ブルーファンフラワーのせい


 ~ 六月十一日(月) ツーリング愛好会 ~


   ブルーファンフラワーの花言葉 涼しい風を運ぶ人



 流れる雲。

 流れる風。

 流れる景色。


 いや、この疾走感を表現するならば。

 いっそ、自分の意識だけを歩道に飛ばして。

 客観的に眺めてみるべきか。


 その目に映る、緑なす一枚の静止画の中を。


 鳥のように。

 風のように。


 俺たちは、一瞬で駆け抜ける。




 ……はい。


 ただいまわたくし、ウソをつきました。




「のんびりサイクリング、気持ちいいです……」

「確かに気持ちいいのですが。ちょっと想像と違っていたと申しましょうか……」


 本日は、ツーリング愛好会さんへお邪魔した我々なのですが。

 ストイックな活動を想定しながらクラブハウスの一室を訪ねてみたら。

 なんと言いましょう。

 そこはただの自転車修理屋さんのようになっておりまして。


 数々の自転車から、整備の済んだものを四台持ち出して。

 俺たちに一台ずつ貸してくれて。

 こうして、サイクリングとも呼べないような、友達の家まで行く感覚で。

 おしゃべりをしながらのんびりと移動中なのです。



 実は東京に行ったとき。

 ロードバイクを颯爽と乗りこなす綺麗なお姉さんを見たことがありまして。

 俺も乗ってみたいと、憧れていたのです。


 人工的な浮島のような土地に林立する、未来感あふれるおしゃれビル。

 そんなビルを囲むように植えられた街路樹を左手に。

 お日様の子供たちが無数に揺れる海原を右手に。


 なにやら下に向けてぐにっとひん曲げられたハンドルの自転車で。

 玄人っぽい流線形のヘルメット。

 かっこいいサングラスをかけて走り去っていった綺麗なお姉さん。


 そんな人と並んで、颯爽と走るものかと思っていたのですが。


「現実って、ほんと残酷なのです」

「なにがなの?」


 整備不可能らしく、ぐにっとひん曲がったハンドルの自転車で。

 地域指定の白いヘルメット。

 そこに風防としてスキーのゴーグルをかけた変なお姉さん。


 そんな人と並んで、あくびが出るような速度で走っているのです。


「おまけに、ヘルメットの上にはテープで止めたブルーファンフラワーですか」

「自分じゃ見えないの。ちゃんとくっ付いてる?」

「鬱陶しいので、もいでしまいたいほどです」


 この、変なお姉さんの名前は藍川あいかわ穂咲ほさき

 軽い色に染めたゆるふわロング髪を解いて風になびかせて。

 頭の上に、青い扇風機のようなお花を揺らしています。


 そんな、ヘルメットの上のお花畑は。

 のんきな風に頬をなでられて、楽しそうに踊っていて。

 それもこれも、のんびりゆっくり自転車を走らせているおかげなのです。



 川沿いの田舎道を行く五台の自転車。

 はたから見たら、俺たちは何に見えるのでしょうか。


 おばちゃん用、お買い物自転車二台と。

 ハンドルがひしゃげた電動アシスト機能付き自転車。

 そして。


「先輩! ちょーテンション上がりっ放しですよ!」

「ああ、うん」

「これこれこれ! 今の音聞きました? ミサイル出ましたよ五番のボタン!」

「へえ、そうなんだ。でも俺の方は、ボタン三つしかないから」


 壊れた子供用のおもちゃ自転車を。

 わざわざ修理したんだそうで。


 先ほどからぴろりろぴろりろと。

 うるさいやら恥ずかしいやら。


 川沿いの田舎道を行く五台の自転車。

 ほんとに俺たちは、何に見えるのでしょうか?


