春うららかに・13
エリザとサリサの家は、まるで死んだように静かだった。
それもそのはず、サリサは昏々と眠り続け、エリザは延々と癒し続けていたのだから。
蜜の村の人々は、軟弱な旦那が倒れてしまったらしい……と噂した。
きっと目覚めた後のサリサの評判は、ますます『頼りない人』になっていることだろう。
サリサの超人的な力を知っているエオルは、本当のことも言えず、思わず苦笑するしかなかった。
薬草と食事を届けるために、エオルは二人の家を頻繁に訪れていた。
だが、エリザときたら、サリサに貼り付いたままで何も反応がなく、エオルと会話が成り立たなかった。
しかし、このままでは、サリサが目覚める頃に、エリザのほうがまいってしまう。
「エリザ。食事くらいちゃんととりなさい。皆、心配しているから」
無言だった。
我が妹ながら、この一直線ぶりにあきれてしまう。
仕方がないので、お湯を沸かして湯たんぽを作ってあげた。ついでに食事も用意した。それで、少しは話ができるだろうか? だが、それも無視だった。
エオルは、ついに無理矢理エリザを引っ張った。こんな状態で、サリサが目覚めたら、きっと悲しむことだろう。
「やめて! 私、食事なんかいらない! サリサが死ぬなら私も死ぬ!」
エオルは三度も殴られた。
それでもすっかり興奮して泣き叫ぶ妹を押しとどめることに成功した。
「バカなことを言うんじゃない!」
「バカなんかじゃない! もうこんなのは嫌! 残されるのは嫌! 私も一緒に逝きたい! 放してよ!」
二人の間に何がある?
どのような溝がある?
エオルには、二人の事情はわからない。ただ、眠る前のサリサの言葉を代弁した。
「もっとサリサを信じてあげなさい!」
急に、エリザがおとなしくなった。
何か思い当たることが、自分の中にあったのだろう。
「サリサは眠る前に、私にこう言ったよ。あとはエリザに任せて……とね。サリサはおまえを信じているから、自分の能力を限界まで使うことができる。そうじゃないのかい? おまえはいったいどうなんだ? サリサを信じているのかい?」
エリザはしくしく泣き出した。
「お兄さん。私、怖いの。サリサがこのまま消えちゃいそうで……。ものすごく怖いの」
――最高神官を降りて以来、僕を全く信用してくれない。
なるほど……と、エオルは合点した。
心配症の妹は、どうやら、急に訪れる生活の変化に、どうも気持ちがついていかず、余計な心配と疑念に苛まれているらしい。
サリサ・メルという男のしたたかさを思えば、全く不要な心配だと思うが。
「エリザ、たわいもない話だけど」
エオルは、エリザの横に座った。長い話になりそうだ。
「帰って来た日、おまえは、私とサリサがあまりにも親しいんで、驚いていただろ? 実はね……」
サリサが身分を隠して、蜜の村に来た話。
照れ屋のサリサは、どうやら恥ずかしくて、エリザには一生告げないつもりだったらしいが。
案の定、エリザには意外な話だったらしく、大きな目がさらに大きくなっている。
「あの青の手紙を書いたのはね、サリサを信頼したからだ。もしも、おまえにもその気があるのなら、諦めないで納得してから故郷に戻ってきて欲しかったから」
「……サリサがここに……来たの?」
「そう。だから、もしも叶うことなら、おまえの故郷のここで、おまえと一緒に暮らしたいと思ったんだろうね」
二人は、眠り続けるサリサの顔を見た。何の反応もなく、死んだようなままだった。
「そんな昔から?」
エリザの口から、まるで独り言のように言葉が漏れた。
「ずっと昔からだよ。でも、立場が立場だったからね。まさかそれがこんな風に実現する日が来るとは、私は夢にも思わなかった。きっとサリサも叶うとは思っていなかっただろうね」
――夢は何度も何度も諦めた。至らなかったから……。
「やっと手に入れた夢じゃないか。何でそんな幸せの最中に、消えていなくならなければならない? サリサは絶対におまえを手放さない」
エオルの言葉に、エリザは何度もうなずいた。
「そうよね、そうよね……。私もそう思いたいの。でも、なぜか不安のほうが大きくて」
「もっと信じてあげなさい」
「信じたいのに……」
「じゃあ、もっと話を聞いてあげなさい」
エオルは微笑み、エリザの腕を何度か叩いた。
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