最終話 ダマスクローズのせい


 ~ 六月二十二日(金) 解体クラブ発表 ~


   ダマスクローズの花言葉 美しい姿



「この結果は、どういうことです?」

「ご覧の通りです」

「手心を加えているとしか思えません!」


 正午ともなれば、お日様も部屋を飛び出して、外で遊びたくなるのが道理というもの。

 生徒会室を白く染めるという大切な仕事もそっちのけというおサボリさんのせいで、窓際の質素なデスクは、半分ほどその身を影に沈めていた。


 明るい部屋で話していたならば、ちょっとした生徒と教師の諍いなのに。

 演出家の悪ふざけによる暗い室内が二人から色彩を奪い去り。

 その会話を、陰湿なものへ変えてしまう。


「手心など加えていないことはご承知でしょう。私が同好会へ厳しい態度で臨んでいた話は有名かと思いますが」

「そうですね。同好会があなたに全てつぶされると、生徒たちは戦々恐々としていたようですが。……だと言うのに、どういうことです? こんな結果を指示した覚えはありませんよ?」

「こちらに、全校生徒に公開された詳細なレポートが三冊。さらに一般生徒が各クラブを体験した感想文のようなものが一冊あります。これを相手に歯向かうには、私のレポートではいささか説得力に欠けます」


 言葉通りに悔しい思いをしているのか、あるいは違うのか。

 判断するには難しい、涼し気な表情のまま。

 生徒は教師へ、五冊の資料を手渡した。


 ……それを一瞥した教師は首を振り。

 赤い細身のフレームを人差し指でくいっと押し上げると。


「あなたは、彼ら有象無象が活動場所として要求して来る部屋の増築にいくらかかるかご存じなのですか?」

「……さあ。一般生徒が書いたレポートに一蹴される様な、愚昧な私にはわかりません」

「いいから、最低でも二十。解体する部や同好会を決めなさい」


 教師が長机に放り捨てた五冊のレポート。

 そのうち、もっとも厚みのある。

 もっとも愛おしい一冊に指を這わせた生徒は。


 その瞳に、激しく清い渓流を映し出すと。

 長机を力の限りに叩きつけた。


「愚昧な私にも、分かることがあります。費用削減の功績が欲しいとおっしゃるあなたからの要望に対してこれだけ協力した生徒会に、さらなる指示を出すことは、もはや監査ではなく干渉です。本件を公にして戦う準備が、私にはありますが?」


 礼儀をわきまえぬ物言いに対して顔を真っ赤にした教師は。

 わなわなと拳を握りながらその薄い唇を開くも、そのまま言葉を飲み込んでしまった。


 そんな教師へ、生徒は再び資料を手渡すと。

 厳しく張りつめていた目元を優しく緩めた。


「これが、私の力では覆すことのできなかった生徒一同の意志です」



 ……そして、彼女の言葉を称えるかのように。

 今、階下から大きな歓声が上がるのだった。




 ~🌹~🌹~🌹~




 頑張ったから、きっとどの同好会も解体されないのと。

 鼻息も荒く、昇降口前の掲示板を見上げるのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪は、祝勝会を想定しての皮算用。


