サルビアのせい


 ~ 六月七日(木) クイズ研究会 ~


   サルビアの花言葉 エネルギー



 ジャジャン!


「モーツァルト。 復讐の炎は地獄のように我が心に燃えなどに代表される、オペラなどで……」


 ピンポン!


「おっとクイズ研、加藤君! 答えをどうぞ!」

「アリア」

「正解!」


 ピポピポピポピポン!



 ――独特な雰囲気に圧倒されながら。

 小さなボタンの上に手をかざしつつ。

 呆然とした表情を俺に向けているのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、つむじの辺りでお団子にして。

 今日はそこに、赤と紫のサルビアを何房も挿しているのですが。


 頭の上では赤チームと紫チームが接戦なのに。

 机の上では完敗です。



 前回の部活荒らしから数えきれないほど。

 見学をすっぽかしてきたクイズ研。


 彼らの怒りは本当にもっともで。

 俺たちをコテンパンにすべく。

 自分達の研鑽の日々を思う存分ぶつけてきたのです。


「……ねえ、道久君」

「なんでしょうか?」

「頭を使うと、カロリーを消費できるって聞いたの」

「運動の何倍もの勢いでエネルギーが消費されるのは本当ですが。それが何か?」

「……あたし、頭、使ってる?」

「今傾けたことで、ちょっと使ったと思います」


 ただ座っているだけのオブジェを相手に。

 嬉々として戦うクイズ研の皆さん。


 もう、俺たちがいてもいなくてもおなじという風情なのですが。


「早押し式クイズ形式~♪」

「排他的経済水域~♪」

「……君らは学があるんだから。ボタンを押しなさいよ」


 そんな俺の言葉を聞いて。

 苦笑いなど浮かべる二人組は。


 元気な方は六本木ろっぽんぎ瑞希みずきちゃん。

 清楚な方は雛罌粟ひなげし葉月はづきちゃん。


 頭の回転、瞬発力、学力、知識。

 どれをとっても、クイズに向いていると思うのですけどね。



 ジャジャン!


「国連海洋法条約に基づ」


 ピンポン!


 いけね!

 余計なことを考えていたら。

 問題の途中なのに押してしまいました。


「速い! 答えをどうぞ!」


 でもこれ、さっき二人が歌ってたやつだよね? たしか、えっと……。


「五、四、三……」

「ええっ!? え、えっと、あの……」

「二、一!」

「は、はやおししきくいずけいしき~♪」


 ブッブーーー



 クイズ研の皆さん、お腹を抱えて大笑い。

 それにひきかえ、俺の両側から突き刺さる冷たい視線と言ったら。


 ああ、恥ずかしい。



 ジャジャン!


「ブラジル原産の被子……」


 ピンポン!


「これまた速い! クイズ研、岸谷君。答えをどうぞ!」

「サルビアですかね」

「正解!」


 ピポピポピポピポン!


