ハナショウブのせい
~ 五月三十一日(木) 合唱同好会 ~
ハナショウブの花言葉 諦め
この学校、生徒数はそこそこなのに部活ばかりたくさんありまして。
しかもそれを上回る数の同好会があるのですが。
一般生徒には同好会の一覧表など手に入るはずもなく。
解体候補リストには、初めて聞く名前が山ほどあるのです。
「コンビニ研究会なんてものがあるんだ。何を研究しているのでしょう」
「忍者同好会なんてのもあるの」
「あ、あたし、源氏物語愛好会に行ってみたいです……」
「そんならあたしはカレー研究会に行ってみたいな!」
これだけすべてを回るのも大変なので。
代表者にインタビューして歩いたところ。
解体は嫌だけど、実績とか求められるのは面倒との声がほとんどで。
つまり、彼らの言いたいことは。
たまり場を取り上げないでくれという事なのです。
……生徒会長の気持ち、今ならちょっと分かります。
そんな部活、同好会に活動場所を提供するため。
部室に仕切りを作ったり、増築したり。
うちの学校は、年中工事をしているのですが。
この冬から、知り合いのお兄さんが務める工務店が定常的に校内にいて。
毎日のようにどこかでとんてんかん。
こないだ、俺の定位置がなんだかぐらぐらすると愚痴をこぼしたら。
翌日には足形つきのタイルがはめ込まれているなど。
迅速丁寧な上に遊び心も忘れていないのです。
話は逸れましたが。
それなら、解体候補に挙がった理由がいまいちピンと来ない、有名どころをあたろうと。
俺たち部活探検同好会の面々は、今日もこうしてちょっと待て。
「昨日のリストに解体候補が一個追加されているのですが。何してんのさ君は」
「だって、すんなり許可が取れたの」
……この、話をややこしくする名人は、
軽い色に染めたゆるふわロング髪でポンパドール。
そこにハナショウブを一輪、ぶすっと刺した頭は。
見慣れている俺には地味に感じます。
そんな、地味な会長に引率されて。
部活探検同好会の面々は、今日もこうして部活中なのですが。
これだけのクラブのレポートなんか書けるのでしょうか?
「なんとかなりそう~♪」
「 ガダルカナル島~♪」
とりあえず、毎日歌ってばかりの二人を見て。
始めの訪問先はここに決めました。
扉を開いた俺たちを。
熱烈に歓迎してくれたのは。
『ようこそ~♪ 合唱同好会~♪』
「すごい! 綺麗な歌声なの!」
穂咲の興奮も分かります。
なんて見事なお出迎え。
資料では、コンクールへの参加も数多く。
成績も、同好会規模にしては見事なものなのですが。
どうしてここが解体候補なの?
「すいません、生徒会長から厳しいお達しがあったことと思いますが。俺たち、見学させていただいて、活動内容のレポートを書かなきゃいけなくなりまして」
「ああ、解体の話だろ? でも、別に厳しいお達しって程じゃなかったけど」
部長さんらしき先輩が、握手を求めてきたので応えましたけど。
……厳しくない?
昨日の剣幕が?
「ウソですよね?」
「ほんとだよ。活動計画をその場で書いて提出したら、OKって言われた」
まじで?
