キョウガノコのせい


 ~ 六月十三日(水) 帰宅部 ~


   キョウガノコの花言葉 無益



 有線が柔らかく流れる明るい店内。

 そこに揺れるキョウガノコ。


 ピンクの小花が群れて咲き、花火のようなあでやかさ。

 でももちろん、鉢植えでもプランターでもなく。

 お花が植えられているのはお団子あたま。


 ウーロン茶をストローで吸いながら。

 後輩二人のおしゃべりにあいづちを打つのは藍川あいかわ穂咲ほさき



「お前は、ほんとに勘弁してください」

「何をなの?」

「存在」


 昨日のびしょびしょマンの一件。

 まさか生徒会室に呼び出されることになるとは思いませんでした。


「お前のせいで散々です。生徒会長、怖かったのです」

「ご、ごめんなさい……」

「いやいや、葉月ちゃんのせいじゃないですし。それより昨日は本当にありがとう。ご馳走しますので好きなものを注文なさい」


 恐縮そうにする葉月ちゃんのお隣で。

 おごりと聞いて、目を真ん丸に見開く瑞希ちゃん。



 今日は部活探検同好会の活動はお休みで。

 店長から届いた悲壮なメールに呼び出され。

 地元駅前商店街の最果てにある、ワンコ・バーガーでアルバイトなのです。


 ……俺一人で。


「君も手伝うと良いのです」

「そうはいかないの。あたし達はクラブ活動中なの」


 ねーと顔を見合わせる三人ですが。

 部活探検出来ていないと思うのですけど。


「……来週見学に行く同好会のスケジュールでも決めてるの?」

「全然違うの。ちゃんと部活を見学してるの」

「おかしなことを言う人ですね。何部?」

「帰宅部」


 呆れた。


 じゃあ、せいぜい俺の帰宅っぷりをレポートに書いて下さい。



 ――いつも通りの、暇な店内ですが。

 お客さんがお一人いらっしゃったので、レジを打って商品をお渡しして。

 ついでにドリンクサーバーの手入れなどしていると。


 俺の部活っぷりを三人が評価する声が聞こえてきました。


「やばいやばいやばい! どうしよう!」

「は、はい、どうしましょう。秋山先輩を拝見していて、いいなあって思う所って、藍川先輩に優しくしてるところなのですけど……」

「そうでもないの」

「うんうん! そんな姿が素敵なんです!」

「そうでもないの」

「で、でも、今日は……」

「男子が仕事してる姿って、かっこいい!」

「そうでもないの」


 きゃーと声を上げてはしゃぐ二人を前にして。

 穂咲はいつもの無表情でウーロン茶をすするのですが。


 そんなこと言っても、何も出ないよ?


