カリブラコアのせい


 ~ 六月二十日(水) ラクロス同好会 ~


   カリブラコアの花言葉 

        あなたといる安らぎ



 我が校には。

 ラクロス部とラクロス同好会がありまして。


 もちろんラクロス部には顧問がおり。

 予算も出るのに、部員は七人。


 対して、ラクロス同好会は。

 会員が二十人もいるのです。


 現在、コートを半分だけ利用して。

 ラクロス同好会の皆さんが、人数を減らした形で紅白戦を行っているのですが。


 独特の可愛いユニフォーム。

 クロスと呼ばれるスティック。

 遠心力を利用してボールを落とさないように持つ、ラクロスならではのクレードルと呼ばれる動き。


 なぜでしょうか。

 不思議と目が離せないのです。



 ただ、そのフィールドには俺の想像していなかった光景が二つあり。

 一つは、信じがたい速度でボールが飛び交うハードな競技だったということ。


 もう一つは。


「スティックを持っていない選手が一人いるのですね」


 出迎えてくれた、三年生のマネージャーさんに訊ねると。

 彼女は頭を掻きながら苦笑い。


「あはは、今日くらいやめればいいのに。あれはね、ちょっと違うの」


 ……違う?

 違うとはどういう意味なのか、まるで分かりませんが。

 彼女はそれ以上話す気も無いようなので。

 俺は本題について単刀直入に聞いてみました。


「ええと、ラクロス部とラクロス同好会、統合できないものでしょうか。そうじゃないと、同好会の方が潰されちゃうかもしれません」

「ああ、それは無いから安心していいわよ。ラクロスは十二人で一チームなの。潰れるとしたらあっちの方だから」

「チームの人数については勉強してきたので知ってます。でも、同好会を無くせば必然的に部の方へ入るでしょって。生徒会長が」

雛罌粟ひなげしが? 事情知ってるくせに、なんであの子はそういう事を……」


 再び、巻きの強いカールの髪をがしがしとやる先輩なのですが。

 彼女はため息をつくと、さっきから俺が気になっていた、スティックを持たずに走る選手の方を見つめたまま黙ってしまいました。


「センパイセンパイ! あたし、気になって仕方ないです!」

「ああ、うん。俺もあの選手が気になるけど」

「スティック持ってねーの~♪」

「セルビアモンテネグロ~♪」


 歌い出す二人の後ろで。

 髪を頭のてっぺんに結わえた穂咲もその選手を見つめているようです。


 鉢植え用の、ザ・お花。

 何色ものカリブラコアをお団子に挿したこいつは。

 珍しく、自分も混ぜろとわがままを言わずにいたのですが。

 珍しくなく、変なことを言い出しました。


「……優しい笑顔でプレーしてるの」

「あの人が? 俺には鬼教官に見えますが」


 真剣を通り越した厳しい目をした彼女が。

 味方選手に罵声を飛ばしているようですが。


「あれはコーチ役とか、そういう事なんですか?」


 マネージャーさんに尋ねると。


「いえ? 彼女は、選手としてコートに立ってるの」


 どうにも腑に落ちない言葉が返ってきます。


「ええと、あの……。パ、パスコースとか、研究するためなのでしょうか?」

「違う違う違う! あれはハンデよ!」

「ああ、うん。どっちも正解なんだけど、ちょっとだけ意味が違うの」


 ええと、パスコースの研究。

 そしてハンデ。


 前者ならスティックを持って走れば事足りますし。

 後者ならコートに入る必要がない。


 つまり、マネージャーさんの言った。

 『ちょっとだけ意味が違う』。

 それが真意なのですよね?


 ……ここまでくると。

 理由を聞いてみたくなりました。


 その思いは、どうやら一年生コンビも同じだったようで。

 三人で無言のプレッシャーをかけると。


 マネージャーさんは根負けしたようで。

 肩をすくませて。


「……どうせ調べたら分かるだろうからね。せめて嘘偽りや尾ひれの無い、本当の話を聞かせてあげるわ」


 そう言いながら、どこか遠くを見つめて。

 寂しさをその頬に滲ませながら、ぽつりぽつりと語り始めました。


「昔、この同好会が無かった頃、ラクロス部で起きた話なんだけど。三年生がいなくて、二年生が部長をやっていたんだけどね。その人の指導が厳しくて、部員はこっそり不平を鳴らしていたの」


 そしてマネージャーさんの口調は。

 次第にトーンが落ちていくのです。


「そんな部長に、部員たちは練習の時パスをしないように結託してね。彼女の事だから、烈火のごとく怒って、部は解散になるかと思っていたんだけど。彼女はそのことには触れずに、厳しい指導を続けたの」


 なんと、酷い事をするものだ。

 そのことを怒らずに指導を続けた部長さんの気持ち。

 一体、どんなものだったのだろう。


「そして大会が始まったんだけど、顧問の先生は年に数回しか顔を出さないから事情も知らずに部長をスタメンにして。その一回戦、実質十一人ではすぐ負けると思っていたんだけど、彼女は絶妙な位置に走り込んでアピールして、相手選手を常に数人自分に引きつけたの。……それで一回戦は勝ったんだけど、二回戦目には彼女にパスを出さないことがばれて……」


