ニオイイリスのせい
~ 六月六日(水) サッカー部 ~
ニオイイリスの花言葉 恋人
今日は、解体候補と関係なく。
こんなところに俺たちが来ているのには訳がありまして。
「…………ひとり、足りなくてな」
「騙された」
クイズ研究会にお邪魔する約束を蹴ってまで。
六本木君の誘いに乗った、そのセリフ。
君は確かに言ったはずです。
チア部の皆さんが応援に来てくれるって。
「いねえし」
「ウソはついてねえ。柴田が怪我したから紅白戦の人数が足りなくなったんだ」
「……で?」
「あそこで応援してるだろう」
「柴田君? 確かにいるけど」
「…………あいつのあだ名は、『ちくわぶ』だ」
「君は、俺が聞き間違えたとでも言いたいのかい?」
聞き間違えないよ、チア部とちくわぶ。
あと、そんなあだ名は即刻やめてあげて。
放課後のグラウンド。
陸上部がすぐお隣のトラックでアップをする掛け声が響く中。
季節外れの木枯らし的な何かが、俺たちの間を吹き抜ける。
「……騙された」
「いいからこのスパイクに履き替えろ」
足元に放られたシューズに渋々足を通す俺に突き刺さる、一年生の視線。
この間、体育の授業で一緒になった皆さんの囁き声は。
ボレーシュート男が来た……。
針のむしろなのです。
まあ、確かに応援の女子の姿はちらほら見かけますけど。
皆さん、君の方しか向いてないじゃないのさ。
キャーキャー言われてる六本木君。
改めて、その人気を実感するとともに。
ひそひそ言われてる俺。
改めて、その不人気を体感するのです。
一緒にグラウンドまで来てくれた四人の女子も。
俺のすぐ後ろでベンチに腰かけて。
しゃがんで靴を履く俺の頭越しにサッカー部男子を指差しながら、誰が一番かっこいいか持論をぶつけ合っています。
そんな黄色いさえずりをBGMに。
スパイクを履き終えて、準備万端。
俺はため息が出そうになるのをぐっとこらえて振り返り。
みんなに一言、声をかけました。
「帰ってもいいかな」
「ダメに決まってるじゃない。友達のよしみで手伝ってあげなさいよ」
厳しい事をおっしゃるのは、六本木君の恋人、渡さん。
「なんとなーく応援しといてあげるから。さっさと行きなさいよ」
「泣いてもいいかな」
「なんでです? またかっこいいとこ見せてください!」
「秋山先輩、ふぁ、ふぁいとです……」
渡さんと肩を寄せて、嬉しい事を言ってくれるのは。
葉月ちゃんと、そして六本木君の妹の瑞希ちゃん。
仕方ない。
二人の為に頑張ってきます。
キャーキャー言ってくれる人が二人もいるなんて幸せですし。
以前、同じシチュエーションで座っていた時と違って。
二人仲良く並んで腰かけていて。
そのことも、俺の背中をぽんと押してくれるのです。
「でも、香澄お姉ちゃんはおにいの応援でしょ? センパイと別チーム!」
「ほんとだ。どっちを応援しようかしら?」
そうなのです。
俺がもたつきながら腕を通す緑のゼッケン。
その敵である赤いゼッケンをつけて、サッカー部のエースは声援を背に、アップなど始めているのです。
「おにいを応援してあげてくださいよ。恋人なんだし」
瑞希ちゃんが臆面もなく言った言葉に。
葉月ちゃんが頬を赤くしながら呟きます。
「こ、恋人って、どんな感じなのかな……」
にわかに始まる女子トーク。
俺は既に、ここにいないものとして扱われ始めました。
……やっぱり、帰っていいかなあ?
「そうね。……別に、普通な感じ? 秋山と穂咲みたいな感じよ」
「待ちなさい渡さん。俺たちは君らみたいにしょっちゅうケンカなんかしません」
慌てて否定したものの。
俺は突っ込む場所を間違えたようなのです。
「あたしたち、恋人?」
「ちがっ!? …………い、ます、し?」
さらに慌てふためく俺に。
そうだよねえと頷くのは、
一瞬、焦ったりもしましたけど。
頷いた君がばっさばっさと頭から騒音を立てる姿を見て。
どうでも良く感じ始めました。
芸事は、六才の六月六日から始めるのが良いとされていることから。
本日は、生け花の日でもあるのですけど。
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、四角い花器の形に結って。
イチハツに似た、真っ白なアヤメ、ニオイイリスを主軸に。
何やら有名な華道の先生に朝から活けていただいた見事な作品。
……頭の上に、豪快な芸術がわっさわっさと揺れています。
物の良さが分かる俺ではありませんし。
分かったふりなどせず、格好をつけずにこれを評すと。
頭がサンバカーニバルなのです。
とは言え、そんな姿にすっかり萎えた俺の気など知らぬみんなは。
穂咲の言った、恋人という言葉にすっかりもりあがり。
ニヤニヤ顔で見上げてくるのです。
「センパイ! 照れすぎ顔あか~♪」
「ペレストロイカ~♪」
「うるさいよやめなさいよ」
なんで君たちは瞬時にそういうの思い付くの?
