コンボルブルスのせい


 ~ 六月十八日(月) 陶芸同好会 ~


   コンボルブルスの花言葉  縁



 学校から歩いて五分。

 竹林をぽこっとくり抜いた。

 こぢんまりとした広場。


 そこに、歴史を感じる日本家屋が建ち。

 裏手に回ればご覧の通り。

 大きな窯が据えられているのです。


 こちらは、若い陶芸家の先生のお宅でして。

 先生は本校の陶芸同好会の活動をサポートして下さり。

 先代から続くご厚意に、なんとも頭の下がる思いなのです。


 ……俺が、なぜそのあたりの事情に詳しいのかと問われれば。

 実は一月ほど前。

 穂咲が学校から出るなり野良猫を追いかけて竹林へもぐりこんで。

 こちらの工房を発見したのです。


 そして、ちょうどクラブ活動中だった陶芸同好会の住田先輩と一緒に。

 花器を勝手に作り始めてしまったのです。


 俺は穂咲に付き合って、見学させていただいたのですが。

 君もどうですかとすすめて下さる陶芸家の先生と住田さんのご厚意を。

 丁重にお断りさせていただきました。


 だって、こいつが二つも三つも器を作る姿を前にして。

 これ以上甘えるわけにはいかなかったのです。



 さて、陶芸というものは本当に手間のかかるもので。

 完成するまで、まさか一ヶ月もかかるなんて思いもしませんでした。


 土をこね、ろくろを回して、後は焼くだけ。

 そう信じていた浅学が、今では恥ずかしいのです。


 数日乾燥させた後、カンナやカッターで形を整えて。

 さらに一週間乾燥させてから、何時間もかけて素焼きして。


 そしてまた時間を置いてから。

 色を塗って、釉薬ゆうやくをかけて。


 さらにさらに時間を置いて、ようやく本焼成しょうせい


 これが十二時間ぶっ通しで火を焚き続ける大作業。

 最近では機械が主流とのことですが。

 窯じゃないと出ない味があるらしく。

 先生のこだわりとのお話です。


 ここに芸術というものを。

 改めて知ることになりました。


 ……そこからゆっくり数日かけて熱を冷まして。

 ようやく。

 本当にようやく、本日、手塩にかけた作品が完成なのです。



「あれ? いない?」


 

 窯から取り出された作品にサンドペーパーをかける陶芸家の先生。

 それが終わった器を丁寧に水洗いする、陶芸同好会の住田先輩。


 窯の前には二人の姿しか見当たらず。

 携帯で呼び出してきた押し掛けニセ同好会員がどこにもいないのです。


 仕方がないのでメッセを送ると。

 即レスが届きました。



< どこにいるのさ。葉月ちゃん

  達も君と一緒?


     窯の前に着いたの? >


< はい


   なら、携帯画面を左から >

   右にしゅぱっとするの



 ……スワイプしろってこと?

 意味も分からず、携帯に指を滑らせると。


「うわっ!?」


 ぴったりそれに合わせて。

 三人娘が窯の後ろからごろごろ転がり出てきました。


「……悔しいけど面白かったです。でも、失格です」

「面白いのに、なんで失格?」

「面白さ三対、イラっと二対、君らに付き合わされて葉月ちゃんが真っ赤な顔をしてて可愛そうが五です」

「イラっとなんてしないでほしいの。その権利があるのは、葉月ちゃんだけだと思うの」

「分かってるならやめてあげて」


 朱に交わればなんとやら。

 葉月ちゃんが、平気な顔でこんなことをやり出す子になってしまったら。


 俺は生徒会長の手によって。

 南海の孤島に送り届けられてしまうでしょう。


 顔を上げることもできないほど恥ずかしいのでしょうか。

 うつむいたまま、体操着の埃をはたく葉月ちゃん。


 そんな彼女の前で、埃まみれのまま瑞希ちゃんとハイタッチをしてドッキリの成功を祝うのは。

 くだらないことにかけてのみ天才的な藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、まずは三つ編みにして。

 それで作ったお団子を耳の上あたりにふたつ結いあげて。

 そこに、コンボルブルスを一輪ずつ活けていますけど。


 薄紫のヒルガオ、コンボルブルス。

 夏の始まりのようで、確かに可愛いですが。


 それ、要注意外来生物ですから。

 こんなところに種とか落とさないように注意してくださいよ?