思わずしかめ面になったのですが。
でもやはり。
俺を肯定する言葉も飛び出てくるのです。
「騙されないで! おかげで活動方針がガラッと変わったんだから!」
そう騒ぐのは、顧問の先生。
「ですよねえ」
「あなたたち、日舞部の解体を止めた救世主なんでしょ? 何とかして!」
「別に止めていませんけど」
「そうなの! あたしのことは、メシヤと呼ぶの!」
「黙ってなさいよハナヤは。……でも、活動方針ってなんです?」
顧問の先生もいる同好会なんて珍しいですし。
皆さん、真面目そうな感じですし。
どう考えても解体の理由が見当たらないので。
その活動方針とやらに原因があるとしか思えません。
そう考えて、俺は先生に向かって聞いたのですが。
……なぜかこの人、そそくさと逃げ出して。
代わりに先輩が教えてくれるのです。
「練習のあと、お菓子を食べておしゃべりする時間ってのがあるんだけど」
「はあ」
「最近じゃ、練習もせずおしゃべりばっかり」
「そりゃ酷い」
「……先生のせいで」
「…………そりゃひどい」
「だって! みんなとおしゃべりしたかったんだもん!」
諸悪の根源が暴れるのを。
会員の皆さん揃って苦笑いで見つめているのですが。
「その時間を全部無くせとは言いませんが、適当に減らしてください」
「うう……、わかりました~」
しょぼくれた先生を、同好会の皆さんが揃って励ましていますけど。
ちょっといい加減な所もあるのでしょうが。
これほど慕われているということは、素敵な先生なのでしょう。
「じゃあその件はおしまいにしましょう。今日はこの二人を体験入会させていただいてよろしいでしょうか」
「いいわよ! でも、特別扱いはしないからそのつもりでね! じゃあ、まずは校歌を練習しましょう!」
先生が号令をかけると。
それまで優しそうな表情をしていた皆さんの表情が、びっくりするほど改まり。
壇上にはカチコチになった一年生、四人だけが残りました。
先輩に促されてその列へ加わった一年生コンビも。
みなさんの、あまりの真剣さに怯えています。
……そして、先生が指揮棒を振り。
校歌を一番だけ歌い終えると。
「山岸は腹を使って声を出せ! 斎藤は低音が取れてない! 左から二人は論外! 交代!」
葉月ちゃんたちを含めた四人が列から外され。
代わりに、二年生の四人が列に入ります。
「いつもはこのまますぐに二番を歌うところだけど、ちょっと説明するね」
呆気にとられた俺たちに、先輩が教えてくれるには。
「外された人は指導されたポイントをじっくりと見て、よく聞いて、次の順番を待つんだ。二人も同じように、みんなの姿をよく見ながら、歌をよく聞きながら、この列に並んで順番を待つんだ」
……そんな説明を聞いた二人は。
真剣な表情に、やってやるぜという意思を強く込め。
皆さんの歌う姿をにらむように見つめるのですが。
次に順番が回って来た時も、その次のチャンスでも。
やはり、一曲で外されてしまうのでした。
「一朝一夕じゃ無理だろうけどさ……」
「うん。……悔しいよね」
心が体育会系という二人が。
課題曲の変わったタイミングで俺たちの元に戻ってくると。
不甲斐ない気持ちと共に、その下唇を噛み締めます。
「……しかも、アドバイスすら貰えませんでした」
「センパイから見て、なにがダメでした?」
うーん。
二人のダメなところねえ。
「この歌一年の時に習ったよな。よし、穂咲。……GO」
「任せておくの」
鼻息も荒く皆さんの元へ向かった穂咲は。
ルールを把握していなかったようで。
勝手に列に混ざり。
勝手に歌い始めたのですけど。
「……え?」
「え? うそうそうそ! え?」
二人どころか。
合唱同好会の皆さん揃って目を丸くなさっているのです。
まあ、無理もない。
こいつの歌は。
……リズムも音程も無茶苦茶なのです。
「あ、藍川先輩、作曲し始めちゃったのですけど……」
「うん。いつものことなのです」
「でもでもでも、すっごく楽しそう!」
「……それも、いつものことなのです」
ああ、この子は下手くそだなあと。
聞いているみんなが思わず笑ってしまう。
そしてこいつの楽しそうな笑顔を見ているうちに。
なぜだか幸せになってしまう。
穂咲の歌は。
そんな歌なのです。
「う~~~ん! お前、実にいいね! 歌って物をよく分かってる! さっきの二人が持っていないものを全部持ってるね!」
「ほんとなの?」
「そうね、楽しそうだし。感情も乗ってるし。実にいい!」
「じゃあ、合格なの!?」
「邪魔だから廊下に出てろ!」
……練習の間は厳しい先生の一言に。
穂咲は半べそをかいて廊下へ向かおうとするので。
リベンジして来いと、待機列にこいつを残して。
代わりに俺が廊下に立ちました。
……なるほど、この先生の魅力、よく分かりました。
そして、そんな先生についていく同好会の皆さんは。
本当に合唱を愛しているのだなと痛感……。
している間に。
俺の隣には。
二敗した穂咲が立っていたのでした。
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