 ……とは言え。

 世間が俺たちをどう見ようとも。


 初夏の風は思いのほか心地よく。

 しかもこれだけのんびりと走れば。

 疲れ知らずの汗知らず。

 ただただ快適なのです。



「……そう言えば、小さな頃はよく自転車で冒険旅行に行ったなあ」


 普段は臆病な俺が。

 青い相棒とならどこまでも行ける気がして。

 よく知っている角を。

 まるで知らない方へハンドルを切り。


 ドキドキとする胸が、見たことのない景色に冷まされて。


 どこまでも、どこまでも。

 走り続けたもんだ。


「……せ、先輩。……かっこいい詩です」

「センパイって詩人~!」

「ウソでしょ!? 声に出てた???」


 やっば。

 恥ずかしい。


 ドキドキとする胸は。

 しばらく冷めそうにありません。


「でもでもでも、藍川先輩と一緒じゃ大変だったんじゃないですか?」

「あ、あたしも、そんな気がしてました……」

「いや、自転車の時は俺一人。こいつ、乗れなかったから」 

「そんなことないの。自転車なんて、生まれたころから乗れるの」

「それはそれでどうなのでしょうねえ」


 穂咲のとぼけた反論に。

 みんな揃って大笑い。


 小学生の間はまったく乗れなかったのに。

 中学の頃、急に乗れるようになってたよね。


「地獄の特訓でもしたのか?」

「自然に乗れるようになってたの。……じゃなかったの。もともと、乗れる運命だったの」


 ……そういえば。

 自転車はまだ早いと言われて、二人で泣いたあの日。

 おじさんが、穂咲に自転車を教えるのは骨が折れそうだと頭を掻いていたっけ。


 結局、それはできなくなってしまったから。

 だから、夢の中で。

 こいつに特訓してあげたのかもしれません。


「あ! センパイセンパイ! たこ焼き屋だって!」

「寄っていきたいの?」

「うーん、…………それほどでは!」

「なんだそりゃ」

「きっとおいしいの。川沿いだし、とりたてなの」

「……タコを?」

「たこ焼きを」


 バカなおしゃべりをしながら。

 笑いながら。

 景色を楽しみながら。


 気付けば知らない道を。

 ずいぶん遠くまで漕ぎ続けているのですが。


 ツーリング愛好会の、たった一人の会員さん。

 ずっと無言のまま先頭を走っていた同級生が、スーパーの駐車場に入って、自転車から降りました。


 相変わらず、俺たちはおしゃべりをしながら。

 彼に続いて自転車を降りたのですが。


 どういう訳か、今まで走っていた道に戻ると。

 登り勾配になり始めた道を、歩いて進むのです。

 

 ここ、頑張れば自転車でも登れるよね?

 首をひねりながら彼の背中を追う事五分。


 大きなカーブに作られた駐車場から湖を臨む。

 そんな絶景が、俺たちを待っていたのでした。



 写真を撮って大はしゃぎする三人組。

 それを無表情に眺めつつ、ガードレールに腰を下ろす彼。


 よく見れば、周りにはかっこいい自転車が二台停まっていて。

 景色を堪能した後。

 坂をぐいぐいと登って行ったのです。


「……ツーリング愛好会って、なんで解体候補にされているんですか? 理由を聞いていますか?」


 俺もガードレールに腰かけて。

 ペットボトルを傾けながら聞いてみると。


 無表情で、暗い感じの彼が。

 ぽつりぽつりと話してくれました。


「……会員、一人だし。自転車部があるから合併しろって。……でも僕は、レースをしたいわけじゃないし。こんな峠を自転車で上りたいわけでもない」


 ……なるほど、確かに。

 自転車部なら、この坂に挑みたいって思うはずだ。


 でも、ただ風景を楽しみたいから坂の下で自転車を降りて。

 彼は、彼が思う、一番やりたい事をやっているという訳なのか。


「僕はね。……電車とかバスの通っていない所を、観光したいだけなんだ」

「……だ、だから、その。……ツーリング愛好会なんですね」


 いつの間にやら俺たちの元に集まっていた三人。

 その中から、葉月ちゃんが目をキラキラさせて言うのですが。


「どういうこと?」

「ツアーに、『アイ、エヌ、ジー』がついたからツーリングなんです」

「おお、ツアーなの! 右手をご覧くださいなの!」


 手を見せるな。

 俺に手相なんか読めませんよ。


「……じゃあ、ツアーらしく行こうか。ちょっと戻ったところに牧場があって、そこのアイスがおいしいんだ」

「それそれそれ! いいですね! 地元ツアー!」


 はしゃぐ瑞希ちゃんに背中を押されるように。

 彼は無言のまま、坂を下り始めます。


 淡々と、ホスト役に徹しているのでしょうか。

 ……あるいは。

 ほんとは、一人でいるのが好きなのかな?


「でも、それが目的なら、愛好会じゃ無くてもいいような気がするのですが。趣味で続けるのではだめなのですか?」


 スーパーに着いて、三人組が飲み物を買うためにお店へ入った後。

 俺は、そう問いかけました。


 すると彼は。

 相変わらずの無表情のまま、首を左右に振って。


「……愛好会にしてると、こうしてたまに、君たちみたいなお客さんと楽しくツーリングできるんだ」


 そうつぶやいて。

 全員の自転車を点検し始めたのです。




 ――たった一人の愛好会。

 でも、愛好会であることに、意味はある。

 俺はこの愛好会を解体させたくない。

 生徒会長さんを説得するために、いいレポートを書こうと心から思いました。


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