アキメネスのせい
~ 六月十二日(火) 男子水泳部 ~
アキメネスの花言葉 あなたを救う
不安で不安で仕方ない。
こいつがここまで視線を集めるとは。
「見ないであげてください」
「いや、わかっているんだが、つい!」
「いいじゃねえか秋山。減るもんじゃねえし」
「減ります」
「ならば望むところなの!」
そう言いながら、お腹周りに店舗を構える精肉店の売り物を指でつまむのは。
スクール水着の腰と胸を、バスタオルで作ったパレオで隠した
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、スイムキャップの中につっこんで。
…………突っ込んで。
……………………突っ込んで?
いつも思うんだけど。
あれだけの長い髪をどうやって入れてるのでしょう。
まあ、いいか。
そんなスイムキャップに、紫のアキメネスを一輪、テープで張り付けています。
今日お邪魔しているのは、男子水泳部。
我が校では基本的に、男子が機械トレーニングの日は女子がプール。
そして本日のように、女子が機械トレーニングの日は。
「いいからとっととプールに入りなさいよ」
「いや、わかっているんだが、つい!」
「いいじゃねえか秋山。減るもんじゃねえし」
「減ります」
まったく。
ちらちら穂咲を見なさんな。
「チア部の時に続いて、藍川先輩、今日もダイタンですね!」
「……だ、大胆ですよね」
「奥様ダイタン~♪」
「六波羅探題~♪」
穂咲の水着を見て大はしゃぎするのは男子ばかりでなく。
体操着上下の一年生コンビも浮かれているようですが。
「二人は今回もパスですか」
「チア部の時に続いて、センパイ、今日もエッチですね!」
「別にそう言う意味じゃ……」
「エ、エッチです」
「…………もう、それでいいです」
この二人には何を言っても無駄でしょう。
せめてこいつらを何とかしましょうか。
「準備体操の間も、こっちを向かないでください」
俺の絶対零度の視線に。
皆さんしぶしぶ後ろを向いていますけど。
これ以上減らされてたまるかなのです。
……しかし、水泳部の皆さん。
よっぽどトレーニングをなさっているのでしょう。
背中の筋肉が、皆さんかっこよくて。
一年コンビなど、きゃーきゃー言いながら両手で顔を覆って。
ブタの足にした中指と薬指の間からまじまじと観察しているほどなのです。
「しかし、なんで俺たちが解体候補に挙がってんだ? 大会には勝ってるのに」
「ええ。それは確認しました。でも、俺が審査してもこの部は解体候補です」
「なぜだ!?」
「…………聞きたいですか?」
背中越しにうなずく一同。
よっぽど不服と見えるのですが。
確かに。
彼らはここ数年、本当に頑張って来たようで。
それが見事結果に結びつき。
華々しい成績をおさめているのです。
……ボディービルの大会で。
「ちゃんと水泳大会出ろ」
「「「「「やっぱそれかーーー!」」」」」
ああ呆れた。
ご納得いただけたようですので。
わざわざ水着にTシャツといういで立ちで参りましたけど。
とっとと帰りましょう。
そう思って、更衣室へ歩き出したら。
背中側から水着に手を突っ込まれて。
ぐいっと引っ張られました。
「ちょーーーっ! お尻が丸見えになっちゃうよ! 何するのさ!」
もちろん一年生に、こんなことをするダイタンさがあるはずもなく。
……ブタの足の間からじっくり見るダイタンさはあるようですが。
とにもかくにも、犯人は穂咲なのです。
「やめなさいよ。君は現在、後輩へいらんトラウマを植え付け中です」
「帰さないの。あたしはお肉を減らす気で来たの。そのためにはお腹を見られないといけないの」
「なにを言っているのかまるで分かりませんが、減ると信じているのですね?」
こくりとうなずく穂咲さん。
そういう事なら仕方ない。
見学だけしていきましょうか。
……ああ、君は見学される側でしたね。
お腹周りを。
やれやれと、俺がその場に腰を下ろそうとすると。
「見てるだけですか?」
瑞希ちゃんが聞いてくるのですが。
「見てるんじゃなくて、見られたいそうです。主にお腹周りを」
「……センパイは?」
「は? 見ないよ?」
「そうじゃなくて。見せないんですか?」
……なに言ってるの?
