師から借りたんだ」
アティは自慢気に左手の指輪を見せた。
(マジックアイテムか……恐らく持ち主はフードゥとか言う名の……)
指輪にはまった魔法石。
あの大きさなら範囲も狭く、効果の持続時間も短いだろう。
ヌビィデアはアティが敵である魔族の自分達ではなく、人質を守る為に指輪を使った理由を理解した。
(もっとも、俺に向けて使用しても効かんだろうがな……)
ヌビィデアは心の中で嗤う。
アティは露骨に表情に出して微笑んだ。
「『君は考え無しに突っ込むから、先にこれで人質の安全を確保してくれ』ってフードゥに言われて渡されたんだ」
「なるほど……それで、お友達はどちらに?」
ヌビィデアは用心深く周囲の気配を探る。
「……いないよ?」
アティは不思議そうな顔で、さも当然の如く言ってのけた。
「……は?」
(嘘だろ?)
ヌビィデアは目の前の美女を凝視する。
そして不機嫌になった。
「舐められたもんだな」
するとアティの周囲にいる魔族達の首が落ちた。
ヌビィデアの目が驚愕の為に大きく見開く。
彼には、わずかにアティの身体の軌道らしきものが見えただけだった。
「別に舐めてはいないよ」
アティは舌舐めずりをして嗤う。
それは神ではなく鬼や悪魔のような笑顔だった。
ヌビィデアの額に一筋の冷たい汗が流れる。
「アルム……残りの生きている連中と共に撤退しろ」
「ヌビィデア様! 私達も共に戦います!」
アルムはヌビィデアの方を見て答えた。
瞬時に恐怖で彼女の表情が凍りつく。
ヌビィデアは凶々しく嗤っていた。
悦んでいた。
「勘違いするな、お前らがいたら本気を出せない。せっかくの強敵なんだ、愉しませろ」
アルムは息を呑み無言で頷くと、片手を振って撤退の合図を送り、生き残りの魔族達と共に去って行った。
ヌビィデアは尋ねる。
「今頃は国王が俺の部下達の襲撃を受けているはずだ。お前は王を守らなくていいのか?」
「……ま、いいんじゃない? ボク達のパーティは強いからね。一人くらい抜けても大丈夫さ」
(そうかもな……)
アティの実力を垣間見たヌビィデアは納得する。
「だが、お前は確実に王の不興を買うぞ? パトロンを失うのは痛手では無いのかね?」
「村人達を助けに行ったぐらいで仕事を回さなくなるケチな王様なんて、こっちから願い下げだよ。仕事は仲間が、きっちりこなしてるんだから文句を言われる筋合いは無いね。それでもボクをクビにするって言うんなら、素直にまた独りだけの野宿生活に戻るだけさ」
アティは剣を構える。
「でも魔将軍五人じゃ、仲間もきついかも知れないからね。早めに帰りたいから、さっさと終わらそう?」
ヌビィデアは先程から喋りつつも心の中で呪文の詠唱を終えていた。
「君みたいな女性は嫌いじゃない」
ヌビィデアは目の前のアティを本当に美しいと感じた。
魔王の攻撃魔法が勇者に向かって炸裂する。
それが戦闘開始の合図だった。
◇
そして、その日……ヌビィデアは魂を一つ失う事になったのである。
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