「……センパイ。これ、なんです?」

「カンナさんのいぬ間に店長がこっそり一人で食べようとしてた高級チョコ」

「やったー! チョコくれました~♪」

「チョコスロバキア~♪」

「小学生みたいな間違え方しないでください」


 無邪気に喜ぶ二人に見送られてレジへ戻ると。

 珍しく恨めしそうな顔で俺を見つめる店長さん。

 いけね、見つかっちゃった。

 穂咲が食べたことにして誤魔化そうとしてたのに。


「はあ、楽しみにしてたんだけど。秋山君たちの後輩なら仕方ないかな」

「う。……このパターンは、叱られないと余計辛いのですが」


 ほんと。

 底なしに優しい人なのです。


「いや、構わないよ。それより急にバイト入ってもらってゴメンね?」

「いえいえ、それこそ構いません。カンナさんが急用って珍しいですね」

「二つお隣のブロックがね、小さなショッピングセンターになるんだよ。今日はそれの説明会に参加してるんだ」


 ああ、そう言えば母ちゃんとおばさんが話してたっけ。

 かたや買い物が楽になる。

 かたやお客が増えるかも。

 二人とも歓迎ムードだったのですが。


「大丈夫ですか? 飲食店なんか入った日にゃ、この店つぶれちゃいますよ?」

「そうなんだよ! スーパーが入るのは聞いているんだけど、きっと飲食店も入るよね?」

「知りませんけど」

「願わくば、大手ハンバーガーチェーン店が入りませんように……」


 青い顔をしてキッチンへ行ってしまった店長さんですが。

 俺としても、ここが無くなるのは困るわけで。


 有名ハンバーガーチェーン。

 駅の反対側にはあるけども。


 ワンコ・バーガーは、こちら側の出口で唯一のバーガーショップ。

 だというのに、いつもガラガラというていたらくなのに。

 ライバルが、より駅の近くに出来たりしたら。

 勝負は火を見るより明らかなのです。


 ……穂咲だって。

 ここ以外の所でバイトなんかできないでしょうし。

 祈るよりほかはありません。


「ねえ穂咲。君はここ以外でバイトする気ある?」

「…………モデルさんなら興味あるの」

「そういう面白意見は求めていません」


 なにやら、俺の返事に膨れていますけど。

 そんな穂咲の姿を見て、急に瑞希ちゃんがぷりぷりし始めました。


「だめです! 隠れミチヒタンとしては、藍川先輩に優しくしてるセンパイを見たいのに!」

「なにを無茶な。俺は、昨日の一件を未だに根に持つ小者ミチヒタンです」

「…………それ、採用なの」


 ん?

 君は急に、何を言い出したのでしょう?


「隠れミチヒタン部を作るの」

「隠れてねえ! じゃなくて、嫌ですだめです!」

「それそれそれ! 良いですね!」

「良くねえ! 葉月ちゃんからも、このどうしようもない二人組になんか言ってあげて下さい」

「…………そうですね、もう一人いないと。三人では部になりません」

「そこ!?」


 バカな話を止めようと、慌てて席へ向かおうとしたのですが。

 タイミング悪くお客様がご来店。

 暴走列車は止まりません。


「じゃあもう一人は、葉月ちゃんのお姉ちゃんに入ってもらうの」

「ハ、ハンバーガー四つとてりやきバーガー、トマトブリトーをお二つお持ち帰りですね?」


 その依頼を出した途端、俺が退学にされます!

 すぐに止めに行きたいのに、こんな時に限って大量注文とか!


「顧問には、うちの担任の先生がきっとなってくれるの」

「それとコーラSがお二つとコーラLがおひとつ、アイスコーヒーとアップルパイがお二つ、ナゲット十個入りはマスタードソースでよろしいですね?」


 絶対に嫌!

 あの人、ほんとに顧問になりそうだからやめて!


「それはさておき、二人ともジャンジャン食べるの」

「よかった! やっと終わったかー! …………ん? ち、違います! お客様の事ではなく! ももも、申し訳ございません!」


 沢山のご注文をしてくださったお客様。

 俺のタイムリーな発言に、大変不機嫌そうにされていらっしゃいます。


 ……穂咲さん、君はあれだね。

 俺の背中を押して突き落とすわ、足を引っ張ってひどい目に合わせるやら。

 しまいには頭を押さえて首が回らなくさせる気だね?


「ジャンジャンは無理ですけど、そういうことなら試したかった奴があるんですよ。このお店、『ほっトマトブリトー』ってやつがあるって、購買で聞いたことがあって」


 不機嫌なお客様を前に、脂汗を流した俺の耳に。

 瑞希ちゃんの嬉々とした声が届きます。


 ……信じがたいな。

 それは、好きなものを好きなだけ食べていいというまかないルールから生まれた穂咲の悪事。


 一体どこからそんな話が学校まで伝わるのやら。

 悪事千里を走るのです。


「HOTとかけたネーミングは、あたしが考えたの。あたし専用まかないトマトブリトーなの」

「暖かいのですか? た、食べてみたいかも……」

「任せておくの。早速ご馳走するの」


 すいません。

 ダブルの意味でやめた方がいいです。


 まず、きっと普通の人には食べれない。

 辛さの感覚がおかしな穂咲以外、それを食べれるのはきっとイーフリートだけ。


 あと、君がごちそうするようですけど。

 販売価格にしたらいくらになるんでしょうね。


 君が一本まるっと入れる、どくろマークの瓶。

 スーパーで見たら千円以上したんですけど。


 ようやくお客様をお見送りできたので。

 穂咲のお財布と可愛い後輩の舌を守るため。

 俺は慌ててテーブルへ走りました。


「やめなさいよ、いくらすると思ってるんです。お前、今月すでにピンチって言ってなかったか?」


 配給元を止めれば丸く収まる。

 俺は穂咲に懐具合を思い出させてあげたのですが。

 こいつはきょとんとした顔で。


「なんであたしが払うの?」

「は? さっき、任せておけって言ってなかった?」

「言ったの。任せておくの」


 そう言いながら。

 穂咲は後輩に胸をたたいて見せた後。


「任せたの」


 …………俺の胸を叩くのです。



 その後、テーブルから上がる悲鳴を耳にしながら。

 店長から渡された給与明細を見て、俺も悲鳴を上げました。


 今日のバイト代。

 びっくりするほどプラマイゼロでした。


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