「……先生、住田先輩。こいつらが不真面目でごめんなさい」

「いや、最後の磨きは経験がいるから触らせるわけにいかねえし。むしろ遊んでてもらった方がいい」


 先生は、最後の一つを磨き終えたようで。

 それを三年生の住田先輩に渡すと。

 腰を叩きながら地べたから立ち上がりました。


「ほら、お花ちゃん先生の花器もできてるぞ」

「ほっほっほ。わしの子供たちが生まれたとな? どれどれ。では塩梅を確認してみようかの」


 なぜか陶芸教室の間は偉そうな態度をとる穂咲の頭を強引に下げさせると。

 先生は顎髭にシャリシャリと手を走らせながらにっこり微笑んで。


「いやあ、お花ちゃん先生ほどの才能がありゃ、そんな態度で丁度いいくれえだ」

「すいません。無駄に才能があってほんとにすいません」

「むう、頭を押さえ付けないでほしいの。さて、わしの自慢の子供たちは……」


 すぐにそれと判断の付く独特な形の花器。

 三つの器をまじまじと見つめ。

 一つ一つを手に取り。


 そして穂咲は。

 鼻からでかでかと落胆の息を吐き出すのです。


「……イメージしてた色と違うの。先生、ヘタクソ?」

「こんどこそこのやろうが申し訳ありません!」


 先生と住田先輩、揃って大笑いして下さっていますけど。

 甘やかさなくていいですからホント。


「ああ、俺は下手くそだ。作りたいものがあるのに狙い通りに焼けた試しがねえ」


 穂咲のバカな発言に、真面目に答えて下さる先生ですが。

 思い通りに焼けないとのお話を聞いて。

 そばで聞いていた瑞希ちゃんと葉月ちゃんが、顔を見合わせて驚きます。


 もちろん俺も穂咲もびっくりしているのですが。

 そんな俺たちに向かって、住田先輩がぽつりと一言つぶやくのです。


「押し付けるものじゃないんだよ、陶芸は」

「え? どういうことです?」


 思わず聞き返した俺に、先生が後を継いで教えてくれました。


「どんなものが出来るか想像しながら土をこねて、窯に入れて。でも、決して思い通りにはならない。……うつわ自身が勝手になりたい色に焼けて、窯から出て来るんだ。それが陶芸だ」


 ……なんと。

 驚愕のお話なのです。


 もちろん、そうは言っても。

 仕上がりを想定しながら釉薬ゆうやくをかけて。

 窯の中、設置する位置まで計算に入れるのでしょうけど。


 先生は、小学生の頃からずっと陶芸をして来たとおっしゃっていたのですが。

 それでも思い通りにならないなんて。


 実に深遠なるかな。

 陶芸の魅力、そのほんの一部分が垣間見えた気がした俺でした。



 ……でも。

 だからこそ。



「えっと、住田先輩。この同好会が解体候補だって事、ご存知ですよね?」


 なんとしてでも陶芸同好会を解体させたくない。

 俺はその一心で、原因を探ろうとしてみたのですが。


「ああ。……しょうがないんじゃないのかな。作品をコンクールに出したりする気は無いし。趣味で陶芸を続ければいいわけだし」

「いやいやいや、諦めちゃダメです。陶芸の魅力をアピールして、同好会員を増やしてですね……」


 説得しようと前のめりになった俺に、かざされた手の平。

 でも、俺を止めたのは先輩ではなく。

 優しい笑みを湛えた先生だったのです。


 そんな彼が口にした言葉は。

 俺の考えが、浅はかだったことを伝えてくれました。



「押し付けるものじゃないんだよ、陶芸は」


 

 ……作品と同じ。

 押し付けようとしても思い通りにいかず。

 それは勝手に、自分の好きな色になるだけ。


「会員、俺だけだし。夏休み前には活動停止するつもりだ」


 住田先輩は、作業を続ける手を休めずに、またつぶやきます。


 陶芸同好会は無くなるのか。

 そんな色に焼きあがるのも、仕方のない事なのだろうか。


 でも、思わず肩を落とした俺に。

 穂咲が飄々と言うのです。


「べつに、この工房が無くなっちゃうわけじゃないし、この世から陶芸が無くなるわけじゃないの」



 …………ああ、そうか。

 勝手に、自分の好きな色になるんだね。


 それが、陶芸なんだね。



「……先生。また数年後、必ず陶芸同好会が出来ると思いますので。その時には後輩たちの面倒を見てあげてください」


 穂咲がこさえたプレゼント、変な形の湯飲みを掲げた先生は。

 にっこり微笑むと、素敵な言葉で返してくれたのでした。



「それに関しては、喜んで押し付けられよう」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る