 マネージャーさんは、とうとう目元を擦り。

 そして、悲しい結末を語るのでした。


「ハーフタイムを挟んで後半戦に入ったところで、彼女は自分から交代を申し出て、ロッカールームへ下がってしまったの。そして、試合に負けたあたし達がロッカールームに入った時には、彼女はもういなかった。…………ただ、そこには折れたスティックだけが転がっていたの」


 感受性が強い一年生二人は。

 こらえきれずに涙を流してしまいました。


 俺だって悲しい。

 でも、男だし、先輩だし、我慢しなきゃ。


 先輩は、あたし達と語っているけれど。

 ……当事者なんだ。


 きっと、胸が潰れてしまう程苦しんだに違いない。

 でも、部長さんの悲しみはもっと大きかったことでしょう。


 いけね。

 俺も涙が出てきました。


「どれだけ謝罪しても取り返しはつかない。でも、あたし達は彼女の家まで行って頭を下げたの。そんなあたし達に部長は言ったわ。謝罪なんかいらないって。スティックを折ってしまった自分にこんなことを言う資格は無いかもしれないけど、ラクロスを続けて欲しいって。全国を目指して、真剣に打ち込んで欲しいって」


 そうか。

 部長さんは本当にラクロス部を愛していたのですね。


 スティックを折ってしまった彼女だけど。

 ラクロスへの愛は変わらない。

 みんなへの愛は変わらない。


 部員が散り散りになるのを止めたい気持ち。

 なんて大きな愛なのでしょう。


 もう、あふれる涙が止まらないのです。


「だから、のんびり楽しくやりたいって言うメンバー四人がラクロス部に残って、本気で全国を目指すメンバーが同好会を作ったの。この春に入った一年生の内、三人も部の方に逃げ出したけど。それでもついてくるメンバーだけしか、あたし達はいらないわ」


 …………そんなことがあったんだ。


「じゃあ、ラケットを持たない人がいる意味は……」

「ええ。十一人でも敵に負けない動きと目を養うために。あの日、せめて部長に勝利をプレゼントしたかったあたし達の想いを込めた、我が同好会の特訓方法よ」


 そう語るマネージャーさんは。

 ゆっくりと瞳を閉じて。

 昔語りを終えました。



 部長さんの想い。

 皆さんの想い。

 傷を負って、ようやく一つになった心。


 だというのに。



 折れたスティックは。




 もう、戻ることは無い。




「……部長さんは、この練習をどこで見て、どう感じているのでしょうね」


 鼻をすすりながら、校舎へ目を向けると。

 その窓に、気のせいでしょうか。

 こちらを見つめる、厳しくも優しい三年生の姿が見えたような気がします。



 でも。



 こいつは人の感傷を。

 とぼけた顔をして台無しにするのです。


「道久君は、何を言ってるの?」

「……それは俺のセリフです」


 君は何を言ってるの?


 いや、君の頭では。

 今の話が理解できなかったのかもしれませんけども。


「俺の言葉の、どこがおかしいのでしょうか」

「だって、ラクロスの練習に出てるのにスティックを持ってない人なんか、この世に一人だけに決まってるの」


 そんな穂咲の声に合わせるように。

 優しくて、そして厳しい声がコートに響き渡るのです。


「まだまだ甘い! もっと動く! 頭を使う! もう一本行くわよ!」




 ……ああ、そうか。




「君は、ほんとによくわかるね。あの人が元部長さん?」

「そうなの。だって、すっごく優しい笑顔でプレーしてるの」


 俺の目には、ただただ厳しい瞳しか映らないのですけど。

 君のタレ目には、優しい笑顔が見えているのですね。



 悪意を知らず。

 善意を見通す君といると。


 心がほっこりとするのです。


 ……君を、心から尊敬できるのです。



 そんな穂咲を見て。

 後輩コンビは自分の姿を省みたようで。


「あたし、失礼なことを言いました!」

「失礼なことってなに?」

「わ、私も……。スティック持ってねえのって……」


 ああ、それか。

 しょうがないよ、知らなかったことだし。


「歌、やめます! センパイにやめなさいって言われていたのに続けたせいで、こんな酷い事を言うなんて……」

「うーん、歌はやめなくてもいいさ。ようは、どんなことにも人の想いがあるって分かればいいのです。そのことを忘れないで、誰かを傷つけなければいいのです」

「……う、歌ってもいいのですか?」

「誰かを傷つけなければね」


 俺が笑顔を二人へ向けてあげたら。

 想いが伝わったようで。


 ようやくいつも通りに。

 元気で。

 清楚な。

 そんな笑顔を浮かべながら。


 楽しそうに歌うのでした。


「ちょろい子最後は単純ね~♪」

「サインコサインタンジェント~♪」

「……二度と歌うな」



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