カンゾウのせい
~ 六月四日(月) 新体操同好会 ~
カンゾウの花言葉 媚態
どういうわけか、今日は一日浮かれておりまして。
へったくそなスキップで喜びを表現している
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、アシンメトリーに頭の下の方で結わえて。
そこに大きめのデイリリーを一本活けています。
デイリリー。忘れ草。
かつては一日で散る花と言われていた、オレンジのユリ。
髪型とユリとがマッチして、大変大人っぽい見た目だというのに。
下手なスキップのせいでバカな子一等賞なのです。
さて、今日の俺たちが。
チア部に続いてここを選択したのには。
もちろん不純ではない動機がありまして。
「体操着ですよね。知ってました」
「秋山ぁ。何を期待してここに来たのかなぁ?」
同じクラスの新谷さんに、新体操同好会を解体から守って欲しいとお願いされたせいなのです。
ですので。
「もちろん体操着ですよね。分かっていたのです」
「……なんで男子ってそうなのかなぁ? 滅多に着ないわよレオタードなんかぁ」
決して不純な動機なわけでは無いのです。
…………俺は。
「なんでなの? なんでレオタードじゃないの?」
「ぽろぽろ泣きなさんな。そんなに見たかったの?」
「だってこころちゃん、清楚な深窓のご令嬢ってルックスなのにレオタードとか、ギャップ萌えまっくすなのに……」
君が膝を突いてガチ泣きする気持ちは分かります。
新谷さん、スタイルもいいですし、俺も見たか……まったく興味はありません。
「さて、それじゃ練習始めちゃおうかなぁ? 一年コンビは、準備OK?」
「は、はい……。今日はよろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします!」
前回と違って、二人はやる気満々。
体操着ですけどね。
……体操着ですけどね。
「センパイ、またエッチなこと考えてました?」
「考えてませんよ体操着の事なんか」
「…………考えてるじゃないっすか。また歌いますよ?」
「勘弁してください。あれのおかげで『H』から始まる英単語を百個言うまでずっと立たされたままだったのです」
俺が情けない声で許しを請うと。
一年生コンビは顔を見合わせてくすくすと笑い合うのです。
元気な方は、
物静かな方は、
二人が探す、熱血体育会系の部活とは未だ出会えないようなのですが。
それも手伝って、生徒会長から押し付けられた同好会調査に付き合ってくれているのです。
……でも、ここはなかなか。
熱血体育会系な感じです。
三年生の同好会長さんを筆頭に、まあ休みなしで動く動く。
見ているだけで力が入って、気付けば俺まで汗をかいています。
指導は単純、『見て覚えろ』。
同じアクションを何度も繰り返す先輩たちの姿を見て。
一年生は必死にそれをトレースするのです。
「瑞希ちゃんうまいなあ。それなり出来てるじゃない」
「えへへへ! 筋がいいって褒められちゃいました!」
うん、ほんとにそう思う。
それにひきかえ。
「葉月ちゃん、がんばれ~」
「み、見ないでください……」
葉月ちゃん、器用そうに見えるけど。
ボールを投げて前転して。
何度も顔面でキャッチしていますが。
……いや、葉月ちゃんらしいかも。
彼女は努力型っぽいですし。
くじけず何度も反復して、体で覚えるタイプなのかもしれないですね。
瑞希ちゃんは、フープだけが思い通りに行かなくて。
葉月ちゃんは、リボンとボールが思い通りに行かなくて。
「そして君は、人生が思い通りに行かないようですね」
「うう、レオタード、見たかったの……」
そんな煩悩を持ったままだから。
ワンツースリーでクラブをまわす先輩の姿を真似て。
ワンツースリーで顔面強打するのです。
「……鼻血でてますよ?」
「ちっと休憩なの」
俺が渡したちり紙で顔を拭いて、お隣りで体育座り。
しばらく一緒に見学です。
「……道久君。なんでこんなに一生懸命な同好会を無くすの?」
「俺が無くすわけじゃないでしょうに。……そう言えば、理由が分からないな」
とっても真面目な同好会ですし。
別におかしなところも見当たりません。
……遠く、緑のネットの向こうに見えるあの人みたいなのはいないのです。
女子卓球同好会の会長さん。
相変わらず、他の皆さんが筋トレしているのを。
大好きな卓球台に頬ずりしながら見ているだけのご様子。
「そう言えば、あそこはリストに載ってないよね?」
「トランプ部?」
「部に昇格させないでください。じゃないや、トランプ、確かにあのあとやったけどあそこは卓球部。……ああもう、たった五文字で二個もボケられたらツッコミがぐずぐずになるのでやめてください」
「ほんとなの。長ったらしいの」
「…………それは申し訳ありませんでした」
ムッとしながらボケ担当をにらみつけたら。
こいつは珍しく、いつも眠そうなタレ目を見開くのです。
どうしたの?