「あー! あたしなの! あたしのお花なの!」


 自分の頭を指差して。

 今更早押しボタンを連打する穂咲に。

 皆さんは子供のわがままを見つめるお父さんのようなたたずまいで苦笑い。


 ちょっと腹が立ちますが、それでも皆さん、確かにお強いしかっこいいのです。


「……さすが岸谷君なのです。でも、ブラジル原産の花なんていくつもあるでしょうに」

「ふむ、今のはサービス問題ということなのでしょうな。勝負が始まる前からヤマを張っていたのですよ」

「ヤマ?」

「クイズ好きは、遊び心の塊ですから。おそらく藍川君が入室するなり、問題を一つ即興で作ったのでしょう」


 岸谷君の言葉に、出題者の方が問題文の書かれた使用済みカードを手渡してくるのですが。

 パソコンから打ち出した他のカードに混ざって。

 手書きで書かれた問題文。


 『ブラジル原産の被子植物で、和名をヒゴロモソウという、夏から秋にかけて開花する植物の名前は?』


「そこまで考えているなんて! いやはや、俺には魔法みたいに見えるのです」

「はっはっは! 秋山君も頑張りたまえ。得意なジャンルから出題されて、我々を出し抜くようなことがあれば、それはもう快感ですよ?」

「無理なのです。……でも、頭の良さというものについて新発見した心地です」


 俺の感想に、皆さんフフンと鼻を鳴らして。

 少し照れていらっしゃるようですが。


 これは頭脳の格闘技。

 素人がどうこうできるものじゃないのです。


 しかし、岸谷君は本当にかっこいいな。

 水泳部、カレー研究会、園芸愛好会など。

 いくつものクラブを掛け持ちしている彼ですが。


 まさかクイズ研にも所属していたとは。

 本当に多芸な人なのです。


「しかし岸谷君。この三人は怯えるばかりで、いまいちクイズの魅力が伝わっていません」

「おっと、これはレディーの前で大人気なかったね。それでは、ひとつ小粋なジョークでもご披露いたしましょう」


 そう言いながら、一年生コンビに軽くウインクなどする岸谷君が。

 出題者の席へすっと立つと、ジョークですよと改めて念を押しながら、クイズを出題し始めました。


「冷蔵庫の中に、カバを入れるには何回の手順が必要でしょうか? これからラクダで例をあげますので、それと同じ形式でお答えください」


 ……なんだそれ? 入るわけあるかい。

 俺が眉根を寄せると、岸谷君はジェスチャーなど交えながら例を説明します。


「一、まず冷蔵庫の蓋を開ける。二、ラクダを押し込む。三、冷蔵庫の蓋を閉める。……さあ、分かった方はボタンをどうぞ!」


 ええと、カバだって一緒だよね?

 でも、なにか引っ掛けがあるのかもしれない。


 ボタンを押しあぐねる俺の隣で、葉月ちゃんがピンポンと軽やかな音を鳴らしました。


「え、ええと、一、冷蔵庫の蓋を開きます。二、カバさんを冷蔵庫へ入れます。三、冷蔵庫の蓋を閉めます」


 ブッブーーー


「ええ!? なんでです?」

「うん。俺もなんでか分からないのです」


 俺たちが不平を鳴らすと。

 それを合図にしたかのように、クイズ研の先輩がボタンを鳴らします。


「さあ、それでは答えをどうぞ!」

「一、冷蔵庫の蓋を開ける。二、さっき入れたラクダを出す。三、カバを入れる。四、冷蔵庫の蓋を閉める」

「正解!」


 ピポピポピポピポン!


「自力で出てきて!」

「この冷蔵庫の蓋は、中から開きませんので」

「じゃあ出しといたげて!」


 クイズ研の皆さん、全員が大爆笑。

 でも、俺たち四人は不服顔。

 これではジョークとやらが始まる前と変わりません。


 でも、そんな俺たちの表情などお構いなしに。

 岸谷君は続けます。


「ここに、地球上すべての生き物を従えるボタンがあります。これを押しながら、全員ここに集合と叫ぶと、たった一匹の動物を除いてすべての生き物が集まって来たのですが、さてここで問題です。来なかった生き物はなんでしょう?」


 ……これまた、意味不明な問題なのです。

 クイズ研の皆さんは澄ましたお顔をされていますが。

 ダジャレかなにかなのでしょうか?


 真面目な葉月ちゃんは、さっきの失敗を取り返すべく、真剣な表情。

 きっと頭はフル回転なのでしょう。


 穂咲も同じような顔をしていますけど。

 きっと頭はバカンス中なのでしょう。


 そして瑞希ちゃんへ目を向けると。

 難しそうな顔をしながらむむむと唸っていたのですが。

 急にぱあっと顔をほころばせて。

 自信満々に早押しボタンをピンポンと鳴らしました。


「お? それではリトルレディー! お答えをどうぞ!」

「あはははは! さっきのカバだ!」

「大正解!」


 ピポピポピポピポピポピポン!


「また入れたままだったんかーい!」


 これには俺も大笑い。


 岸谷君とハイタッチなどしながらはしゃぐ瑞希ちゃん。

 ほんとに頭の回転の速い事。


 でも、やっぱり穂咲は理解できずにきょとんとしたままで。

 葉月ちゃんは、この面白みが分からないご様子。


 クイズは人を選ぶ遊び、ということなのでしょうか。


「今のは確かに面白かったですけど。やっぱり、クイズは見て楽しむものだと実感しました」

「まあそうですね。失礼ながら、皆様にはちょっと向いていなかったようですね」


 岸谷君の言う通り。

 俺も頷いて席を離れようとしたら。


「……バ、バカにしないでください!」

「そうです! 今ので自信付いた! あたしも戦います!」


 ……熱血コンビ。

 まさかの食らい付き。


 必死に戦う二人をよそに。

 俺と穂咲は顔を見合わせます。


「……ねえ、道久君。あたしは痩せられるって言うから来たの」

「では、困ってる彼でも助けに行きますか」


 そして俺たちは二人を残して席を立つと。

 カバの閉じ込められた冷蔵庫を探す旅に出たのでした。


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