オトギリソウのせい


 ~ 六月十四日(木) ??部 ~


   オトギリソウの花言葉 恨み



 平安の世の事にございます。


 鷹匠なる男があり。

 門外不出の製法による妙薬を持ち歩き。

 これが傷ついた鷹にすり込むと。

 たちどころに傷が癒えるという優れもの。


 彼の妙薬の話は人づてに広まって。

 その名を世に知らしめるに至りました。


 されど、人の浮きや沈みの易き事。

 そこに恋を詰めた臭い袋を一つ放り入れると。

 面白いように転がり落ちるのです。


 鷹匠なる男に弟があり。

 かの者、一人のおなごに恋い焦がれます。


 ただ、おなごには兄がおり。

 これもまた鷹匠にて生計を立てておりました。


 弟は恋に目がくらみ。

 妙薬の製法をおなごに教えてしまいます。


 初夏に鮮やかなる黄色を開く五枚花。

 これの葉を絞ると妙薬が手に入る。


 秘密は瞬く間に世に広まり。

 もはや鷹匠の名は地に落ちるのみ。


 門外不出を知る者はただ一人。

 月夜の庭で、鷹匠は弟に詰め寄ると。

 彼はとうとう観念して顛末を語りました。


 激昂した鷹匠。

 袈裟懸けに弟を切り殺すと。

 庭に栽培していた五枚花が弟の血に濡れて。

 以来この花には、まだらが浮かぶようになったのです。



 ……

 …………

 ………………


 

 ちょん。ちょん。

 ちょんちょんちょちょちょちょちょ……、ちょん!


 黄色い五枚花にまだらを浮かせた花を活けた床の間を背に。

 ひじ掛けの使い方も知らぬのか、のべっとそれにしなだれかかる者がおり。

 その者の正面に、桐の箱をうやうやしく差し出す男がありました。


「お代官様。こちらのお饅頭を、どうぞお納めください」


 代官が桐の箱から饅頭を避けてみれば。

 そこに現れたのは。


「黄金色のお菓子なの。最近は、金色のものに目がないの。もらっとくの」


 にやりと口の端を持ち上げた代官が、黄金の板を一枚抜くと。


 ……がりっ。


「ぼりぼり。……おいしいの、ゴーフル」

「…………お気に召しましたようで、この越後屋も満足しております」

「こんなプレゼント持って来るなんて、越後屋の商売は上々のようなの」

「もちろん。邪魔な商売敵が人切りの罪で獄につながれておりますれば、客はすべてこちらに流れるが道理」

「あたしの弟を切っちゃった罪は重いの。ずっと正座してればいいの」


 なにやら不穏な事を話した二人。

 同時にクククと肩を揺らすと。

 庭先からかこんと鹿威しが鈍い音を立てます。


「明日のお裁き次第で、この売り上げが永遠に続くと思うと笑いが止まりませぬ」

「じゃあ、毎日持ってくるの、黄金色のお菓子」

「たやすうございますとも」


 揺らめくろうそくの炎が照らす二人の横顔は暗く。

 もはや人の世に非ざるほどに歪み果て。

 悪代官の陰に落ちたオトギリソウが。

 次は我が身とすくみ上るほどなのです。


「……平安時代には、このオトギリソウの秘密を洩らした弟を、お兄ちゃんが切り捨てたらしいの」

「物騒なお話ですな」

「あたしの弟を切り捨てた呉服屋の若旦那は、きっと死刑なの」

「ふっふっふ。お代官様の弟君を殺してしまった『呉服屋の若旦那』、ですか。床の間のオトギリソウも、笑って見ておりましょう」

「しー! えちひさ君、声が大きいの。あたしが殺したことがばれちゃうの」

「ふっふっふ」

「くっくっく」


 ばりっ。

 ぼりぼり、ごくん。


「……お茶が欲しいの」

「左様ですか。それでは人を呼びましょう」


 えちひさ君が襖に手を差し出すと。

 指先が触れる前に、それはババンと豪快に開かれました。


「そこまでよ! 悪党!」

「……こ、この悪党ども、成敗です……」

「なにやつなの!?」

「ええい、であえであえー!」


 月明りの庭に浮かび上がる、二つの雪の化身。

 青光りする得物を構える元気っ子と。

 真っ赤な武器を、胸にギュッと握る清楚っ子。


 二人が纏う雪の純白は、正義の証。

 世直し、逐一、待ったなし。


 今、赤と青とで対をなす得物、マジカルステッキを頭上で互いにクロスさせてちょっと待とうか。


「どうして魔法少女出てきた!?」

「センパイ! ちょーイケてますよねこの衣装! でも、悪のドリーム・ナイトメアを撃つまでツッコミは待ってください!」

「その技名にツッコミたい。……葉月ちゃんまで、付き合いいいね」

「は、恥ずかしいですよ! この歳でこんなかっことか……!」


 越後屋、腰を抜かして這うように退場。

 そう書かれた台本に助けられて舞台から降りると。


「ちょっと予定が狂ったからアドリブで! くらえ! 虹のアルコバレーノ・レインボー!」

「なんの、ゴーフルバリアなの」


 壇上で、楽しそうに立ち回る穂咲と瑞希ちゃん。

 それを泣きそうな顔で見つめる葉月ちゃん。



 ……呆れてものも言えない俺。



 酷い物語だこと。



「お芝居、楽しいだろ?」


 解体候補、演劇部の先輩がご機嫌笑顔で声をかけてきますけど。


「どうして解体候補に挙がっているか、理由はご存じですか?」

「シナリオ書ける先輩が卒業してから、大会で勝てなくなったからかな……」


 とってもとってもさもありなん。


「でも大丈夫! 見ろよこの芝居! 先輩の弟分である俺の才能が開花したんだ!」

「…………部長さんが書いたの? この脚本」

「そう!」


 俺は演劇部を解体から救うべく。

 苦笑いで見つめる部員の皆さんに、適切なアドバイスをしました。


「だれかこの弟分を切り捨ててやってください」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る