 ドリル状に高く高く結い上げて。

 そこにオーナメントやら万国旗やら。

 しまいには赤と緑のランプが巻き付いて。

 ちっかちっか点滅していますけど。


 ……髪の合間合間に飾られた、ゴージャスで薫り高いダマスクローズが。

 地味にしか見えないってどういうことなのさ。


 入学から二か月。

 穂咲の頭に未だ慣れていない一年生ばかりでなく。

 すでに見飽きてるはずの俺たちですら、びっくり仰天なこの頭。


 さすがはバカの三冠王です。



 ――長きにわたる同好会めぐり。

 それもひとまず、本日の解体クラブ発表にて終了です。


 もともとは瑞希ちゃん、葉月ちゃんの入りたい部活を探してあげる目的だったと思うのですが。

 気付けば、生徒会長のおかげで随分とおかしなことになってしまいました。


 とはいえ、それでも楽しくて。

 しかもクラブの皆さんのために頑張ることが出来て。

 充実した日々になりました。


 さて、レポートは必死に書いたつもりなのですが。

 俺たちごときの文章が。

 生徒会長のお眼鏡に適うのでしょうか。


 いよいよ正午。

 この掲示板に、解散されるクラブが張り出されます。


 願わくば、四つ、五つ。

 いえ、最悪でも一桁に収まっていればいいのですが。


 ……などと考えていた俺の両脇で。

 驚いたことに、身内が。

 ハードルを天高くへ上げてしまうのです。


「 解体ゼロよどんなもんだい~♪」

「環太平洋造山帯~♪」

「当然なの。一個でも解体クラブがあったら、道久君の眉毛を片っぽ無くすの」

「どこで覚えてきたんですかそんな恐ろしい事」


 気概は分かるのですが。

 俺を賭けのテーブルに乗せるのはやめなさいって。


 でも、慌てて眉毛を押さえた俺に。

 葉月ちゃんが優しく微笑んでくれるのです。


「あ、あの、大丈夫だと思います」

「いえいえ、眉毛が片っぽだけなのは平気じゃありません」

「そ、そうじゃなくてですね。昨日、お姉ちゃんが部屋に来て、あたしに聞いてくれたんです」


 もじもじと、指を合わせた葉月ちゃん。

 心から嬉しそうに彼女が言うには。


「部活見学は、楽しかったかって」

「……へえ」

「すごく楽しかったって言ったら、にっこり笑ってくれました」

「…………良かったね」


 そんな葉月ちゃんのお話に。

 俺たちも、自然と顔がほころびます。


 生徒会長の思惑はよく分かりませんし。

 数々のクラブへ圧力をかけていたのは間違いないのですけど。

 でも、やっぱり会長は葉月ちゃんのことが大好きなようで。


 今回の件はお姉さんから葉月ちゃんへのプレゼントだったのかもしれませんね。


 そんな方が、葉月ちゃんの悲しむ顔など見たくはないでしょうし。

 俄然希望が湧いてきました。



 解体ゼロ。

 解体ゼロ。



 祈るような面持ちでいた俺たちを。

 囲むように並んだ解体候補クラブの皆さんも。

 両手を組んで、掲示板を見つめます。



 そしてとうとう。

 運命の時がやってきました。


 生徒会の腕章をつけた先輩。

 その手に握られた、一枚の紙。

 

 ごくりと、一斉に生唾を飲み込んだ俺たちの目に映ったもの。


 それは。



『審査の結果、以下、一組の解体を決定する』



 …………一組。

 たった一組。


 でも、一組はゼロではなく。

 それは同時に、俺たちの敗北を意味していたのです。


 自分たちのクラブが解体を免れたと知った一同は歓喜に湧いていますが。

 皆さん、解体になったクラブの方の気持ちを慮って欲しいのです。


 ……でも、それを皆さんへお願いするのはお門違い。

 俺たちの。

 いえ、俺の力不足でした。


 がっくりとうなだれる俺でしたが。

 両隣から、一年生たちが腕に手指をそっと添えてくれます。


 ごめんね、二人とも。

 辛い思いをさせてしまって……。


「センパイセンパイ! 放心しちゃってどうしたんです?」

「あ、秋山先輩。……私たち、見事やり遂げました!」

「え? ……でも、一組だけ……」


 喜んでいる二人には悪いけれど。

 俺は、解体になるクラブの方に申し訳ない気持ちでいっぱいなのです。


「一組? センパイ、何言ってるんですか!」

「はい……。これで、心置きなく解散できます」


 ……え? 解散?


 と、いう事は!


 俺は、申し訳ない気持ちで確認できなかった解体クラブの名前を見て。

 今度こそ、どっと力が抜けて。

 膝から地面に落ちることになりました。



『審査の結果、以下、一組の解体を決定する



  解体クラブ : 部活探検同好会』



「おれらかーい!!!」


 いまさらになってようやく。

 この、盛大な歓喜の声が。

 すべて俺たちを祝福するものだったことに気付くと。


 急に恥ずかしくなって。

 一年生二人を皆様の方へ振り向かせて。

 その後ろにこそこそと隠れました。


 そんな俺の隣に。

 ちょこんと立っていた穂咲は。


 少しだけ寂しそうな表情を浮かべながら。

 照れくさそうに皆さんへ手を振る二人の一年生の事を。

 お姉さんな瞳で見つめていたのでした。


「…………穂咲は、喜んでないの?」

「もちろん嬉しいの。でも、部活探検同好会が無くなっちゃうのは寂しいの」


 穂咲の手が一年生たちの肩に置かれると。

 その加減から、ニュアンスを感じ取ったのでしょうか。


 優しい瑞希ちゃんと葉月ちゃんは。

 穂咲を見つめて、こう言ってくれました。


「たとえ生徒会に潰されようとも、あたし達の同好会は永遠に不滅です!」

「そ、そうです。……また、みんなで一緒に何かやりましょう?」


 暖かな言葉。

 優しい言葉。


 俺よりも大人な二人の言葉に。

 穂咲も、ようやく心からの笑顔を見せてくれました。



 ……部活見学を通して。

 俺はいろんなことを学んだ気がするのですが。

 この二人も、ひとつ大人になっていたようですね。


 そしてきっと、自分を高めることのできるクラブへ入って。

 ますます大人になっていくのでしょう。


 俺も負けないようにしないと。

 気を抜いていたら、彼女たちに追い抜かれてしまうのです。


 穂咲も同じ気持ちでいるのでしょうか。

 二人の肩を、改めてポンと叩くと。

 瞳に炎を宿しながら、熱く頷いたのです。


「……そういう事なら、安心したの」


 きっとこいつも、将来を見据えて一生懸命…………?


 ん? 安心って、何が?


 ふんすと鼻息を鳴らす穂咲が手にした紙を見て。

 一年生コンビがはしゃいでいるようですが。


「その紙、なに?」

「申請書なの」


 穂咲が突き出してきた紙に書かれていたもの。

 それは。



『同好会申請書

 同好会名 : 秋山道久研究会

 活動内容 : なぜ廊下に立たされるのか研究

 特記事項 ; 不思議なの』



「研究せずとも! 全部穂咲のせいです!」


 俺は、嫌がる三人の鼻先で。

 申請書をビリビリに破り捨ててやりました。



 ……まあ、研究してもいいですが。

 その時はまた、仲良く四人で研究しましょう。




「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 12冊目!


 おしまい!





 ……秋立インフォメーション


 「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 13冊目!

 なんと明日からスタート!

 文字数は減量、ラブ要素増量でのお届けとなります。


 どうぞお楽しみに♪

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 12冊目🎾 如月 仁成 @hitomi_aki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