そう訊ねる間に。
穂咲は大声を上げました。
「危ないの! 葉月ちゃんストップ!」
急な大声に驚きながらも、俺は慌てて穂咲の視線を追うと。
びくっと体を強張らせた葉月ちゃんの目の前で、空中に投げたリボンを前転キャッチした会長さんが何事かとこちらを見つめています。
「ああ、夢中になり過ぎてお互いに気付かなかったんだな」
穂咲が声をかけなかったら、葉月ちゃんはボールを投げてダッシュから前転。
会長さんと激突していたことでしょう。
二人の元に駆け寄った俺と穂咲は。
顔を見合わせて頷いた後。
この同好会の欠点について指摘しました。
「すいません、会長さん。なぜこの同好会が解体候補なのか、生徒会長に聞きましたか?」
「え? ええと、顧問を付けるようにって話だったような……」
「いや、多分そうじゃなくて、練習を見ている人を作るようにって言われたんじゃないでしょうか」
ああそう言えば、などと返事をする会長さん。
おそらく意味が正しく伝わっていなかったのでしょう。
「あのね、卓球同好会の会長さんみたいな役がいないと危ないの」
「この人数で同時に練習していたら危険が察知できないんですよ。今も、葉月ちゃんが会長さんに衝突しかけてました」
「そうなの!? よかった、止まってくれて……。ごめんね、怖い思いをさせて」
「い、いえ、私が悪いので……」
気付けば会員の皆さんが集まる中。
恐縮してしまった葉月ちゃん。
でも、会長さんは、あなたは悪くないのよと声をかけた後。
みんなを見渡して、急に頭を抱え込んでしまったのです。
「……なるほど、いいアドバイスをありがとう。いえ、こんなことにも気づかないなんて。……全員、今日は汗をかき過ぎです。休憩がてら着替えて来なさい。水分補給も忘れずに」
会長さんの一言に皆さんを見渡すと。
ほんと、汗だくなのです。
そう言えば、俺も見学してるだけで汗が出ていましたし。
今日は湿度が高いのでしょうか。
会員の皆さんが更衣室へ向かう中。
葉月ちゃんと瑞希ちゃんが俺たちに並ぶと。
先輩は、深々と頭を下げるのです。
「本当に、君たちは救世主なのね。これからは常に安全管理のために何人かは監視させるようにするわ」
「お役に立てて嬉しいです。それに俺たちも勉強になりました」
卓球同好会の会長さん。
どことなく見覚えのあるポジションだと思っていたのですが。
あれは、俺と穂咲が遊んでいるのを。
いつも見守ってくれていた、おじさんの立ち位置なのです。
夢中で思い切り走り回るためには。
危険が無いよう、暖かく見守る目が必要なのです。
「……さて、救世主くん。そういう訳だから、ここからは見学を遠慮してね」
「はあ。……どういうことです?」
「着替えなんて、レオタード以外持っているわけないでしょ?」
「レ、レオタードなのーーーーー!!!」
さっき葉月ちゃんを止めた時よりも大声をあげて。
穂咲は、へったくそなスキップで踊り始めるのですが。
「ああ、なるほど。それは出ていないといけないですね」
俺は全力で抵抗する穂咲の首根っこを掴んで。
体育館を後にしました。
「……どれだけ興奮してるんですか。鼻血でてますよ?」
「見たいの! こころちゃんのレオタード、見たいの!」
すると、いつもは俺の為に捧げられる歌が。
今日は穂咲の為に奏でられるのでした。
「鼻血女子高生~♪」
「ハインリヒ四世~♪」
なるほどハインリヒ四世か。
君たち、ほんとにレベルが高いね。
もちろん俺は、知っていますけどね。
……たしか、あれです。
レオタードを発明したえらい人です。
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