蒼天のお茶会

「本当に申し訳ありませんでした」


 豪快に天井が吹き飛んだ応接間にあるテーブル近くのソファに座りながらも、イントゥールは深々とアルムに向かってお辞儀をする。


「いいえ、幸いにして死者も大きなケガ人も出なかったようですし、各被害者への賠償の話は後で落ち着いてから両国の代表を立てて話し合いたいと思いますから……」


 アルムは立ったままイントゥールの目の前のテーブル上に紅茶のカップを置いた。


「とりあえず今日は、お茶でも飲みながらゆっくりとくつろいで下さいね?」


 タイツを穿いてきたアルムは、共和国代表であるにも関わらず自ら給仕の役割を買って出ている。


 イントゥールとはテーブルを挟んで反対側にあるソファへ座っていたヌビィデアの前にも静かにコーヒーカップを置いた。

 その際に前に屈んで後ろをサリクスに向ける格好になる。

 サリクスは頬を赤くしながらアルムの後ろ姿を見つめていた。

 もちろん主に尻を、である。


 そんな兄のスケベな一面を垣間見た妹は、ジト目で彼を睨んだ。


 母親のイントゥールは気付かない振りをしながら、いただきますと言って紅茶に口をつける。


 ヌビィデアは天井が無くなった部屋から空を見上げていた。


「くつろげたって……これではな」

「す、すみません! ヌーさん!」


 アルムはお盆を抱え、深々とお辞儀をして謝る。


「いや、おまえのせいじゃ無いし……いつのまにか俺の呼び方が戻っているし」

「アルムさん、気にする事は無いわ。むかし勇者だった頃、みんなでキャンプをしていたのを想い出して懐かしいもの」


 イントゥールが、にこやかにアルムに向かって微笑みながら伝えた。


「いや、君の子供達のせいだろう? 少しは気にしろ」


 ヌビィデアはイントゥールを軽く睨む。


 イントゥールは涼しげな表情で隠居魔王の苦情をかわしたが、同時にヌビィデアを見つめもした。

 ヌビィデアは彼女の視線の意図を無言の質問だと理解する。


「今の……この国の代表の一人がアルムだ。彼女がオーケーだと言うなら……この一件は部外者の俺が、とやかく言う権利は無い」


 イントゥールは彼の言葉に、そっと安堵した。

 ヌビィデアは補足する。


「だが巻き込まれた側としては……どうして、こうなったのか説明をして欲しい所だな。イントゥール女王陛下……」


 イントゥールが神聖国家セントラルの王族、当時は姫であった事をヌビディアが知ったのは、アティと闘ったすぐ後の事だった。


 イントゥールは身分を隠して勇者のパーティに入りヌビィデアの軍勢と戦っていた。


 ある国の王の護衛をすっぽかしてヌビィデアと戦い村人達を救った為に、アティは案の定仕事を干されてしまった。


 アティがヌビィデアとの闘いに勝利し戻ってきたからこそ王を襲った他の魔将軍を追い払えたのだが、最初からいれば良かっただけの話だと言われれば、勇者達も言い返す事はできなかった。


 アティがクビになると残りの三人も、その王のそばから離れた。


 アティとの親友としての関係を身分の上下で壊したくなかったイントゥールだったが、故郷である神聖国家セントラルへの帰国を決意して、その後は王族として勇者達の資金的な後ろ盾となった。


『もっと早く教えてくれれば良かったのに……』


 最初から身分差など気にも留めないアティにイントゥールは、そう小言を言われたと、ヌビィデアは以前に聞いたことがあった。


 その後、戴冠して女王となった今のイントゥールが口を開く。


「議会が、この国に戦争を仕掛けて占領し統治する案を決定したのは事実だわ」


 ヌビィデアの横に座ったアルムの表情に緊張が走る。


「でも、それは女王の承認なくして実行には移せないのよ」

「だが、現に君の子供達は侵攻を開始した」


 ヌビィデアとイントゥールはサリクスを見る。

 発言を促されている事を理解したサリクスは、話し始めた。


「その……女王不在の場合は議会の権限で発動できると議長本人が言っていたものですから……」

「そんなわけないでしょう?」


 サリクスの返事にイントゥールは目を閉じ眉間に皺を寄せ二本の指で押さえた。

 サリクスの言い訳は続く。


「おかしいとは思ったんですが……魔族の国は既に秘密裏に戦争の準備を終えている。このままでは手遅れになると、言われて……」


 念の為にヌビィデアとイントゥールは、同時にアルムの顔を見た。

 アルムは慌てて首を横に振った。


 イントゥールは溜め息を漏らす。


「実は他の議員達も議長に半ば洗脳されたかのように上手く口で騙されていてね。開戦決議案可決も本当に議員達自身の意志だったのかどうかすら怪しいわ」

「その議長って奴は?」

「逮捕したわ。別件の汚職でね」


 サリクスとアムディが母親の言葉に驚きを隠せないでいる。


「多分、自分の汚職の捜査どころでは無くす為に周りの人間を利用して戦争を起こそうとしたのかも知れないわね」

「そんな……そんな事ぐらいで?」


 イントゥールのほぼ当たっているだろう予測に対して、若いアムディは信じられないといった声をあげた。


 アムディはヌビィデアを見て話す。


「いい人そうに見えたのに……誰よりも国の事を愛している人に見えたのよ?」

「そうかも知れないな。そして国が生き残るには先ず自分が生き残らなければならない。その為なら手段は選ばない。そういう奴もいるという事さ」


 ヌビィデアの答えを聞くアムディを見てイントゥールは自嘲する。


「この子達も最近は妙に議長と親しかったのよ。今から思えば、それも彼の計画の内だったのかも知れないけれど……」


 イントゥールは天を仰ぐ。


「女手一つで育ててきたせいか、父親みたいな雰囲気を持った、ちょっと良さげな中年男性が来ると、すぐ懐いちゃうのよね。この子達……」


 サリクスとアムディの二人は俯いて恥ずかしそうに顔を赤くしていった。


「いっその事、俺と再婚でもするか?」

「はあ!? 馬鹿言わないで、殺すわよ?」


 ヌビィデアの冗談にイントゥールは冗談で返す。

 イントゥールは笑いながらも視線を落として呟く。


「私は……ディックの事を忘れる事なんて出来ないわ……多分、永遠に……それに、貴方だって……」


 そこまで言いかけてイントゥールは突然ハッとした表情になる。


「そうだわ! ついでと言ってはなんだけどヌビィデア、私、貴方にお願いしたい事があるのよ」

「なんだ? 俺に出来る事なら何でも……」


 ヌビィデアは、そう言いかけて相手がイントゥールだと思い直して途中で止めたが遅かった。


「実は塔を出て国境を越え、南の地域へ調査に行って貰いたいのよ」


 イントゥールはヌビィデアに、そうお願いをしてきた。

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