瑞希ちゃんが意味の解らない事を言い出したので。
良識派の葉月ちゃんへ、助けを求めようと振り向いたら。
「……なぜあなたは俺のTシャツに手をかけますか」
「み、見たいなあと……」
「脱ぎませんよ。葉月ちゃんまでおかしなこと言わないの」
「だ、だって、あの、Tシャツをまくるときの脇の筋肉が……」
「ないですよ。俺の場合、ろっ骨が浮き出ると思います」
ええい、その手を離しなさい。
瑞希ちゃんも、逆の側を引っ張らないでください。
でも。
そんなバトルに終止符を打ったのは。
準備体操を終えて、次々とプールへ飛び込む水泳部員だったのです。
「ほら! 後ろがつかえてるから早く入れ!」
「Tシャツも脱げ! 何をもたもたしてるんだ!」
「え!? なんで俺が入る流れになってるのさ!」
「秋山がそこに立ってると、穂咲ちゃんを鑑賞できんからな」
…………おいお前ら。
それは真面目な顔で言うセリフじゃない。
「それは困るの。へらないの。道久君はとっとと脱ぐの」
「わぷっ!?」
「とっととスタート台に乗るの」
「こら押すな! あぶな……」
「からのダーイブ」
「どわーーーー!」
どうしてこういう時は力持ちなんでしょうね。
準備運動もせずに、お尻を両手で押された俺は。
びたんとおなかで音を鳴らして水の中。
痛いわ。
……ん?
いてててててて!
「いだだだごふっ! あしつっだごぼごぼっ!」
いやはや。
水の中で足がつると、ほんと辛いよね。
でも、君が俺を水に落っことすなんて毎度のことですし。
これも想定の範囲内。
慌ててはいないのです。
ひとまず力を抜いて。
ぷっかりとうつ伏せに浮かんで。
あとは痛みが引くまでじっと我慢。
そう思っていたのに。
無理やり両脇を抱えられて、体を引き起こされたりしたもんだから。
「あいたたたた! ぶり返した!」
「先輩! 先輩!」
「葉月! 早くプールサイドへ!」
「いだだだだ! 溺れてないから落ち着いて! 引っ張らないで!」
瑞希ちゃんと葉月ちゃん。
俺の懇願に耳も貸さずに、必死にプールサイドを目指します。
俺がぷっかり浮かぶ姿を見て、瞬時に飛び込んでくるなんて。
なんて勇敢な後輩たちなのでしょう。
でも、君たちのせいで驚いて。
つい足に力が入って、激痛再びなのです。
泣き叫ぶままプールサイドへ押し上げられたのですが。
何度もつったせいで、足が痛くてたまりません。
とは言え、まずは二人に言わないと。
俺は水泳部の一年生に支えられながら立ちあがると。
体操着を水浸しにした二人に頭を下げました。
「二人ともありがとう、助けてくれて。……でも、服のまま飛び込むと危険だからよく覚えておいて。俺も、冬の川で溺れかけたことあったから、それは絶対やっちゃダメ」
……せっかく勇気を出して助けてくれたのに。
怒ったりしたもんだからこの通り。
ちょっと口を尖らせた二人なのです。
ですが、心配している気持ちと、感謝の気持ちを込めて。
手をぎゅっと握ってあげたら分かってくれたようです。
「そういう時は、助けを求める勇気も大事だから。大声で助けを求めるといいのです。よく覚えておいてほしいのです」
あの時も、穂咲が大声で助けを呼んでくれたから。
岸谷君が颯爽と助けに来てくれたのです。
そんな君が、今回はどうしたのでしょうか。
俺を突き落とした姿勢のまんま。
ぴたっと固まっているようですが。
「偉い二人に引き換え、君は最悪なのです。どうして昔っから俺を水に叩き込むのさ。……あと、なんで固まったままなの?」
痛む足を引きずって、穂咲の傍へ辿り着くと。
この、固まったオブジェは。
急に俺にしがみついて。
ぼろぼろと泣き出したのです。
「おぼ……、溺れたかと思っ……、ひっく」
「……面倒な奴ですね」
安心しなさいよ。
君の前から、まだしばらくはいなくならないつもりですから。
スイムキャップの頭をぽんぽん叩いてやると。
おいおいと大声で泣き始めたので。
俺は穂咲を引きずりながら。
プールを後にしました。
「ごめんなさいなのー!!!」
「はいはい。もういいですよ。君に何されても、怒るだけ無駄ですから」
溜息をつく俺の顔を。
勇敢な二人組が横から覗き込むと。
くすりと微笑んで。
…………そして直後に。
その笑顔が呆れ顔へと変貌を遂げました。
「あともう一つごめんなさいなのー!!!」
「もういいって言……? もう一つ?」
「面白そうだから、着替えを教室に持ってっておいたのー!」
「……君に何されても、怒るだけ無駄だけどふざけんな」
おかげで、本日の各クラスの学級日誌は。
びしょびしょマン再来の話題でもちきりになりました。
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