「あら楽しい。なにそれ?」
「マイブームなんです!」
「渡さん、それ、なんかイラっとしますよね?」
「別にそんなこと無いけど。ほら、そろそろキックオフよ」
声援に背中を押されてピッチへ向かう六本木君とは対照的に。
イラっとする歌に送り出されながら、俺はとぼとぼと歩き出すのでした。
~🌹~🌹~🌹~
以前の、一年生との合同体育。
あれとはレベルが明らかに違うとはいえ。
結果だけ見ればまったく同じ。
0対0で迎えた後半戦も。
わずかな時間を残すのみ。
そろそろ疲れがピークに達して、動きが緩慢になった皆さんに。
ようやく俺の足が追い付き始めました。
「さすが……、脚力に関してはハンパねえな!」
「理由をみんなに話したら、君の携帯に隠された秘密も全国公開です」
黄色い歓声がざわつきに変わるのは。
どこかの素人が、自分のお気に入りの俊足を。
マンマークでピッタリ止めているからのようで。
しかもこの奇跡を可能にしているのが。
「あ、秋山先輩! 凄いです!」
「センパイ! おにいからボール取っちゃえーーー!」
二人の可愛いチアガールが。
俺を見てくれているという事実。
……まさにチア。
俄然、勇気が湧いてきます。
フェイントには引っかかるものの。
緩慢な六本木君の前に、すぐに回り込み。
ここに来ても速度の落ちない俺が、敵のエースを完全封鎖です。
自陣中盤。
残る時間、こいつの動きを止めれば引き分けだ。
……その慢心が、あっという間にピンチを作りました。
一瞬のスキを突かれ、サイドへカミソリのようなパスを出されたのです。
「しまった!」
慌ててボールを追おうと思ったのですが。
ふとひらめいて。
俺はボールを追いかけていくフリから方向転換。
必死にゴール前へ上がる六本木君の後ろに。
音もなくぴったり張り付いて走りました。
すると、案の定折り返しで上がったセンタリング。
黄色い歓声に後押しされるように。
六本木君が落下地点へするっと入って、ボレーシュートの体勢に。
何度も見たことあるから知っている。
六本木君のスペシャリティーは、このダイレクトプレイの精度。
もはや、万事休す。
……って訳にはいかないよ?
一瞬驚いた表情を浮かべた六本木君。
そりゃそうだ。
死角から現れた俺が、全身でシュートコースを塞いでいたらね。
さあ!
蹴れるもんなら蹴ってみ
「ぼひゃん!」
……このやろうは。
お構いなしに全力で蹴りやがりました。
俺の顔面に当たったボールは六本木君のキック力そのままに。
こちらのゴール前から敵陣へ向けて、遥か彼方まで飛んでいきます。
「ぐおぉぉぉぉぉ!」
「わりい! つい、日ごろの恨みが募って!」
「なおさら悪いのです!」
反撃したいところですけど。
スポーツ中の事ですし、今の酷いセリフはただの冗談でしょうから。
君の携帯の秘密について全国公開の刑はやめてあげて。
渡さん一人だけに公開することにします。
「あ……。あああああああああああああ!」
「おいおいおいおい! 待て……!」
まるで大やけど。
痛む顔面を押さえてうずくまっていた俺の耳に、にわかに響く叫び声。
「なに?」
顔を上げれば、ボールはハーフラインを越えてワンバウンド。
さらにボレーしようとしたディフェンダーの空振りによりツーバウンド。
そして、ゴール間際まで下がったキーパーの伸ばした手をギリギリでかすめ。
……そのまま、ゴールに入ってしまいました。
ここで試合終了のホイッスル。
笑い声と、呆れのため息。
おおよそスポーツでは聞き慣れないものでグラウンドを満たしながら、紅白戦は終了しました。
「……なんか、悪いことをした気持ちです」
タオルを差し出して待つ渡さんの元に向かう六本木君に声をかけても。
返事すらしてもらえず、俺はその後を追いかけます。
「……お疲れ様、残念だったわね」
「別に残念じゃねえ。あんなの負けた内に入らねえ」
いつもと違った荒い口ぶりで汗を拭く六本木君を。
みんなが心配そうに見つめる中。
渡さんは、厳しい表情と共にこんなことを言うのです。
「情けないわね! 負けて悔しいと思えないってことは、全力でプレーしてない証拠じゃない!」
「……うるせえなあ、悔しいに決まってんだろ! このバカ、全力で蹴ったボールを避けもせずにシュートコースをふさぎ切ったんだ。……俺の負けだよ」
……言えない。
反射神経ゼロだから棒立ちになってただけなんて言えない。
「だったらぐずぐず言わない! 罰としてグラウンド五周!」
「し、試合終わったばっかりなのにか!?」
天を仰いだ六本木君。
ちきしょうとか叫びながら、重たい足で走り出すと。
負けたチームの皆さんが、彼に続いて走り出すのです。
湿気をはらんだ六月の校庭に。
爽やかな風が、喘ぎながら駆け抜けて。
俺の心を、清々しさで満たしてくれました。
「……さすが夫婦。お互いを高め合う、良い関係なのです」
「だ、だれが夫婦よ!」
慌てる渡さんに。
この二人からも素敵な歌が送られます。
「新婚ほんわかショー♪」
「新古今和歌集~♪」
「……これ、イラっとするわね」
「でしょ?」
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